紅王子と侍女姫  101

 

 

「ま、まあ・・・、まぁあああっ」

「こんにちは、ビクトリア王女。アラントル領ではきちんとした挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。改めて挨拶させて頂きます。エルドイド国王太子、ギルバード・グレイ・エルドイドです」

「いえ、そんなこと! 今こうして殿下にお逢い出来ているのですから、もう、もう充分で御座います。ぐふっ、ぐふふふ・・・」

それは袋かと尋ねたいほど膨らんだ喉を鳴らし、王女は赤らんだ顔全体に汗を滲ませた。王女が身悶えするたびに驚くほど甘ったるい香水臭が撒き散らされ、鳩尾から酸っぱいものが込み上げてくる。ねっとりと絡み付くような視線を注がれ、ギルバードは文字通り飛んで逃げたいと背を震わせた。 

「寒冷地に適した麦の開発だけでなく、王女の御指示による素晴らしい研究結果が多くの国民を幸せにしていると伺い、私も一国の王子として、心より王女を尊敬申し上げます」

「まあぁ・・・、尊敬など」

「他にも王女の指示により、国民のために様々な研究をされていると聞きました。王女配下の魔法導師はみな、王女のように勤勉なのでしょうね。とても素晴らしいことです」

「ま、まあっ、素晴らしいなど、そんなにお褒めにならなくてもぉ!」 

ブルブルと揺れる巨体に、ソファが不穏な音を立てて軋むのが聞こえてくる。

 

魔道具から解放されたビクトリア王女は、自分がアラントル領からバールベイジ王城に移動していることにも、ギルバードが目の前にいることにも、自国の者が誰ひとりいない応接室で会っていることにすら、何ひとつ疑問を口にしなかった。それどころかアラントル領で犯した自分の愚かな行動も忘れているようで、ギルバードが笑みを向けるたびに赤らんだ顔を上げたり下げたり、指を組んだり解いたりと忙しなく動き続けている。

王女の対面に座るギルバードが隣に立つレオンを見上げると『もっと煽れ』と声無き指示が飛んできた。王太子として夜会や舞踏会、演奏会などで多くの令嬢たちと会話してきたが、これほどまでに神経を使う会話は記憶にない。着衣下は全身総毛立ち、脇からは嫌な汗が滲んでいる。

それでもギルバードは王女に微笑み続けた。

「王女は自国のため、日々尽力されておられる。素晴らしいことだと敬愛の念を抱いております」

「けっ、敬愛っ! うひっ」

発情期の蛙かと思うような声に、ギルバードは頬を引き攣らせながら笑みを浮かべ続けた。

王子からの褒め言葉の連続攻撃に、王女の丸っこい指が重力に負けて垂れ下がる頬を押し上げ、肉に埋もれた瞳がギラギラと熱を放つ。ギルバードが強張った頬を叱咤して微笑むと、王女はより一層ソファを軋ませた。

 

「そうそう、アラントル領では領主の娘をひとり、王女殿下がお助けしたと聞いております」

ふいに、レオンが思い出しましたという態を装い、会話に入って来た。

小さな目をぱちくりさせた王女は、王子との楽しい会話に突然乱入して来た侍従長へと訝しげな顔を向ける。ギルバードはレオンに振り向き、しばし沈黙した後、「ああ、そうだった」と笑みを浮かべて王女に向き直った。

瞬時、王女は顔色を変えた。だがギルバードを前にどうにか取り繕うと視線を左右に泳がせながら笑みを浮かべようとする。王女が何か言い出す前に、ギルバードは頭を下げて感謝の言葉を投げ掛けた。

「山賊に襲われた領主の娘が逃げ込んだ小屋で、たまたま、偶然、居合わせた王女殿下に、私の護衛騎士ともども助けられたそうで、アラントル領主が深く感謝申し上げておりました。私からもお礼を申し上げます。我が国の民を助けて頂き、ありがとう御座います」

「は? 山賊? へ? ・・・ああっ、ええ! そ、そうですの! あのことですわね、お、思い出しましたわ。あの娘のことでしたら、今おっしゃった通りですわ!」

「ビクトリア王女は他国の民にもお優しい御心をお持ちなのですね」

ギルバードが柔らかく微笑んで見せると、王女は目を輝かせて大きく頷いた。余りにも激しく頷くから、テーブル上に汗が飛んで来た。思わず身を退くと、王女はもっと褒めて欲しいと言わんばかりに身を乗り出してきた。王女はアラントルで犯した罪は何も知られていないと思っているのだろう。あの場であれだけ拒絶されておきながら、全て忘れているとは何ともおめでたいものだ。

上気した顔に新たな汗を浮かばせた王女は、快感に打ち震えながら唇を舐め回す。もっと自分を褒めて貰いたい、もっと自分に関心を向けて欲しい、そして自分と結婚して欲しい・・・!

