紅王子と侍女姫  110

 

 

ディアナは何ひとつ変わりない自室を目にして、妙に懐かしく思った。自分自身では長く離れていた感覚などないが、窓から見える景色のように、やはり何か変わったのだろうかと眉を寄せる。荷物を運んでくれた双子騎士に礼を伝えようと頭を下げると、移動中ずっと寝ていたにもかかわらず眠気に襲われ、瞼が重く感じた。

「ディアナ嬢。少し診せて頂きますので、横になって下さい」 

「あ、ローヴ様。・・・はい、お願い致します」 

背後から声を掛けられ、ローヴが一緒に来たことを思い出す。瑠璃宮でも日に一度はローヴに体調を診てもらっていたので、素直に横になる。しかしベッドに横たわるだけで瞼が重くなり、ディアナは頬を叩いて目を覚まそうとした。 

「眠いですか?」 

「はい、いくら寝ても寝足りないようで、馬車の中でも殆ど寝ておりました。・・・殿下とご一緒させて頂いておりましたのに、大変失礼な態度だったと反省しております」 

「気にする必要はありませんよ。眠い時には素直に寝てくれた方が、殿下も安心されるでしょう。その眠気は解毒剤の副作用なのですから」

 

そう言うローヴの袖から長い杖がにょっきりと出て来るから、ディアナの眠気は一瞬で吹き飛んだ。何度見ても魔法は見慣れない。思わずぽかんと口を開けて目を丸くしていると、ローヴが目尻に優しい皺を刻み、口端を持ち上げる。

杖が頭から足先までをなぞるように動くのを見つめていると、小さく笑われた。 

「ローヴ様。もう体調に問題はないと思うのですが、診察はまだ必要でしょうか?」 

「ええ、万が一を考えて今度も診せて頂きたいと思っております。ですが、今は体調に問題はないようですねぇ。そうそう、眠っている間に夢は見ましたか? 他に困っていること、辛いこと哀しいことなどがありましたら、気兼ねなくお話下さい」

 

ローヴの問いに瞬きを繰り返し、ディアナは天井を見つめた。 

確かに眠る直前に眩暈を覚えることがあったが、そのあとの眠りで何か夢は見ただろうかと眉を寄せる。

思い出そうとすると胸がざわつき、何故か哀しいと感じた。どうして胸が痛むのか、どうして哀しいと感じるのかディアナには解からない。

思い出せずに悔しいと思ったことはある。だけど思い出してどうなる、とも考えた。

王子からの告白やエディが語ってくれた過去は、直ぐに信じることが難しいことばかりだ。

目の前で見せられた魔法は信じざるを得なかったが、覚えのない過去に王子と何があったかをそのまま受け入れることは出来ない。全てをなかったことに出来ないだろうかとさえ考えてしまう。

だけど、なかったことには出来ないだろうとも思う。深く考えようとすると頭重感に悩まされ、頭に浮かぶ何かに引き摺られるように眠りに堕ちる。この先も同じ状態が続くのは困る。考えても仕方がないと思うのに、気付けば同じことを繰り返している自分だ。

魔法導師長のローヴなら何か答えを返してくれるだろうか。

 

「夢・・・は、覚えておりません。気を失う前のことも覚えていませんし、それが辛いとも、哀しいとも思いません。ですがローヴ様、胸が苦しいのです。王城に行ってからのことを皆様から聞かされても、そうかと思うだけですが、時折何かが浮かび上がるようで、だけどはっきりと思い出せず・・・申し訳ないと感じて胸が苦しくなるのです」 

ディアナが喘ぐように伝えると、ローヴはベッドの端に腰掛けて肩を撫でてくれた。 

「王との謁見の場でも気を失っておりましたねぇ。胸が苦しいと感じるのは、心が苦しいと感じているからでしょう。消えたと思われていた記憶が蘇り、ディアナ嬢の心の中で出口を求めて暴れているのかも知れませんねぇ。出口近くまで来て、だけど扉が開かずに元の道に戻っていく」 

「・・・出口、ですか」 

 

