紅王子と侍女姫  115

 

  

ディアナがおろおろと視線を彷徨わせていると、双子が剣呑な声を出した。 

「アギナ皇国も殿下の妃に関して手紙を出して、その返事を受け取っているんだろ?」

「その内容が気に喰わなかったから、皇女様は魔導士をここに寄越したって言うの?」 

二人が突き出した剣を揺らしながら問うと、ウッツは少し考えるように時間をおいてから頷いた。 

「・・・ギルバード殿下よりの書簡には、殿下御自身の婚姻に関して、まだ詳細を公式に発表する段階にはないが、すでに心にお決めになられた相手がいるため、今後は見合い等の申し込みを遠慮したい。そう書かれていたと伺っております」 

「皇女様はそれに怒って、殿下が心に決めた娘を探して来いって?」 

「そうです。皇女より大陸中に広まっている噂の娘を秘密裏に、早急に探し出すよう指示を受けました。そして見つけ次第、その者の気持ちを変えるよう・・・仰せつかっております」 

「気持ちを変えるですって!?」

 

厳しい声を放ったカリーナがディアナを背に庇うように立ち位置を変え、持っていた杖をウッツに突き出した。緊迫した雰囲気に蒼褪めたディアナは急ぎカリーナの袖を引き、だけど何を言っていいのか、ひとつも思い付かずにハクハクと口を開閉する。

アギナ皇国から来た魔導士は課せられた職務を全うしようとしているだけだ。彼自身、悪意を持ってアラントルに来た訳ではないだろう。だからといって勝手に気持ちを変えられるのは困るし、もっと困るのがカリーナたち王宮魔法導師と争われることだ。

ディアナの狼狽に気付いたカリーナが、袖を引く手を優しく包み込む。はっとして顔を上げると、大丈夫ですよと微笑む顔があった。 

「御安心下さい、ディアナ嬢が気にされるようなことは致しません。ですが魔法を駆使する者にとって、人の感情を弄ぶことや命を脅かす行動をとることは禁忌とされています」 

「その点は問題ありません。それに関して魔法を使うつもりは御座いません。ただ皇女の気持ちを伝え、妃を辞して頂くための説得をさせて頂こうと足を運んだ次第です」

「説得? 魔導士を遣わして、言葉での説得をするつもりだったと?」

「はい。その通りです」

 

顔色を僅かに変えることないウッツの返答に、カリーナは頬を引き攣らせながら彼を睨ね付けた。

魔法を使うつもりはないと聞いても杖を手放していても、ウッツの態度と内容に、腹立ちは治まらないと双子が怒鳴る。 

「それこそ殿下に言ってよ! 正式な返答に文句があるなら、アギナ国の皇女が殿下に直接文句を言えばいいじゃんか! アラントルの領主に断わりもなく、魔導士を送って寄越すなんて卑怯だよ」 

「侍女を昏倒させてまでディアナ嬢に近寄ったことを知ったら、殿下がブチ切れるに決まってんじゃん! それも護衛騎士が離れた隙をついて近付くなんて、やらしいよなぁ」

「俺たちやエルドイド国の魔法導師に見つからない自信があった訳?」

「ディアナ嬢が妃を辞退するって言うまで、どんな説得をするつもりだったんだよ!」 

 

揃って顔を顰める双子の怒気は治まることなく、剣先を揺らしながら険しい表情でウッツを睨み続ける。対するウッツは表情を変えることなく黙したままだ。 

何ひとつ口を挟むことが出来ず、それ以前に何を言えばいいのか解からないまま佇んでいたディアナは、カリーナの肩越しからそっとウッツを窺った。 

現れた時から表情を変えることのない彼は、この状況からどうするつもりなのか。

皇女は王子からの返答に納得出来ないと自国の魔導士を動かした。それは最悪、噂の娘が説得に応じない場合は魔法を使うことも想定しているのだろうか。いまだ思い出せずにいるが、解毒剤を飲んだ経緯も王子の妃に関してだと教えられた。ウッツが言っていたように、大国の王太子であるギルバードに嫁ぎたいと望む者は多いのは理解出来る。 