浅ましい考えを全身から滲ませた王女が、咳払いを落として語り出した。

「旅行先にギルバード殿下の御生まれになった国を選び、偶然あの土地を訪れたのですが、まさかあのような場面に遭遇するとは思ってもおりませんでした。ですが他国とはいえ、ギルバード殿下の国に住まう民の危機を助けるのは、王女として当然の義務ですわ。普段から善行を施すことに慣れておりますので。あの娘には食事や薪などを与え、快適に過ごさせて差し上げましたのよ」

「・・・そう、ですか」

「ギルバード殿下付きの護衛騎士様もおりましたので、便宜を図りましたわ。お礼の言葉など結構ですのに、殿下はなんて御心優しいのでしょう! お優しい殿下が妃に選ぶのは、同じように優しい心を持つ王女・・・いえ、女性なのでしょうねぇ。ほほっ、ほほほほほっ」

興奮して喋り続ける王女を前に、ギルバードは膝上の拳を強く握り締めた。

どうやら目の前の女は自分がディアナに何をしたのか、綺麗さっぱりと忘れているようだ。

ディアナに毒を飲ませようとしたこと、ディアナに放った暴言の数々を記憶の中から抹消し、善行を施す優しい王女をギルバードに猛アピールしている。

ディアナの私信を奪いアラントルに無断侵入してディアナを誘拐監禁し、毒物を飲ませるため双子騎士を質に取り、ギルバードに媚薬を飲ませようと画策したこと。オーラント国の姫に偽文書を送り誑かしエルドイド王宮を翻弄したこと。さらに自分の親であるバールベイジ国王を己の傀儡とし、浅ましく卑しい欲望を成就させようとしたこと。それらが全てエルドイド側に把握されていると、目の前の女は理解しているのだろうか。

王女は得意げに配下の魔法導師が成した研究成果を語る。

その研究の中には人心を惑わし破壊する薬も入っているのだろう。それを自国の民で、それも配下の者の家族で実験し、結果廃人に変え、ディアナにも飲ませた。

早く解毒剤が欲しい。時間の経過と共に精神が崩壊する前に、一刻も早く手に入れてディアナに飲ませたい。健やかな笑みを取り戻したディアナと共に歩みたい。

 

―――解毒剤を手に入れるために、在り処を知る王女を上手く誑かして下さい

そうレオンに言われた時は目の前が真っ暗になった。激しい眩暈と吐き気を覚えた。

だがレオンの言いたいことはわかる。王女を意のままにした方が、確実に解毒剤を手にすることが出来るだろう。闇雲に探すより時間が節約出来る。だが耐え難い精神苦痛だ。

レオンから、ビクトリア王女の隣に腰掛けて手でも肩でも組んで目を見つめて大仰に褒め称え、解毒剤の在り処を上手く吐かせろと言われたが、それだけは断固拒否した。王女を閉じ込めた魔法石を、手に持つことすら出来なかったのだ。隣に座るなど出来る訳が無い。それならば口が上手いレオンを王女の隣に座らせ、ローヴにギルバードに見えるよう目晦ましの術をかけてもらおうと提案すると、レオンは即座に離れて座っても問題はありませんと言い放った。

距離を置いて座っていても怖気と苛立ちで剣を構えたくなるのに、王女の隣りになど座ったら間違いなく魔法を放っているだろう。今、離れて座っていても漂ってくる香水の臭いに顔が強張っているのだから。

 

