紅王子と侍女姫  11

 

 

十年間で馬車に乗ったのは二度だけ。六歳時に家族で王宮に向った時と、そして長姉の結婚式のため他領地へ向った時。その時はどちらも乗り物酔いなどしなかった。

今気持ちが悪いのは緊張のせいだろう。狭い馬車の中、隣には王太子殿下がいて車内は二人きりで、荷物があるから仕方が無いと並んで腰掛けているのだから。

自分のような者が王子の横に座っていていいのだろうかと、激しい緊張で咽喉が渇き、動悸が治まらない。二台も馬車があるのに姉が用意した大量の荷物分スペースがなくなり、護衛を兼ねて侍従長が騎乗することになったのだ。狭いとか、王子と一緒は困るとか、そんな文句を言える立場ではないのは重々承知している。

だけど男性と、それも一国の王子と二人きりの空間に押し込まれた状態で緊張するなという方が無理ではないだろうかと、考え続けていた。揺れる馬車の中、長い間俯いていたためか気分が悪くなり、窓から見える外の景色をぼんやりと眺め始めたディアナへと、王子から柔らかい口調で声が掛かる。

 

「・・・・・少し尋ねても、いいだろうか」

「は、はいっ! 何なりとお尋ね下さいませ」

 

不意に話し掛けられ、ディアナの鼓動は大きく跳ね上がり声が上擦ってしまった。振り向くと驚くほど近い場所に王子がいて、息が止まりそうになり急ぎ目を伏せる。

高い鼻梁に引き締まった唇、艶やかな黒髪に日に焼けた肌、濃紺のフロックコートを着た実質剛健といった佇まいの王子が近い距離にいて、そのことも鼓動を跳ねさせる原因だ。精悍な顔立ちに体躯の良さもあり、王城で王子と出逢った女性ならば誰もが恋焦がれた眼差しを送るであろうことは侍女仕事ばかりの日々を送っていたディアナでも想像に易い。その王子から何度か咳払いが聞こえ、ディアナは渇いた咽喉に無理やり唾を飲み込んだ。

 

「あ―――。昔、王宮で・・・・俺に会ったことは覚えていると言ったよな」 

さっきとは違った意味で鼓動が跳ね上がる。思わず顔を上げると、真摯な表情で見つめるギルバードがいて、その瞳の強さに吸い込まれそうな気持ちを覚えた。

 

「はい・・・・覚えております」 

ディアナはそう伝えて、王子の瞳から視線を逸らして静かに項垂れる。

十年前のあの痛みを堪えているような、悲しげな王子の表情が思い出されてしまい、胸が苦しくなる。幼い自分は一体何をして王子をそんな表情にさせたのだろうか。

初めて訪れた王宮の庭園で、辛そうな表情となった王子が、その彼の漆黒の髪が、手に握られた珊瑚色のリボンが震えていたことがディアナの脳裏に甦る。そして珊瑚色のリボンが未だに王子の手元にあることを思い出し、胸が大きくざわめいた。領地視察に訪れた陛下が持っているそれが、本当に自分のリボンだったものであると確証は無い。だけど『そう』だと、それはかつて自分の髪に結わえられていたリボンだと確信めいて思えるのだ。

十年間、ずっと大事に持っていてくれたと、自分のことを忘れずに覚えていてくれたのだと思うだけで不思議と胸が高鳴るのが不思議だった。対する自分は覚えているといっても髪の色や手にしたリボン、その時の王子の表情を漠然としか覚えていないが、王子はどんな風に私のことを記憶しているのだろう。

私は王子に、いったい何をしたのだろうか・・・・・・。

 

「ディアナ嬢」

「っ! は、はいぃ!!」

 

急に、それも至近距離で声を掛けられ、自分でも驚くほどの大声で返事をしてしまう。昔の回想に沈み込み、ディアナは隣にいるギルバードの存在を一瞬忘れていた。

 

「・・・・大きな声だ。普段の貴女もそんな風に元気なのだろうか」

 