では、王子の気持ちはどうなるのだろう。

ィアナの記憶が戻るのをいつまでも待つと寂しそうに微笑む王子の、その気持ちや望みは、皇女にとっては必要ないものだ。ギルバード王子の気持ちより、自分の望みを優先させている。王子の気持ちを尊重し、自分の気持ちを真摯に伝えることをせず、邪魔な娘を排除することを選んだ。

 

「ギルバード、殿下は・・・殿下のお気持ちは」 

ディアナはカリーナの横に移動し、僅かに眉を持ち上げたウッツに話し掛けた。 

「殿下の・・・殿下がお決めになった妃が誰かは存じませんが・・・その相手の方の気持ちを、第三者が変えようとするのは・・・違う、と思います。それは殿下にも、大変失礼なことだと思います」 

視界の端に、双子が目を丸くしてディアナを見ているのが映った。カリーナとカイトからも視線を感じ、全身がじわじわと熱を帯びる。それでも大きく息を吸い、ディアナは続けた。

 

「ギルバード殿下は大変聡明で、エルドイド国の御為にと日々政務に励まれる、勤勉な御方です。とても慈悲深く、万人に笑みを向けられる高潔な御方です。御立派な殿下の許に嫁ぎたいと思われる姫君様の中には国の意向や想いを背負われておられる方もおりましょう。心から殿下を想い婚姻を望まれている方もおりましょう。・・・ですが、殿下のお決めになったことを、殿下の知らぬ場所で無理やり曲げようとなさるのは、ま、間違っていると、思います」 

大きく息を吐き出しながら、上手く話せただろうかと蒼褪めるディアナの背を撫でる手に気付く。振り向くと、何故か微妙に苦悶の表情を浮かべているカリーナがいて、少し視線を動かすと、カイトと双子も同じような表情だった。何か妙なことを口にしたかと首を傾げると、ウッツ以外の全員がそっと視線を外してしまう。上手く伝えることが出来ない自分を恥じながら、ディアナはも一度大きく息を吸い込んだ。

 

「皇女様が殿下の妃になりたいと、そう思われるお気持ちは理解出来ます。殿下は精悍な御顔立ちで御立派な体躯の、とても凛々しい紳士ですから、多くの姫様が恋い焦がれるのも無理はないと思います。本当に誰に対しても優しく御親切で、いつも笑みを絶やさない御心の広い聖人のようなお人柄ですから、そのような御方の妃に望まれたいと願うのは当然だと思います。ですが、当人である殿下のお気持ちを蔑ろにされるのは」 

「ディアナ嬢、それくらいにした方がいいよ」

「で、ですが、・・・・え?」

 

必死に言葉を募っていると、エディが苦笑交じりに肩を揺らす。上手く伝えることが出来ない自分を口惜しく思っていると、双子が剣を収めてディアナの背後を指差した。

指差す方向に振り向いたディアナは、目を瞬く。ディアナのすぐ後ろには、若い男性が立っていた。彼は口を手で覆い、見てわかるほど真っ赤な顔色をしている。

「・・・ま、あ・・・」

 

今度の幻は驚くほどはっきり見えると、ディアナは目を瞬いた。覚えのない過去らしき光景に何度も驚かされてきたが、ここ最近では一番の驚きに胸を昂らせながら、ディアナは足を進ませた。 

黒髪の一本一本や潤んで見える黒瞳がとても迫真的で、目の前に見える腕へと手を伸ばす。不思議と布の感触が確かなものに思え、白昼夢もここまで進化したかとディアナは感心した。幾度も会いたいと願っていた王子の姿を前に頬が緩み、そして既視感を覚える王子の顔の赤みに呟きが漏れる。 

「また、お顔が赤いです」

「だ、・・・あ・・・ディ、ディア・・・」 

口を覆う手が震えているようで、幻の王子は寒いのかと思った。今日は晴天で、春らしい温かな日和なのに、王子はどうして震えているのだろうとディアナは手を滑らせる。

王子の袖から震える手に触れる寸前、逆に手を掴まれ、その感触にディアナは目を瞠った。 

「触れて・・・いる?」 

思ったことが口から零れると、王子の手の甲がじわじわと赤く染まり出す。人の肌が、それも手の甲がこんなにも赤くなるなんてと思わず感心したディアナは、惚けながらその甲を指でなぞった。 