扉を叩く音に、ギルバードはやっと出来たかと肩から力を抜いた。

恭しく入って来た侍従姿のカイトの手にはエルドイド国特産のワインがある。もちろん、ただのワインではない。王女のために急ぎ用意した、特製のワインだ。

「我が国自慢の赤ワインをビクトリア王女に味わって頂きたいと思い、土産として御持ち致しました。出来ましたらこの場で、私と御一緒に、味を確かめては頂けませんか?」

「ギルバード殿下と、一緒に、ワインを・・・」

「ええ、ぜひ一緒に」

ここが正念場と思い、ギルバードは胃の痛みを堪えて盛大な笑みを浮かべた。

「芳醇な香りが自慢の一品です。ぜひ王女と味わいたいのです」

「わ、わたしと・・・」

「ええ。ビクトリア王女と、二人だけで。さあ、どうぞ」

「わたしと、ふたりで・・・ふたりだけで」

頼むから何度も繰り返すなと祈りながらワイングラスを差し出すと、もしかして既に飲んでいたのかと見間違えそうなほど真っ赤な顔の王女がグラスを持ち上げた。そして注がれるワインの香りを堪能することなく一気に飲み干す。その見事な飲みっぷりに、そんなにも咽喉が渇いていたのかと眉が寄るほどだ。

優雅な仕草でレオンがワインボトルを持ち上げると、王女は促がされるがままに杯を重ねる。太い咽喉がワインを飲むたび震える様に、思わず見入りそうになり、ギルバードは慌てて首を振った。

「と、とても口当たりが良く・・・ほんと、美味しい、です」

「それは良かった。舌の肥えたビクトリア王女にお褒め頂き、大変嬉しく思います。・・・ビクトリア、そう御呼びしても宜しいですか? 今だけでも結構ですので」

外交用の王太子らしい笑みを浮かべると、王女は手にしたグラスの中身を一気に飲み干し、首据わりの悪い人形のようにガクガクと頷く。顔の赤みは首や手にまで及び、湯気が立ち始めたように見える。

ギルバードが笑めば笑むほど、王女はワインを咽喉奥へ流し込む。レオンが絶妙な間合いで空いたグラスにワインを注ぐ。王女は自分だけがワインを飲んでいることにも気付かないのだろう。

ギルバードが自分のグラスを持ち上げるだけで催眠にかかったように王女はグラスを傾け、あっという間に二本以上のワインを腹に収めた。それでもギルバードに向けられる媚びた視線は変わりなく、あと三本くらい追加した方が良いかと不安になる。

 

「殿下・・・、そろそろ宜しいのではないでしょうか」

レオンの耳打ちに頷きながら王女を見ると、大きく足を広げてソファに凭れ掛かる『酔っぱらい』が完成していた。彷徨う視線でギルバードを見つけると、酒臭い息を吐き下卑た笑いを浮かべる王女の姿に、もう取り繕う必要はないと笑みを消す。カイトとザシャが用意した自白剤入りのワインを堪能した王女は、気持ち良さそうに船を漕ぎ始めている。

指を鳴らすと隣室の扉からローヴが現れ、王女を見て目を丸くした。

「ほぉ、カイトとザシャ特製の自白剤入りワインを四本も飲んだのですか。これは早々に尋ねた方がいいでしょうねぇ。さて、ビクトリア王女。あなたが秘匿している解毒剤の在り処を教えて頂きたい」

「あ・・・あ、ギルバード様ぁ。・・・わたし、の全てを、教えて差し上げますわぁ」

いまにも酔いの狭間に堕ちそうな王女は呂律の怪しい喋り方をする。

王女の体重を慮り、自白剤入りワインをたっぷり飲ませたが安心は出来ない。お前なんかに興味はない、解毒剤の在り処を早く話せとギルバードは問い詰めた。

「魔法導師の家族と、アラントルであった娘に飲ませた薬の解毒剤は、何処にある」

「・・・どこ? だ、れに飲ませた・・・?」

「ギルバード殿下に侍る、王女がアラントルで会った女性に飲ませた毒薬です。その解毒剤は何処にありますか? ギルバード殿下は、それを御所望です。ビクトリア王女に御教え頂きたいそうです」