少し俯き加減で頬を押さえていたディアナから大きな声で返答されたギルバードは、思わず彼女を凝視した。蝋燭の芯で火傷した時や、レオンに付き纏われていた時も存外落ち着いて受け答えをしていた彼女を見知っているだけに、席から飛び上がらんばかりの大きな返事をするディアナに心底驚いた。それが本来の彼女なのだろうかと、驚いた顔と大きく見開いた碧色の瞳から目が離せない。

しかし、何気なく返した自分の言葉に彼女は蒼褪めてしまい、やっと見ることの出来た碧色の瞳は閉じられ、深く俯いてしまった。

 

「も、申し訳ありません! 普段はこんな大きな声を出すことなど・・・・」

 

隣に腰掛ける王子から大きな声だと言われ、ディアナは自分でも驚きを隠せなかった。普段の生活では驚くことなど滅多に無い日常だった。基本侍女としての日常に大声を出すことなどない。小さな火傷は日常的だし、大きな魚や予想以上の収穫に喜ぶことはあるが、大声とまではいかない。

 

「このような場所で大声を出してしまい、誠に申し訳ありませんでした。この先はしっかりと気を引き締めますので、どうぞお許し下さいませ」 

ディアナはそうだったと膝上の手を握り締めた。これから訪れる場所は王城なのだと。

侍女として過ごす私を『治す』ために連れて行って下さる王子の立場を悪くしないよう、精一杯気をつけて過ごさなければならない。立ち振る舞いなどは城に招いた講師から勉強したが、やはり実践が伴わなければ苦労するだろう。

しかし、それも原因を見つけて治すまでのこと。もし治らなくても自分は問題なく生活することが出来るのだから、気にしないで欲しいとディアナは考えていた。しかし問題解決は王子に深く関わってくると聞いている。問題解決までは王子のためにも、リグニス家の面目のためにも、貴族息女らしく振舞うよう気を付けるしかない。

ディアナが王子に謝罪を繰り返すと、直ぐに「違う!」と強く言い返された。その強い口調に驚き顔を上げると、眉間に皺を寄せた王子がもう一度「違うんだ」と繰り返す。

 

「俺は大きな声を叱責したのではない。貴女らしくて良いと、元気があっていいなと思っただけだ。貴女からの元気な返答に・・・・・ちょっと驚いただけで・・・・」 

その言葉にディアナは目を大きく見開いて王子を見つめた。

耳に響く、何処かで聞いたことのある最後の台詞。

何故最後の言葉が耳に残るのだろう。それを聞いたのは十年前なのだろうか。

いま、目の前にいるのは気取ることなく真っ直ぐな言葉を自分に掛けてくれる、エルドイド国王位継承権第一位のギルバード王太子殿下だ。

十年前、一度お会いしただけの高貴な立場のお方。

政務に携わりながら領地を巡り、自国をより良くしようと努めておられる王子。

涼やかな声で時に大きな声を出される、艶やかな黒髪の、黒曜石のような瞳の持ち主。

その瞳が、王子の瞳が自分に向けらている。黒い瞳の中、奥には何故か紅い虹彩が揺れて見えた。それは私の記憶の底に埋もれて消えそうな場所で揺れる、でも決して忘れてはいけない大切な・・・・。

 

―――ガタンッ!

 

馬車の大きな揺れに驚いて意識を戻すと、あと少しで鼻が触れるくらいの距離に王子の顔があった。さらに自分の頬に触れるか触れないかの場所に王子の手が浮いているのが見えて、ディアナは目を瞠る。

大きく見開いた陛下の瞳は深い黒一色で、一瞬、自分はどこにいるのかと思った。

意識が戻ったディアナは、不敬にも王子にこんなにも近付くなんて、またしても淑女として有るまじき行為だと、急ぎ王子に背を向け窓に縋るように貼り付く。

 

「も、申し訳御座いません!」 

羞恥に蒼褪めていいのか、真っ赤になっていいのかそれすらも解らず、こんなにも動揺する自分にも驚きが隠せない。本当に今までの生活は平穏の中にいたのだと再認識する。

 

「い、いや、謝ることはない。・・・俺も、ど、どうしたのか・・・。貴女に、ど、どこも触っていないよな? いや、うん、触ってない! 俺は触っていないはずだ」

「は、はい! 殿下はお触りになられておりません!」

 