「温かくて、本当・・・みた、い」 

こんな幻が見れるようになったのは記憶喪失が進歩したのだろうか。

そう考える自分がおかしくて、苦笑しながら顔を上げると王子の紅顔がいっそう濃くなったような気がして眉が寄った。こんな光景を、以前見たことがあるような気が・・・する。いつ、どこでと考えていたディアナは、そこでようやく、まさかの事態に思い至った。

 

「ほん、もの・・・?」 

「お、おう。ひさ、久し振りだな、ディアナ」 

自分でもわかるほど目が大きく見開き、触れていたものを強く握る。手が反転すると同時に強く掴まれ、そこでやっと目の前の人物が現実だと、本当に理解出来た。 

「ギルバー・・・っ」 

最後まで名を紡ぐ間もなく腕を引っ張られ、硬い何かにぶつかった。身体が持ち上がる痛いほどの圧迫感を覚え、遅れて王子に抱き締められていると気付く。あまりにも驚きが過ぎるのか、ディアナはただ茫然としたまま身体を預けた。王子がぎゅうぎゅうと力を籠めるたびに頬に布地が擦れ、ディアナは鈍い痛みに襲われる。

 

「ディアナ、ああ、ディアナ! 久し振りだ。いろいろ迷惑を掛けたというのに、すぐに逢いに来られなくて、本当に申し訳ない。悪かった。すまないっ」

「・・・っ」 

かぶりを振ろうとするが、強く抱き締められているせいで少しも動けない。顔を上げようとするが、少しの隙間も許さないとばかりに引き寄せる腕の強さに息が止まりそうになる。苦しいと目を瞑ると眦が熱くなり、その熱さと共に何かが溢れ零れそうで、ディアナは唇を噛んだ。自分の頬が熱を持ち始めたのを知り、隠すように顔を俯ける。それがギルバードの胸に顔を摺り寄せているように見えるなど思いもせず、突然強まる締め付けに、これでは本当に息が止まりそうだと必死に足掻いた。 

「ああ、悪いっ! 苦しかったか? どこか痛めたか?」

「だ、大丈夫です。少しだけです、から」

拘束が少しだけ緩んだ腕の中で、ディアナは擦れた頬を押さえながら顔を上げられずに首を振った。気遣うような声が耳に心地よく感じる。先ほど目にした王子の顔より、今の自分の方がきっと赤い。それが恥ずかしいと、ディアナは隠すように王子の胸に顔を伏せた。

そのしぐさにギルバードの身体が強張り、大きく咽喉を動かしたなど知りもせずに。

 

「ごほんっ、けほんっ、んんーっ」

背後から忙しなく繰り返される咳払いが耳に届き、ディアナはどうしたのだろうと顔を上げた。双子はわざとらしい咳払いをしながらカリーナに視線を投じ、そしてウッツを見て肩を竦める。慌てて王子から離れようとすると、王子もそれに気付いたようで、ウッツの存在を目で問うた。

ウッツは王子の登場に臆することなく優雅に腰を折る。 

 

「初めまして、ギルバード殿下。私はアギナ皇国から参りました、ウッツと申します」

ウッツの端的な自己紹介に目を眇める王子の胸の中で、ディアナはハラハラしながら双子を見る。肩を竦めたオウエンが、それでは通じませんよと嘆息を零した。 

「彼はアギナ皇国から来た、王宮魔導士だそうですよ。マルガレーテ皇女の命にて噂の娘を探し、ここに来たそうです。ディアナ嬢のお気持ちを変えるつもりだそうですよ」 

「何っ!?」

「・・・っ!」 

苛立ちも露わな王子がディアナの膝裏を掬い、勢いよく抱き上げる。しかし急に抱き上げられたことに羞恥を覚えるより、間近で捉えた王子の双眸に息を飲んだ。深淵の闇の如く、全てを飲み込むような冷たい双眸に項がざわりと粟立つ。ウッツを睥睨する、その双眸に満ち始めた恐ろしいほどの怒気にディアナは急ぎ首を振った。 

「まだっ、な、何かされた訳ではありませんっ! あ・・・侍女は眠らされましたが、ですが怪我などはなく、ただ眠らせただけと・・・ですから」 

「エディ、オウエンは何をしていた!」

 

音を立てて跪いた双子騎士は硬い表情で王子を見上げた。 

「鳥伝にて、カイト様よりアラントル領地に魔法の気配がすると連絡を受け、相手の出方を探るために様子を見ておりました。アラントルの民に被害はありませんが、リグニス家の侍女に関してだけは申し訳なく思っております」 