まだはっきりしない事柄の方が多いものの、思い出す可能性があるとローヴが説明してくれる。その言葉にどう対処していいものか思案する間もなく、もう少し深く見せてもらいますと、大きく温かな手が額に覆い被さった。額や瞼に大きな手の温かさが広がり、だけど眠いと思うことが出来ない。心臓がバクバクと跳ね、もしかして何か思い出すかも知れないと期待する。だが、ローヴの手は離れていった。

 

「・・・頑丈な扉があるようで、深くまでは見ることが出来ません。身体に異常はありませんから、このまま様子を見ましょう。無理に思い出そうとはせず、穏やかにお過ごし下さい。そうそう、今後はちょくちょく殿下が顔を出すと思いますので、その時は菓子でも焼いてあげると喜びますよ」 

「御政務に支障はないのでしょうか」 

起き上がり、ベッドに腰掛けたディアナはローヴを仰ぎ見る。

ちょくちょく来ると言われてもアラントルは隣国との境にある、王都からはずいぶん離れた、馬車で三日も掛かる田舎の領地だ。魔法が解けた今、基本的にはディアナに係わる必要はない。

それなのに王子がアラントルに来るというのは、記憶を失う前に―――――。

 

「ローヴ様。あの、私は本当に、その・・・結婚の約束をしたのでしょうか。いえ、殿下が嘘を申しているというのではなく、・・・物語りや夢のようなことを言われても、正直信じることが難しく・・・」 

ベッドが軋む音と共に隣にローヴが腰掛ける。そしてディアナの手を取り、温かい手でゆっくりとさすってくれた。その動きを見ていると目頭が熱くなり、視界が歪み見える。 

「・・・時々、胸が苦しいのです。思い出せなくて申し訳ないと、いや思い出しては駄目だと・・・。どちらにも揺れるから、解からなくなるのです」 

「そして気付けば眠っていて、目が覚めても思い出せない?」 

「はい・・・。思い出すのが・・・怖いような気もします」

 

口に出すと、その思いは強くなる。思い出して、それからどう動くのか、考えが及ばないから怖くなる。自分に出来ることは城の中の掃除や洗濯、料理や畑仕事だけだ。いったい何があって王子と結婚の約束に至ったのか、想像することさえ怖い。 

短い間だったが、王子がどれだけ多くの人たちに慕われているかは理解した。護衛騎士である双子を始めとして、騎士団員や庭師、東宮侍女や瑠璃宮の誰もが皆、王子と気さくに話していた。慕われ敬われるだけの資質を持つ王子が、どうして田舎領主の娘に婚姻を持ち掛けたのか。それは魔法で繋がっていたせいだろう。どのような魔法だったのか訊けないが、それで気に掛けているだけだ。どうやっても、どう転んでも、自分が王太子妃になど、なれる訳がない。

 

「だけど思い出せない私を、殿下は大丈夫だと、無理をするなと気遣って下さいます。それが申し訳ないから、思い出せたらいいのにと、そう思う時もあります。でも・・・」 

「ディアナ嬢。頭に傷を負って記憶を失った訳ではありませんから、記憶そのものはディアナ嬢の中に残っていると、私は考えています。ですが、鍵がありませんのに、無理やり扉を抉じ開けようとしても、開く訳がない。・・・ふと、頭に何かが過ぎる時、その時に目を閉じて預けてしまえばいいのです。記憶の波に、全てを預けて、何も考えずに漂って下さい」 

「すべて、を、預けて、漂う・・・」 

「ええ。それと頭に何かが過ぎった時は、直ぐにしゃがみ込むのが一番いいですねぇ。気を失って倒れた場所が厩舎や川近くなどでは、蹴られたり溺れたりと、命の危険があります。階段や窓の掃除中もいったん手を止めて、腰を下ろして下さい。そして記憶の波中を漂うのです。どうです、出来ますか?」

 