そっと振り返ると王子と目が合った。急いで俯いたが、自分の頬がじわりと赤くなるのがわかる。どうしてだろう、一瞬だが王子の頬も染まっていたように見えた。

 

「・・・この狭い馬車の中で女性に触れなかったのを自慢されて、がっかりですよ」

「レオン、おま・・・っ! いつの間に!」

 

突然声を掛けられディアナは叫びそうになったが、今度はどうにか抑えることが出来た。声を掛けてきたのは侍従長のレオンで、いつの間にか馬車は停まっており扉が開かれている。呆れたような微笑を浮かべたレオンが、休憩のために声を掛けたのに一向に出てこないから扉を開けたと話すが、声を掛けられたことも扉を叩いた音にも、ましてや扉が開いたことにも気付かなかった。

開いた扉の向こうに御者が敷布を広げているのが見え、レオンに休憩をするので一度馬車から降りるよう告げられる。扉近くまで移動したディアナの目の前に大きな手が差し出され、顔を上げると王子と目が合い、慌てて俯く。差し出された大きな手に自分の手を重ねると、とても温かく感じられた。

 

休憩中、侍従長からの視線がとても居た堪れなく感じ、王子から距離をとって近くの川で何度も深呼吸を繰り返す。護衛騎士のエディに何かあったのかと尋ねられるが、ディアナは答えようがなく首を横に振るしかない。

その後、馬車の中に戻っても王子から「尋ねたいこと」の続きが問われることはなく、ただ覚えているかの確認だったのかと忘れることにした。

 

 

馬車はその後しばらく林道を走っていたのだが、その馬車の中でディアナはだんだんと息苦しくなってきた。普段よりもきつく締められたコルセットのせいで胃や胸が圧迫され苦しいのだろうと思うが、馬車の中ではどうすることもできない。やはりもう少し弛めて貰えば良かったと思っても今更な話で、次に馬車が停まるまでは我慢するしかない。

窓から見える景色を眺めながら苦しさを逃そうと、ディアナは何度も浅い息を吐く。

 

「・・・・もしかして馬車に酔ったか? 速度を緩めるよう伝えた方がいいか?」 

ギルバード王子からの優しい言葉に何と答えようかと眉根を寄せた瞬間、馬車がガタンッと大きく揺れ、ディアナは王子側に倒れ込んでしまった。

 

「も、申し訳ありま・・・・っ!」 

急いで離れようとした瞬間、脇から胃に痛みのような嘔気が込み上げ言葉が詰まってしまう。強張った身体に食い込むコルセットの痛みと嘔気にギュッと目を瞑ると生理的な涙が滲んだ。どうにか身体を起こして窓に凭れ掛かるが、嘔気は治まらない。

 

「ディアナ嬢、気分が悪いのか? すぐに馬車を停めさせようか?」

「違・・・・・、苦しくて。・・・・も、限界、かも、です」

 

どうしようかと悩んだが、このままでは想像するのも怖い大変なことになりそうで、目を強く瞑ったまま脳裏に浮かんだ最悪な状況に身体が震えてきた。馬車を停めて貰っても酔っている訳ではないから改善はしないとわかる。

では、どうするか。一番いいのはすぐにコルセットを緩めることだ。

しかし背には首から腰近くまで釦があり、それを自分で外すことさえ出来ない。ましてやその状態でコルセットの紐を緩めるなど、出来る訳がない。

 

「苦しいのか? どうしたらいい? 馬車から降りなくでも大丈夫なのか?」

 

馬車を停めても手助けしてくれるのは男性しかいない。自分ではどうしたって出来ないのだから、宿に到着してから誰か女性に緩めて貰うまでは我慢するしかない。

まさか王子や侍従長に頼むなど・・・・。

でも、もう苦しくて辛くて、我慢も限界だとディアナは顔を上げた。

 

「殿下・・・・・」

 

潤んだ瞳で自分を見つめるディアナに、ギルバードの身体が強張った。柳眉を寄せて喘ぐ彼女はひどく辛そうな表情をしているのに、その儚げな様子に目を奪われ、どうしていいのか判らなくなる。小さな揺れにギルバードの意識が戻り、止めていた息をどうにか吐いた。

 