緊迫した空気を纏う双子は、まさに王宮騎士団員らしく、しかしディアナは蒼褪めてしまう。抱き締める王子の腕に力が入り、恐ろしいことが起きるのではないかと身構えた。舌を打つ音に身を竦めると、背を支える手が宥めるように動いた。顔を上げると、王子が眇めた視線をウッツに向けている。こんな風に間近で、感情を昂らせている王子を目にしたことがあるような気がして、ディアナの唇が震えた。

 

「・・・ディアナに怪我などはないのか」 

「あ、ありません。私は・・・大丈夫です」 

それなら良かったと柔らかな笑みを注がれ、寸前、頭に浮かんだ何かは消えていった。

柔らかくなった王子の表情に詰めていた息を吐いていると、頭に何か押し付けられる感触と、ちゅっ、と覚えのある音が耳に届く。思考が停止し、ディアナは目を瞠ったまま動けなくなる。王子からの手紙を読み終えた夜が脳裏に浮かび、全身からぶわっと汗が噴き出す。 

「また・・・ディアナに迷惑を掛けてしまった。無事で・・・本当に、良かった」

「・・・ぃっ!」 

低く掠れた声が耳朶を掠め、身を竦ませる間もなくまた濡れた音が届く。間違いなくキスの音だ。王子の唇が何度も自分の頭に触れていると解かっても、王子の手が肩から背を撫で続けても、ディアナは身動き取れずに固まるしかない。上手く呼吸出来ているのかも解からない状態で、これはいつまで続くのだろうと涙目になる。

 

「・・・がっ!」 

くぐもった呻きとともに王子の身体が前のめりになり、危うく転びかけながらディアナは解放された。王子の手が離れ、傾きかけたディアナを双子が支えてくれる。一体どうしたのだろうと振り向くと、剣呑な表情をしたカリーナが王子の背後で睨み付けていた。 

 

「ひ、久し振りの、ディアナとの抱擁を邪魔するとは!」 

「なぁにが抱擁、ですか。ディアナ嬢の許可もなく、人前で淫らな行為をするなど、叩かれて当然です! エルドイドの王太子ともあろう御方が、なんと嘆かわしい」 

「淫らな・・・って、頭にキスをしただけだろうが!」

「背中も撫で回していたじゃないですか! 今のディアナ嬢に、それをなさっても良いと、ギルバード殿下は思っていらっしゃるのですか?」

「だ、・・・そうか、許可・・・」 

呟くと同時に王子が振り向き、未だ動揺治まらないディアナの手を掴み上げた。王子とカリーナの会話も理解出来ないでいるディアナの手を掴んだまま、王子は跪く。もう何度目かの息を飲んだディアナの手の甲にキスを落とした王子が、申し訳なさそうな顔で見上げてきた。

 

「すまない、ディアナ。久し振りの逢瀬に感情が昂り、そしてディアナが無事と知り、喜びを抑えることが出来なかった。もしや辱めてしまっただろうか。俺のことを嫌いになっただろうか」 

「い、いえっ! 殿下を嫌うなど、ありませんから」 

「そうか、それは良かった。安心した」 

優雅に立ち上がる王子は眩しいほどの笑みを浮かべ、握ったままの手を持ち上げて、今度は指先にキスを落とす。瞬きも忘れて見入っていたディアナは、目の前の光景を理解した途端に眩暈を覚えた。口の中がカラカラに乾いて、王子の唇が触れた指先の感覚もしない。意識が遠くへ旅立ちそうで、自分がちゃんと立てているかも覚束ない。

 

「・・・ディアナ嬢が気を失う前に、この状況をどうにかしませんか?」 

割って入ったカイトの声に、王子が「そうだな」とあっさりした口調でディアナをカリーナに預けた。離れていく手を目で追いながら、ディアナは急いで意識を取り戻す。確かにぼんやりしている場合ではないと、深呼吸する横で、カリーナが腹立ちが治まらないと言いたげに苛立った声を出した。 

