紅王子と侍女姫  125

 

 

濡れたままでは部屋に戻れない。だけどこのままでいたら風邪をひく。どうしようかと暫くふたりで悩んでいたが、ディアナが身震いすると王子は慌てたように手を持ち上げた。 

「・・・いま、ローヴが来るから、もうしばらく我慢してくれ」 

指輪でローヴに現状を伝えたと話す王子は、苦渋に満ちた表情を浮かべている。

初夏とはいえ、この時刻だ。濡れた衣装が夜風に煽られて寒いのかも知れない。どうしたらいいのか、と狼狽するディアナの横で、王子は低い声で呻き出した。さらには頭を掻き毟りながら噴水周りをぐるぐると歩き回り、「絶対に来る・・・・来るに決まっている」とブツブツと呟き出す。いったい、何が来ると言うのだろう。呻きながら歩き続ける王子に問える訳もなく、ディアナは戸惑うしか出来ずにいたが、その疑問はローヴの訪れとともに氷解した。

 

「イブニングドレスをおひとりで脱ぐのは困難でしょう。侍女にどうして濡れているのか尋ねられても答えようもないと思い、ディアナ嬢のために最善の策を講じました」 

「げぇっ! ・・・・やっぱり」 

悲痛な声を上げる王子に振り向こうとした視界が、大きな布地に包まれる。

「ディアナ嬢、ああっ、こんなに濡れて! 殿下にどのような不埒なことをされたのか、後ですべてお教え下さいね。・・・・・後ほど私が殿下にきっちり、お仕置きをしますから」

頭上から聞こえてきた声に驚き、ディアナは布を掻き分けた。  

「殿下は不埒なことなど致しませんっ。そ、それよりローヴ様、カリーナさん。私、記憶が戻りました」 

「――――え?」

 

目を瞠って固まったカリーナとローヴを目にして、他にも伝えなければならない人たちの顔が浮かんだ。自分はどれだけ多くの人たちに心配を掛けただろう。アラントルの両親、姉夫婦、城に従事する人たち、国王やレオン、双子騎士や魔法導師たちの顔がつぎつぎに浮かび、温かい想いで胸がいっぱいになる。 

「ほ、本当ですか」と今にも泣きそうな顔でディアナを見つめるカリーナに微笑み頷くと、王子が大きな咳払いを落とした。 

「カリーナ、まずはディアナを急ぎ着替えさせてくれ。話はそれからにした方がいい」 

王子はディアナの頬を撫でて「寒いか?」と尋ねてくれた。大丈夫だと答える前に頬に唇が触れ、一気に全身が熱くなる。思わず俯くと「ぶほっ!」と咽込みが聞こえ、顔を上げるとローヴが杖に縋りながら咳き込んでいた。 

「・・・・ローヴ、いちいち笑うな」 

「噴水で水遊びをされる殿下を笑うなというのは無理ですわ。ディアナ嬢をこんなにも濡らして。殿下も自室に戻り、御着替えなさいませ。さあ、ディアナ嬢、急いで部屋に戻りましょうね」

 

辛辣な物言いを吐いたカリーナは、ディアナに柔らかな笑みを浮かべて肩を引き寄せる。未だ咽込み続けるローヴに声を掛けようとして振り向き、目を瞠った。夜の庭園にいたはずなのに、瞬きひとつの間に西翼宮の部屋に戻っていることに驚くしかない。 

「・・・・魔法、ですか?」 

「そうです。ところでディアナ嬢、記憶が戻ったというのは」

「あ、はい。全てではありませんが、ほとんどの記憶が戻りました」 

背中に回ったカリーナはあっという間にボタンを外し、コルセットの紐を外し始める。濡れているので多少苦労したが、それでも腕を抜いて浴室に移動した。カリーナが杖を振ると浴槽は湯に満たされ、ディアナは促されるまま足を入れる。無意識に息が漏れ、思った以上に身体が冷えていたのだと実感した。 

「カリーナさんには長い間、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。記憶が戻ったのは皆さまの御陰です。心から感謝申し上げます。本当にありがとう御座います」 

裸のまま、それも湯に浸かったまま頭を下げるのはどうかと思うが、早く伝えたかった。他にもありがとうと伝えたい人がたくさんいる。それが嬉しいと思う自分が面映ゆくなる。 

ふと顔を上げると、カリーナが唇を震わせながら「本当に・・・良かったですね」と掠れた声で微笑んでいて、ディアナは泣き笑いの表情で彼女の手を握る。 

「カリーナさん、本当に・・・・本当に、ありがとう御座います」 

カリーナの気持ちが嬉しいと、ディアナは握った手に力を入れた。多くの人たちに気遣ってもらえている現状に深く感謝し、これからも背を押してもらえるように努力し続けようと改めて心に刻む。 