「ど、どうしたらいいのか教えてくれ。苦しいままでは辛いだろうし、宿まで持たないだろう。頼むから言い難いことでも伝えてくれ。停めるならすぐに御者に声を掛けて」

「そ、外では困ります! あ、あの殿下に・・・・でも・・・・」

 

彼女は蒼褪めた顔でそう呟くと、視線を彷徨わせて逡巡し始めた。

外では困るということは馬車に酔った訳ではなさそうだが、もしかして自分と二人きりでいることに、何か問題でもあるというのだろうか。

自分がかけた魔法により、どのような負荷が彼女に出ているのだろう。

魔法力とは自然界の理を捻じ曲げる行為でもあり、場合によっては負荷が伴う場合もあると魔法導師より何度も聞かされていた。ディアナが自分の吐いた言葉に縛られ、侍女として働き続けたのもそれだろう。それらを踏まえて、自然界との交流を深めながら力の源を上手く活用出来るよう、普段から導師たちは修行をしたり魔道具の開発を行っている。国王である父はその援助と彼らの庇護をしながら国のために従事させているのは知っているし、その後継者たる自分に魔法力があるのは事実だ。

十年前、子供だった自分が衝動的に放った魔法は、ディアナに侍女として過ごさせるだけではなく、他にも何か精神的な苦しみを与えているのだろうか。

もしかして、人には言えない辛い思いをさせていたのかも知れない。

 

「頼む、ディアナ! 何でも言ってくれ! 俺に出来ることなのだろうか?」

 

碧い瞳が揺れながら自分を見つめている。蒼褪めながら苦しいと瞳を潤ませる彼女を助けられるなら、どんなことでもしてみせようとギルバードは真摯に見つめ返した。

 

「コ・・・コルセットが・・・・きついのです」

「そうか、コルセッ・・・・・え?」

 

苦しげな彼女から零された想定外な言葉に、ギルバードは目を見開いて固まった。

互いに顔を合わせながら、息を止めてどのくらい見つめ合っていたのだろう。馬車の揺れに再び正気を取り戻したギルバードは、こくんっと咽喉を鳴らして聞き返した。

 

「コルセット・・・・と言ったのか? それがきついと?」

 

自分の聞き返した言葉に対し、薄く頬を染めて俯く様にひどく動揺してしまう。

 

「それは―――、ど、どうしたらいいんだ? 俺は何をしたらいいんだ?」

 

コルセットが女性下着の一種だというのは知っているが、どのように身体に覆われているのか、何故それが苦しいのかが理解出来ない。辛そうな表情でいるディアナを楽にしてあげたいとは思うが、どうしたらいいのか、何をしたらいいのか全く判らない。

 

「た・・・大変申し上げにくいのですが、背中の・・・コルセットの紐を殿下に緩めて頂きたいのです。苦しくて、でも自分では解くことも出来ないので・・・・・」

 

そして彼女は自分に背を向けて、小さな声で「殿下にこのようなことを頼むのは、本当に申し訳ないのですが・・・・」と呟き背を震わせた。ふわりと靡くのは十年前と変わらない、忘れたことなどないプラチナブロンドで、サイド部分を捩じりまとめて後ろで束ねている。広がった髪の下にいくつも連なる小さな釦が首から腰へと続いているのが見えるが、これを自分が外すのかと目が離せなくなる。

ディアナの手助けが出来るなら、苦しさを少しでも緩和出来るなら、こんなことでも、どんなことでも、誠心誠意、心を込めて何でもしようと思っていた。幼い彼女にひどい言葉と仕打ちをした自分が、彼女の役に立てるならどんなことでもするつもりだ。

しかし・・・・・・コルセットとは。

 

「み、見たことがないのだが、それはドレスを全部脱がなくちゃダメな、つまり、女性用の下着、なのだろう? それに、ど、どうやって緩めるんだ?」

「ぜ、全部は脱がなくても大丈夫です! ・・・・ドレス背中の釦を外しますとコルセットが見えると思います。下部にある紐を解き、交差した紐を・・・少し弛めて頂けると助かります。このようなことを殿下にお願いするのは申し訳ないと存じ上げますが、でも」

 