「ア、ラントル・・・ああ・・・ほんと、じゃ、じゃま・・・。わたしのギルバード様に」

「王女のギルバード殿下に近寄る女性に飲ませた薬はどこに隠されてますか?」

「そう、なのぉ。ギルバード様はわたしの、なのぉ」

「レオン、もうそれはいい! 王女、解毒剤はどこだ!」

ギルバードの大声に、今にも閉じそうだった瞼を持ち上げた王女は口を尖らせた。あの女は本当に邪魔だと鷹揚に繰り返した後、呂律の回らないままギルバードの名を繰り返し、ぐふふと下卑た笑いを漏らす。気持ち悪さを堪えながら、早く喋れと怒鳴りたくなるのを必死に耐える。

どの程度自白剤が効いているのか判らないが、たっぷり飲んだワインの酔いもあり、王女は弛緩した体をソファに預けて重そうな頭を持ち上げた。

「あ、あ・・・あれは、わたし、の、部屋にある」

「王女、案内して頂けますか?」

レオンが穏やかな声で尋ねると、王女は膝を叩きながらゲラゲラと笑い出した。酔いに赤らめた身体を重たげに捩り、「どぉしても欲しいのぉ?」と細めた目を頬に埋める。ぞわっと総毛立つ肌を擦りながら、ギルバードは頷いた。

「王女が隠し持つ薬草を、ぜひ見せて頂きたい」

「そこまでおっしゃるなら・・・案内して差し上げても宜しくてよぉ」

王女が重そうな腕を持ち上げた。もちろん、その手を取ることは無い。

背後に頷くと、ローヴが杖を振り下ろした。ふわりと浮いた王女の肢体はまるで風船のようだ。そのままふわふわと応接室から出て、夢見心地の王女の指示で西翼宮へと進む。バールベイジ王の指示により人払いされた王宮は静まり返り、王女の異様な移動光景に驚く人影はない。

 

嫌な予感を覚え、しばらく無言のまま王女の部屋の前に立ち尽くすが、意を決して扉を開けると、そこはやはりピンク色の洪水だった。どこを見ても眉を顰めたくなるほどのピンク色に染まっていて、違う色といえば黒髪黒瞳の王子らしい格好の肖像画だけだ。肖像画は甘い笑みを浮かべた盛装姿で描かれており、レオンは部屋に入るなり指差して爆笑した。

「ほ・・・んとに、愛されてますね!」

「こ、これは俺じゃない! 俺はこんな風に笑わない!」

「王女の目には、殿下がこのように映っておられるのでしょうねぇ。それにしても絵師も御苦労されたことでしょう。このように大きな肖像画を幾つも描かされて・・・・ぶほっ!」

王女の応接室らしき部屋の一面には大きな窓があり、その対面の壁一面に巨大な肖像画がいくつも飾られている。赤い薔薇を手にした王子の盛装には多くの宝石がきらきらしく飾られ、背景にはピンクの花が咲き乱れていて、目にしたギルバードの頬がピクピクと痙攣を起こす。他にも大小様々な王子の肖像画が壁一面を埋め、目を逸らすと床に敷き詰められた絨毯にはギルバードのフルネームが刺繍されていた。 

「殿下、天井にも殿下の名前が書かれていますよ。肖像画は間違いなく、ギルバード殿下ですねぇ」

「いや、違うっ! どっかの国に、同じ名前の王子がいるに違いないっ! それよりもビクトリア王女、解毒剤の置いてある部屋はどこだ!」

苛立ちにピンクのソファを蹴飛ばすが、流石王女の体重を支えるだけの品だ。ギルバードの蹴りにビクともせず、苛立ちを増してくれる。部屋の両サイドに二つの扉があるが、そのどちらか解らない。 

「右となりのぉ、衣裳部屋のぉ、奥の扉・・・」

肖像画だらけの壁に顔を顰めながら右扉を開き、香水臭い衣裳部屋の奥へ向かう。衣裳部屋も驚くほど広く、大量のドレスがぶら下がっていた。どこに扉があるのか尋ねると、王女は突き当りの壁を指差す。採光用窓横のカーテンを除けると等身大の肖像画と目が合った。

レオンが口を押え、耐え切れないとばかりに爆笑を始める。等身大の王子らしき肖像画は全身眩いばかりの金色の盛装姿で、そのうえ深紅の薔薇を咥えているのだからレオンの爆笑も仕方がないと諦める。無言で肖像画を睨み付けていると王子の腰部分に取っ手のようなものに気付く。取っ手を引くと容易に動き、地下へと降りる階段が見えた。王女が使うだけに階段はゆったりとした広くがあり段差は緩やかだった。