「とても、喜ばしいことです。今日は体調を崩さないよう、すぐにお休みになり、明日はディアナ嬢のご両親にご報告致しましょう。きっとお喜びになりますわね」

 はい、と返事をしたディアナは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。  

 

 

翌朝、部屋を訪れた侍女はいつも以上に張り切ってディアナの衣装を揃え、髪を整え始めた。続いて現れた侍女のひとりがたくさんの花を活け、もうひとりはベルベットの布地に包まれた宝飾箱の蓋を恭しく開く。王子の姉上様から受け賜わった品ですと興奮気する侍女に目を瞬き、ディアナはそっと箱の中を覗き込んだ。窓から差し込む朝日を弾くように光り輝く黄緑色の宝石の美しさを目にして、ディアナは思わず吐息を漏らす。そっと持ち上げると銀の鎖が軽やかな音を立て、首飾りなのだとわかる。 

「まああ、イブニングエメラルドですわ」 

僅かな光量でもよく輝く、ペリドットと呼ばれる宝石ですと教えてくれた侍女は柔らかに微笑んだ。

ディアナ様の瞳の色と同じですね、と。 

王子の姉たちと会ったのは昨晩のこと。母の分もと慈しみ見守ってきた弟が選んだディアナを、姉であるふたりはどう思っただろう。

他国の姫たちを前に、おろおろと狼狽するばかりの、何ひとつまともな対応も出来ずにいた自分を。

頼りない娘・・・・。そう思われていたらどうしようと、ディアナは深い溜息を吐いた。

 

同盟国会議が終了したため、今日は夕刻まで西翼宮は大騒動になるという。

確かに扉の向こうから出立のための荷運びをしているらしい喧騒が聞こえてきた。部屋の中で大人しく過ごそうと思っていたが、昼前に現れた双子騎士に庭園側の窓から外へと連れ出される。西翼宮から離れた方がいいと言われ、用意されていた馬車に乗った途端、双子は身を乗り出して口を開いた。 

「ディアナ嬢、昨日は大丈夫だったの? 俺たちが警護に就いたら逆に目立つから外れるように言われてさ、それなのに同盟国の姫たちに囲まれてたって聞いて、びっくりして!」 

「王様の命令じゃ聞かない訳にもいかなくて・・・・。魔法導師長がそばに居るなら大丈夫って解ってはいたけど、それでも王女たちに囲まれたら怖かっただろ? 大丈夫だった?」

「前々から執拗に妃の座を狙っていた王女たちに囲まれたら、誰だって怖いよ! 上から目線でチクチクネチネチ虐められたんじゃない? ローヴ様はちゃんと守ってくれた?」

「今度こそ俺たちが守るって約束したのに・・・・。俺たちのこと、嫌いにならないでね」

「王様に言われても、そばに居るべきだった。・・・・本当にごめんなさい」

怒涛の勢いで喋っていた双子は、口惜しそうに肩を落として項垂れた。 

「いいえ、何も問題はありませんでした。エディ様オウエン様の、そのお気持ちだけで充分嬉しいです。それと、お二人にお伝えするのが遅くなりましたが、記憶が戻りました」 

「え? ええーっ! 本当!?」 

馬車の中に双子の驚愕に満ちた声が響き、ディアナは思わず耳を押さえた。

「本当に本当? いつなの? 舞踏会の後? 俺たちのことも思い出したの?」

ふたりに矢継ぎ早に問われ、ディアナは目を瞬きながらも一つ一つに頷きを返す。半開きの口を震わせ、目を潤ませた双子は小窓を開けて御者に馬車を止めるよう指示を出した。馬車が止まると同時に飛び出した双子は、「うわーっ! やったー!」と声を上げて踊りだす。芝の上で跳ね回り、逆立ちや前転まで披露した双子は、やがて息を切らしながら馬車に戻ってきた。 

「殿下も、それ、知ってるの?」 

「はい。殿下とご一緒の時に思い出すことが出来ました」 

オウエンの問い掛けに答えると、エディが「ぐわ~!」と身悶え始めた。「俺だって、思い出した瞬間に立ち会いたかったー」と頭を掻き毟るエディに、オウエンが大仰に頷き同意する。やがてエディの息が整うと、二人揃って「ディアナ嬢、おめでとう!」と盛大な笑顔で祝福してくれた。

 