ローヴの言葉を耳にして、ディアナは幾度か瞬いた。 

記憶はディアナの身の内に残っているが、無理やり扉を開けようとしなくていい。何かが過ぎったら、その時は身を任せて、ただ預けたらいい。

それなら・・・・出来る。出来るが、これから、そんな日常を送ることになるのだろうか。

思い出したその時、私は何を想うだろう。 

「思い出したら半年分の記憶に驚くでしょうから、その時は大いに驚いて下さい。それから先のことは、ディアナ嬢のお好きにしたらいい。未来は刻々と変わりゆくものです。その時々の感情で、思った通りに動くのがいいでしょう。それで上手くいく時もあるし、失敗することもある。そしてディアナ嬢、悩んで悩んで、どうしようもなくなった時は周りに助けを求めたり、相談して下さい。それは親でもいい、姉様でもいい、私でもいい」 

どこかで聞いた覚えがあるような言葉に、ディアナはしっかりと頷いた。

 胸の奥で巣食っていた岩のように大きく強固な扉が、僅かに軋んだような気がする。その扉を開ける鍵が本当にあるのだろうか。

・・・今は、今だけは、鍵が見つかるように祈ろうとディアナは微笑んだ。

 

 

 

 

城に従事する者たちが食堂に集められ、厨房を背にして領主夫妻と次期領主となるロン、カーラ、執事のラウルが一列に並ぶ。壁際に用意された椅子にギルバードとレオンが腰掛けると、歪な三角形を作った陣形となり、食堂には痛いほどの静けさと緊張が漂った。 

領主はみんなの顔をゆっくり見回すと咳払いを落とし、娘のディアナがアラントルに戻って来たが、王城にいる間に不慮の事故に遭い、記憶の一部分が消えていると説明する。侍女たちから悲鳴にも似た驚きの声が上がるが、ただディアナの体調には問題がなく、きっと以前のように料理や掃除をするだろうから宜しくと領主は肩を揺らして笑った。

心配そうな顔をした侍女頭が手を挙げ「それでは今まで通りにお仕えしてよいのですか?」の問いには、立ち上がったギルバードが答えた。

 

「今まで通りで構わない。ただ、事故の副作用でディアナ嬢は突然気を失うことがある。出来るだけひとりにはしないで欲しい。それと、私はこちらに頻繁に顔を出す予定だが、ディアナ嬢に何かあったら直ぐに知らせて欲しい。エルドイド国アルフォンス国王もディアナ嬢の今後を憂慮しており、この場にいる皆の協力が必要不可欠だ。どうか、宜しくお願いする」 

ギルバードとレオンが頭を下げると、息を詰める音があちこちから聞こえ、領主が必死な声を上げる。

 

「殿下っ、本当に、もう、お気持ちだけで充分で御座います。ですから頭を上げて下さい。当方は、いつお越し下さっても問題御座いません。ですが頻繁になど・・・御無理だけはなさらないで下さいませ」 

「リグニス様、大丈夫ですよ。殿下の体力は底無しだと、王宮騎士団長のお墨付きで御座います。それに愛しいディアナ嬢の許に通われるのですから、どんな困難も山積みの政務も、面倒な会議も遠方への視察も、責任感が御強い殿下は、全てきれいに片付けて下さるでしょう」 

「体力と政務は別だろう」

 

眉を寄せてレオンを睨んでいると、背後で「うぅ~ん」と声が聞こえてくる。ギルバードが振り向くと領主の妻が背後に倒れそうになり、領主と執事に支えられるところだった。その隣ではロンとカーラがぽかんと口を開け、城に従事する者たちが一斉に騒ぎ始めた。

いったい何だと顔を顰めると、レオンが手を打って皆の注目を集める。

 

「皆様、どうかお静かに願います。リグニス様にはすでに伝えてありますが、今の会話でお判りの通り、ギルバード殿下はディアナ嬢に御執心で御座います。惚れた女性のために奔走するのは、男として当たり前のこと。殿下は惜しみない愛をディアナ嬢に捧げるため、頻繁にこちらにお邪魔する予定です。ですから皆様、殿下が顔を出した時は、どうか二人きりにして差し上げて下さい。殿下付き侍従長としてだけでなく、殿下の友として、心から皆様の御協力をお願い申し上げます」 