地下の部屋も壁一面ピンクとフリルと肖像画だらけで、宝飾などの小物が所狭しと置かれている。王女に促すと、目を閉じたギルバードらしき肖像画を指差した。

「この殿下にぃ、キスするとぉ、扉が開くのぉ。きゃっ」

耳が穢れることを王女の口から吐かれ、ギルバードは脱兎の如く駆け出した。一気に庭園に出て、目にしたガゼボを叩き壊す。荒げる息を整える間もなく地面に拳を叩き付け、開いた穴に意味不明な叫びを叩き付けた。髪を掻き毟って地団太を踏み、喚きながら庭を駆け回る。そして手首のリボンに我に返った。


「・・・・悪い」

「いえいえ、お気持ちは充分わかりますので。それより、開きましたよ」

疲れ果てたギルバードがみんなの元へ戻ると、レオンが腹を擦りながら奥を指した。どうやら笑い続けて腹筋がいかれたらしい。

をどうやって開けたのか想像するのも恐ろしく、ギルバードは考えを放棄して中をそろりと覗く。

そこは思った以上に広く、そして薄暗かった。ローヴが杖を振ると明かりが燈され、部屋奥まで見渡せるようになった。様々な植物の鉢植えがあり、壁に設えた棚には多くのガラス瓶が置かれている。その内のどれかが解毒剤なのだろう。  

「王女殿下、アラントルの娘に飲ませるよう指示した薬。その解毒剤はどれでしょうか」 

「ん・・・、どうしてぇ? 必要ないでしょう」 

「実は殿下にとって大切な品を、あの娘が隠し持っているのです。場所を吐かせるために、解毒剤がどうしても必要なのです。殿下の窮地を御救い出来るのは、ビクトリア王女だけです」 

「まあ・・・」 

「王女が殿下に御協力下さると、エルドイド国王も大変御喜びになるでしょう」 

「まああ・・・」 

「解毒剤があれば、殿下は王女に深い感謝を表するでしょう。手に入れたあかつきには王女に深い関心を持たれるかも、・・・知れませんよ?」 

「まあああっ!」 

レオンの奴、よくもまあ次から次へと適当なことが口から出てくるものだと感心するギルバードの横で、ローヴが懐から取り出した小瓶の蓋を開ける。それはディアナが飲まされた薬と同じ液体だった。

棚上の薬瓶をひとつひとつ確かめ、杖でなぞり、灯の下で確認した後、二つの瓶を王女に差し出した。 

「これが元でしょうか? 分けて取り置くとは用心深いことです。これに薬草を用いるのですね」 

「そうよぉ。そこの鉢植えの葉を三枚、乾かして、粉にして、煮詰めて、合わせるのぉ。そぉしたらぁ、色が緑からピンクになるのよぉ」 

「そうですか。ともかく解毒剤の元と薬草が一か所にあり、大変助かりました。一から調べて作るのは、長い時間が掛かりますからねぇ」

 

毒を作る場合、多くの魔法導師は解毒剤も作る。作用目的を更に向上させるため、または作用を消すためにあらゆる道を模索する。強い治癒薬は時に大きな副作用を生じることがあり、そのために反作用の薬を作るのだ。

基本魔法導師は人の生死に関与しないことを信条としているが、戦や天災などで負った怪我や流行病が蔓延した場合に限り王の命により、または研究目的で治療を施す。薬の研究に係わっている魔法導師が多いのも、王宮に従事する導師が多いのもそのためだ。そのための薬草園と宮を王宮が擁する。

同様に、これも王女が解毒剤を作るよう指示したのではなく、魔法導師が自ら反作用の解毒剤を作ったのだろうと想像出来る。または万が一、他者が飲んだ場合を想定したのかも知れない。

どちらにせよ助かったとローヴが笑う。ギルバードが指輪を介してカイトとザシャに伝えると、ローヴがそれらを空間移動した。瑠璃宮に戻ったカイトとザシャが解毒剤を完成させ、ディアナに飲ませることになる。もう、バールベイジに用は無い。 

狭い部屋から出て王の許へ向かう。 

王女と同じように宙に浮いたままの王が、ビクトリアの姿を見て悲鳴を上げた。

  

  


 

 

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