馬車が止まった場所は見覚えのある庭園。高台から見える海原は陽の光りを弾き、白く輝いて見える。庭園入り口を示す緑の蔦が絡まるアーチをくぐると、懐かしい顔がディアナを出迎えてくれた。 

「やあ、お嬢さん。元気そうで何よりだ」 

「庭師様! まあ・・・皆さまもっ」 

双子に連れてこられたのは東宮庭園で、その一角に大きなテーブルが持ち込まれており、庭師仲間が久し振りだねと手を振っている。どうやら仕事の合間の休憩中のようで、菓子や紅茶のポットが並べられていた。ディアナは胸を詰まらせながら、差し出された高齢の庭師の手を握る。

「・・・・ご無沙汰をしてしまって」

そう声を詰まらせると、老庭師は目尻の皺を深めて笑ってくれた。 

ふと顔を上げたディアナは、ひとりだけ座っている人物を見て息が止まりそうになる。 

「こ、国王陛下っ!?」 

「やあ、ディアナ嬢。昨夜はゆっくり休めたかな? 無事に記憶が戻ったと報告が届いてね、どうせなら皆と一緒に祝おうと呼び出した訳だ。さあさあ、ディアナ嬢の席はこっちだよ」 

ニコニコと微笑む国王が、自分の隣りに早く座れと椅子を引く。ディアナは急ぎ駆け寄り、国王が引いた椅子の横で恭しく深く頭を下げた。 

「な、長きに亘り、多大なるご心配と深い慈悲をいただき、無事に記憶が戻りましたこと、国王陛下を始めとして皆様方の御陰と深く感謝申し上げます・・・」 

声は掠れたが気持ちを込めて伝えることが出来たとディアナは息を吐く。何もかも全て、王子のお陰だ。あの庭園に連れて行ってくれたから、変わらぬ気持ちでディアナを見守り続けてくれたから、失っていた記憶が無事に戻った。国王を含め関わってくれた人たちには、いくら感謝しても足りないくらいだ。

 

「ディアナ嬢が頭を下げることなどない。ギルバードこそが全ての元凶だからな。惚れた女ひとり守り切れず、何度も危うい目に遭わせる情けないアイツが悪い。あれの親として、私の方こそディアナ嬢に詫びなければならぬと思っていた。遅くなったが、誠に申し訳ない」 

国王からの謝罪にディアナは狼狽し、勢いよく顔を上げた。だが、「そんなことはありません」と言う前に国王の手の平に制されてしまう。 

「あれの姉たちも詫びていた。体だけでなく心にも深い傷を負わせてしまったと。それでもギルバードと添うてくれるかと懸念を抱いたが・・・・それは問題ないようだな」 

目と鼻の奥が痛いほど熱くなり、唇を強く結んだままディアナは頷く。

他国の姫たちを前にしても、王子の姉たちは毅然としていた。ふたりに認められるよう、もっともっと努力をしたい。努力することで王子のそばに居られるなら、何があっても辛いとは思わないだろう。 

「殿下のお姉さまたちが心穏やかに過ごせるよう、心より精進致します」

「精進するのはギルバードの方だ。何が自分にとって一番大事なのか、まだ心底からは理解出来ていないだろう。まあ、追々わかることだがな。・・・・ディアナ嬢、愚息だがよろしく頼む」 

「わ、私こそ、よろし・・・お願い、申し・・・・」 

ディアナの手が温かく乾いた手に包まれる。エルドイド国を守る大きな手が自分の手を包み込んでいることに感動して目の奥が熱くなった。国を大事に思うのと同じように息子の幸せを願っている、ひとりの父親。その父親に認められ、託された約束を、ディアナは一生涯掛けて守ろうと誓う。 

「あー、王様がディアナ嬢を泣かたぁ」 

「ギル殿下に怒られますよぉ」 

「ディアナ嬢は私の言葉に感極まっているだけで、こういう涙は良いのだ」 

双子の揶揄いに国王は鷹揚に笑う。庭師たちも苦笑を漏らし、ディアナは顔を覆って唇を噛んだ。

喜びが胸いっぱいに広がり、声を出して泣きたくなる。感情が溢れそうになるのは、いつ振りだろう。周囲から温かいものが集まり自分を包み込む。変わっていく自分が誇らしいと、心から思えた。 

  

午後になり国王が執務に戻ると、ディアナたちは瑠璃宮の魔法導師に挨拶に向かう。カリーナから話を聞いていたのだろう、出迎えてくれた魔法導師はみんな笑顔で記憶が戻ったことを喜んでくれた。夕刻になり部屋に戻ったディアナは、双子から明日の予定を聞かされる。 