彼女が説明している間に小石にでも車輪が乗ったのか、また馬車が揺れた。

その振動に彼女が苦しげな声を漏らしたのが判り、ギルバードは頭の中を真っ白にしたまま柔らかな髪を左右に分けて肩へとずらし、出来るだけ手早く背中の釦を外していく。首近くから背中の中央を過ぎると、白地の肌着の上に確かに交差した紐が見えてきた。しかし結び目が何処にあるのか判らず探そうとすると、見えてきた腰のくびれに視線が彷徨ってしまう。彼女は苦しいと訴えているのに、目の前の細い腰に目が奪われ、あまつさえ手が伸びそうになるなど、普段はレオンに騎士道とは何たるものかと語る癖に自分はバカなのかと顔を背けて深呼吸をする。

釦を腰近くまで外していくと結ばれた紐が見えた。急ぎその紐を解き交差されている紐を緩めると、彼女の強張っていた肩から力が抜けたのが視界の端に映る。血が通い出しかのように、陶磁器のような白い肌がほんのり淡く染まり始めたのが見え、目のやり場に困ってしまう。意識しないよう必死に手を動かし続けていると、自分を呼んでいる声が聞こえてきた。

 

「殿下、あの、殿下。もう・・・・・それ以上は、あの」

 

その声に正気に戻り手を止めて見下ろすと、コルセットは完全に緩められており、さらに通していた紐を殆ど引き抜いていると判る。薄い肌着越しに彼女の肌が淡く羞恥に染まっているのが判り、ギルバードは悲鳴を上げそうになった。

 

「・・・っ! ど、ど、どうしたらいいんだ。も、申し訳ない! そうだ、釦をして隠してしまえばいいか? あ、駄目なのか? ど、どうしたら・・・・?」

 

必死な声が背後から聞こえ、ディアナもどうしていいか判らなくなった。

紐が緩められると途端に呼吸が楽になり圧迫感から開放されたと安堵したが、王子の手は止まることなく、何度もお止め頂くように声を掛けたのだが夢中になっているようでどんどん解かれていくのが判る。恥ずかしくて申し訳なくて必死に声を掛け続け、ようやく王子の手が止まってくれたのだが、紐まで引き抜いたようで胸元のバスクが外れてしまったようだ。これでは前も後ろも完全に緩み、ドレス内でブカブカしてしまう。

 

「あ、あの。釦をして頂いても・・・・・宜しいでしょうか?」

 

女性は自分だけだというのに何故コルセットをこんなにもきつく締めて、背中ボタンのデイドレスを着せて貰ったのだろうか。人に着替えを手伝って貰うことがこんなに大変だとは思わなかった。まさか馬車の中、王子の前でドレスを脱いで前を直す訳にもいかず、前が肌蹴た状態では紐を締め直して貰う訳にもいかない。

 

「・・・・釦をしたが違和感はないか? もう、苦しくないのか?」

「はい、大丈夫で御座います。普段侍女服ばかりで過ごしていたせいで、このような御迷惑を殿下にお掛けすることになるとは思いもしませんでした。お手を煩わせてしまい、誠に申し訳御座いません」

 

ずいぶん楽になったのだろう。ディアナは胸元を押さえて振り向くと、柔和な笑みを浮かべてお礼を言ってきた。その表情には安堵と感謝の気持ちが浮かんでいる。どうにか彼女の望み通りに苦しみを取り除くことが出来たと、ギルバードも肩から力を抜き、初めて触ったコルセットと初めて見た女性の肌着姿に狼狽したことを誤魔化すように口を開く。

 

「慣れない衣装で苦しい思いをするのは俺も同じだ。王宮に戻り政務に就くと正装に近い衣装を着せられる。それを思うと硬苦しくて肩が凝りそうだ。よく女性はそんなものを着けていられるな。それじゃあ、脱がせる方は大変・・・・・・あ、いや、失礼」

「いえ、おっしゃる意味は・・・・わ、わかりますので・・・・・」

「そ、そうか・・・・・・」

 

ギルバードは自分が発した言葉に恥ずかしくなった。彼女の肌を露出させる行為を夢中でしていた自分に今頃頬が紅潮してくる。そのまま二人それぞれ窓の外に視線を向け、静かに沈黙したまま過ごしている内に、今晩泊まる宿へと到着した。  

 

 

 

 

 

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