「殿下、レオン様は御一緒ではないのですか?」 

「レオンも一緒だが、魔法の気配を感じた俺が先に来た」 

レオンも祭り広場には到着しているだろうが、結界を張ったこの場所は分からないだろうと王子は肩を竦める。後でうるさいから直ぐに迎えに行ってくれと王子が頭を掻くと、双子がそうでしょうねと頷いた。

 

「殿下がこの場にいることを知れば民が驚くでしょうから、結界はこのままにします。レオン様はきっとロン様の許に顔を出されるでしょうから、直ぐに見つかりますよ」

カイトはそう言うと、杖でロンがいる領主主催の露店を指した。

結界のせいなのか音は聞こえないが、祭り会場がひどく賑わっている気配がする。原因はきっと上流貴族であるレオンが現れたためだろう。城にいる者たちは多少慣れた感がするが、王子同様レオンが纏う雰囲気は双子騎士とはまた違うものだ。彼は王太子殿下付き侍従長であり、エルドイド国宰相である父を持つ公爵家の嫡男で未来の宰相だ。本来なら気さくに声など掛けられる相手ではないはずが、レオンの柔和な笑みを目にすると不思議に緊張が解けてしまう、不思議な雰囲気を持つ人物だと思う。

そんな人物と王宮でダンスを踊った自分が未だに信じられない。どんな気持ちで踊ったのだろうか。彼だけでなく国王とも踊ったと聞くが、足は竦まなかったのだろうか。そして、どうして王子とは踊らなかったのだろうか・・・・。

ディアナが想いを馳せていると、目を瞠るような大声が発せられた。  

 

「アギナ皇国王宮魔導士。貴殿はこのまま我が国の王城へ来てもらう。異存はないな」 

「・・・御座いませんが、皇女へその旨を伝えても宜しいでしょうか」 

ウッツの問いにギルバードが眉を顰めた時、カイトの先導でレオンが姿を見せた。ディアナを見るなり満面の笑みを浮かべ、優雅に近付き御辞儀する。

「お久し振りです、ディアナ嬢。お忘れになっておりませんか? あなたのレオン・フローエですよ」

「お久し振りで御座います、レオン様」

レオンはいつもの柔和な笑みを零すと王子に向き直った。大まかな状況は聞いていたのだろう。レオンは他国から来た魔導士を観察するように見つめ、笑んだまま王子に問い掛けた。 

「殿下、彼をどうなさるおつもりですか?」 

「ああ、エルドイド王城に連行する。その前に、アギナ皇国の皇女にそれを伝えたいと言われ」 

「伝えることは禁じます」 

ギルバードの台詞を切ったレオンは、ウッツを即座に移動させて欲しいとカイトに伝えた。 

「アギナ皇国の皇女が自国の魔導士を、我が国に密偵の如く忍び込ませた。その理由が、アラントル領主であるリグニス侯爵家息女を言い包めようとするためなど、そのような許しがたい事実だけでアギナ皇国とは、充分楽しい話し合いが出来ましょう。カイト殿。まずは至急、彼を魔法が使えない場所へと移動させて下さい。そしてローヴ殿と宰相へこのことを詳細に伝えて下さい。殿下、宜しいですね」 

「・・・ああ。カイト、そのように」

 

ウッツが移送されると、レオンは即座にディアナの手を持ち上げた。 

「ディアナ嬢。此度のことといい、年明け早々より舞い込んだ数々の面倒事に心痛まれたことでしょう。不用意な発言をばら撒き、迷惑を積み重ねるギルバード殿下を踏みにじっても、罵詈雑言を浴びせ掛けても構いません。こんな王子は嫌だと、御心を他に移しても宜しいですよ。どうせ、今日も久し振りだと言いながらディアナ嬢を抱き締めて匂いを嗅ぎまくっていたのでしょう? 本当に困った王子様ですねぇ」

 

畳み掛けるようなレオンの台詞に、頭が追い付かないディアナはぼうっとしたまま頷いてしまい、ギョッとした王子の表情に慌てて「いいえ」と首を振るが、遅かったようだ。双子がゲラゲラと腹を抱えて笑い出し、カリーナさえも肩を震わせて苦笑を漏らしている。

「に、匂いなど、嗅がれていません!」

「いいえ、きっと殿下は嗅いでます。間違いありません」

レオンの断定的な物言いにディアナがオロオロする横で、何故か王子の視線が地面を彷徨い始めた。 

 

 

 

 

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