皆が互いを見合った後、目を丸くしてギルバードたちを見る。レオンの言い方には眉を寄せたが、内容は間違いがない。愛しいディアナのために奔走するのは極自然なことで、来た時に二人きりにしてもらえるなら、それはそれで大助かりだ。優雅な仕草で御辞儀するレオンの横で、ギルバードも頭を下げる。

 

「あ、あの、殿下・・・、ディアナは、それを知っているのですか?」 

ディアナの姉であるカーラから問われ、ギルバードはぐっと息を飲んだ。 

「いや・・・。記憶がないため、以前の告白は無効となったが、改めて私の気持ちは伝えてある。無理をするつもりはないが、ディアナの記憶がないといって放置する気はない。もう一度、彼女に好きになってもらえるように、最大限の努力をするつもりだ」 

ギルバードの返答に愕然とするカーラの肩を支えながら、今度はロンが訊いてきた。 

「一応、リグニス家は侯爵家ですが・・・王都近くに住まう貴族に比べたら、正直申しまして財も名もありません。こう申しては大変御無礼とは承知の上お尋ね致しますが、一時の、その・・・戯れ・・・ではありませんので?」 

「ディアナにも言ったが、身分などは関係なく、もちろん戯れなどでもない」 

「つまりは・・・」 

「ああ、ディアナは俺の妻に、つまりは王太子妃になってもらう!」 

「・・・うぅ~ん」 

今度はカーラが腰を抜かしたようで、ロンが慌てて支えていた。レオンが椅子を引き、カーラを座らせるが、その横では領主の妻が完全に意識を飛ばしている。

集められた者たちのざわめきは増すばかりで、ギルバードは首を傾げた。

 

「以前ディアナに尋ねた時はいないと聞いたが、もしかして、ディアナには婚約者がいるのか? 俺ではディアナに相応しくないと、そう言いたいのか?」 

思わず意気消沈しそうになったギルバードに、ロンが激しく首を横に振る。 

「そうではありませんし、ディアナには婚約者などおりません。ですが、あの・・・私は次期領主として今回ディアナが王城に行った詳細を伺っております。殿下は・・・長く迷惑を掛けたことで、ディアナを哀れと思い、それを好きと混合なさっているのではないかと・・・」 

「そんな訳ない! 確かに迷惑を掛けたことは悪いと思っているし、ディアナが気にするなと言ってくれたことに感謝した。だけど感謝の好意と恋愛感情は別だ。滞在している間にいろいろあったが、記憶を失う前のディアナも、俺のことが好きだと言ってくれた。妃になることも了承してくれた。・・・だが」 

「ロン様、そうなんですよ。殿下の粘り勝ちで、ディアナ嬢の御心を見事射止めることに成功されたんです。思い返すと、殿下は最初からディアナ嬢に惹かれていたのでしょうねぇ。王城に来ることになった経緯も運命であり、必然だったのでしょう」 

「上手いこと言うな、レオン。そうだ、運命で必然なんだ」

 

ギルバードが満足そうに微笑むと、ロンがぽかんと口を開けた。

そのロンの肩を領主が叩き、「そういうことらしい」と、妙な笑みを浮かべて頷く。その表情は少し疲れて見え、ロンは黙って頷き返した。 

「みんな、まあ・・・そういうことだ。ただ今のことはディアナには内密にして、妙な御膳立てはしないように。そして殿下が来られた時は・・・それなりに・・・頼む」 

いまだ動揺が治まらない者や、紅潮した頬を押さえる者、瞠目したまま立ち竦む者からの視線を感じながら、ギルバードはもう一度頭を下げた。

 

 

話し終えたギルバードは、応接室にてレオンやローヴ、双子騎士を交えて今後を話し合うことになった。まずはディアナの診察を終えたローヴが口を開く。 

「殿下、ディアナ嬢の体調に問題は御座いません。多少、精神的疲労が蓄積されているようですが、それは時間の経過と共に癒されるでしょう」 

「そうか、それは良かった」 

「それと気を失われるのは、やはり失った記憶が関係しているようです。思い出したい、思い出せない、思い出すのが辛い、怖い・・・と思っているのに、急に蘇る記憶量の多さに翻弄され対応出来ず、本能的に思考を遮断してしまっているのでしょう。そして気を失われる、そう見受けられます」 

「気を失うほど・・・辛いのか」 

「ですが、それが悪いとも思えないのです」 

いつもの柔和な表情を浮かべたローヴを前に、ギルバードは口端を下げた。

 

「辛くて怖くて気を失うことが、悪いと思えないと?」 

「ええ。それは解毒剤の副作用で失った記憶が、残っているという証拠です。完全に消えた訳ではない。時間の経過と共に思い出す可能性があると、私はそう思えました」 

「っ!」 

ギルバードは思わず立ち上がり、無心で頷く。何度も何度も頷きながら、唇をぐっと噛み締めた。目頭が熱くなり、握った拳が震えているのが自分で分かる。そうか、と胸のうちで呟き、口を開けば叫び出しそうなほど昂った感情を必死に抑え込む。 

肩を叩かれ、振り向くとレオンがいつもより目を垂れて笑んでいた。エディとオウエンは互いを見合い、鼻頭を赤くしてギルバードと同じように頷いている。

 

「あとは殿下次第です。ですが、しつこく付き纏うのは駄目ですよ。穏やかな日常を営むディアナ嬢の許に、時々顔を出す高潔な紳士然として接触して下さい。あ、接触と言っても急に抱き締めることはお止め下さいね」 

「そうですよ、殿下。ご自身で何度も口にする騎士道精神を、殿下自身が忘れて行動されていることを、よく御自覚下さい」 

羞恥に染まる顔を腕で隠したギルバードは、「・・・気を付ける」と頷いた。

 

 

 

あれから一週間が経過して再び現れたエルドイド国王太子を目にして、城に従事する者たちは、あれは本気だったのかと我が目を疑った。領主の妻は緊張のあまり卒倒し、応対に出た領主や執事のラウル、ロンも困惑の顔を隠せずにいた。 

「ディアナはどこにいる?」 

「こ、これは殿下。ディアナは裏門で、あの、食材業者と話しております」 

ギルバードが颯爽と踵を返すのを止めたのは侍従長のレオンだ。 

「殿下、くれぐれも騎士道精神をお忘れなく。しかし、同時に攻めなければ、進展はありませんよ」 

「それが難しい。・・・レオン、何かいい口説き文句があれば教えてくれ」 

「それは御自身でお考え下さい。苦労してこそ、得た時の喜びは大きいですよ」

「ま、前は訊けと言っていただろうが!」

「前は、前です。殿下は何度、私からの献言を無下にされたか御存知で? しかし、どうしても他者からの知恵を借りたければ、ローヴ殿よりお受け取りになった指輪で、瑠璃宮のカリーナ殿に尋ねられたらいいのです。ディアナ嬢を長く見守って来た女性として、きっと素敵な文句を下さるでしょう」

「・・・・・」

 

途端に肩を落として歩き始めるギルバードを見送ったレオンは、困惑顔の領主に柔和な笑みを見せる。

ロンがお茶の用意をしますと言うのを片手で制し、実は切実なお願いがあるのですと相談を持ち掛けた。 

「殿下の精神安定、政務進捗のために、ぜひ了承して頂きたい案件が御座います。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか」 

有無を言わせぬレオンの笑みに、領主はロンと顔を見合わせ、おずおずと頷いた。 

 

「簡単なことです。以前、目にされた魔法の『道』を繋げたいのです。王城からアラントルまで、馬を急がせても二日近くは掛かる。往復で四日。そうなると四日分の政務が滞る。殿下の幸せと我が国の輝かしい未来のために、ディアナ嬢に会いに来ることを阻むつもりはありません。ですから魔法導師の知恵を使い、殿下の逢瀬を応援するために『道』を繋げたいのです。その場所を提供して頂きたい」 

「・・・はぁ」 

領主は口を半開きにしたまま頷き、ロンは何の事だかわからないと領主を窺う。 

領主の同意を得たレオンは満面の笑みを浮かべ、場所を決めましょうと二人を促した。足取り軽く、馬に括り付けていた鳥籠を手に、「場所が決まりましたら、早速ローヴ殿に連絡せねば」とほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

→ 次へ

 

← 前へ

 

メニュー