「王宮教育はしばらくの間お休み。明日は俺たちと一緒に向かうところがあるから」 

「今日はたくさんの人に会って疲れただろう? 明日のために早く寝てね」 

部屋に戻った途端に部屋付き侍女らに囲まれ、「じゃあね」と双子騎士が帰っていく。

何を言われたのか反芻する間もなくドレスを脱がされ「夕餉は入浴後です」と浴室に連れていかれた。ひとりで洗えると首を横に振るが、これが仕事ですと張り切る侍女に押し切られて全身を洗われて、少し泣きそうになる。

思っていた以上に疲れていたようで、夕餉が終わるとすぐに眠くなり、明日はどこに行く予定なのかを聞き忘れていることさえ気付かずに眠りに就いた。 

 

翌朝、朝食を終えて間もなく、双子騎士が部屋を訪れる。 

「おはよう、ディアナ嬢。用意が出来たら出発だよ」 

「途中で寄るところもあるから、大きな馬車を用意したよ」 

そこでディアナは今日の予定を聞き忘れていたことを思い出して尋ねるが、双子は目を細めるだけで「着いてからのお楽しみ」と楽しそうに笑う。

記憶が戻ったことをアラントル領の両親に知らせようにも時間がなく、ギルバード王子にも会えていない。それでも双子騎士に促されるまま馬車に乗り、王城を離れることになった。覚えのある城下町の一角に馬車が止まると、双子はワインと様々な菓子を大量に買い求める。着いた先で食べるのかしらと首を傾げて尋ねても双子からの答えは同じだった。王都から離れ昼を過ぎ、馬車がどこへ向かうのかと過ぎゆく風景を見つめるが全く分からない。 

青々とした畑や遠くに連なる山に見覚えもなく、やがて到着した場所は大きな城だった。

 

「エディ様、ここは・・・・」 

「王都の隣にある領地でね、ここの大公にディアナ嬢を連れて来てって頼まれたんだ」 

「オウエン様、それは・・・・」 

「大公っていうより、その奥方様たち? あ、心配しなくて大丈夫だよ」 

双子の笑みとは対照的に、ディアナは一気に蒼褪める。王都の隣にある領地。そこに住まう大公の名は、エルドイド国の端であるアラントル領地にも知れ渡っている。国王とともに国の大事を左右する大臣であり、ギルバード王子の長姉が嫁いだ相手、つまり王族でもある公爵だ。 

「ど、どう、どうして・・・・・」 

目の前が暗くなり、緊張のあまり胸が苦しくて息が止まりそうになる。 

緊張で強張る足を動かし進んだ先のホールは見上げるほど大きく、通された応接室らしき部屋は驚くほど広い。大きな窓の向こうには湖が初夏の陽光を弾き、意識が遠くなる一方だ。落ち着こうとディアナが大きく息を吸い込んだ時、「あ、いらしたよ」とエディが立ち上がった。 

「まああ、ディアナ嬢。ご機嫌はいかが?」 

「急に呼び出して、ごめんなさいねぇ」 

扉から現れたのは庭園で出会った王子の姉ふたり。確か名前は・・・・・。 

「ほ、本日はお招きいただき、ありがとう御座います。アンネマリー様、ユリアーナ様」 

深く深く腰を落として低頭する。出来ることならこのまま逃げ出したいと思いながら頭を上げると、満面の笑みを浮かべた女性が駆け寄るように近付き、ディアナの前で両手を広げた。何と思う間もなく抱き締められ、右に左に揺さぶられながら髪や頬を撫でられる。

 

「ああ! こんなに可愛い妹が出来るなんて、嬉しくてどうにかなりそうよ」 

「ギルバードの好みって、素敵ねぇ。わたし、あの子を見直したわ!」 

「出会ってから結構経つのに、まだ正式な婚約も交わしていないのでしょう?」 

「お父様の子なのに、ギルバードは口説くのが下手ねぇ。本当に情けないわぁ」 

ふたりが話す内容に赤くなっていいのか、蒼褪めていいのか、そもそもどんな表情が正解なのか分からない。縋るように双子に視線を向けるが、ふたりは街で買ってきた菓子をテーブルに並べて、侍女とともにお茶の用意を始めていた。身動きも取れずに固まっていると、エディがようやく助け舟を出してくれた。 

「お茶の用意が整いました」 

テーブルを挟んだソファに双子が腰掛けるのを目にして、ディアナは心から安堵した。 

「エディ、オウエン。頼んでいたタルトは忘れなかった?」 

「もちろんです。ワインは先ほど侍女に渡しました。あと新商品の菓子を数点と、お勧めのパンも買ってきましたよ。・・・もう、食べてもいいですか?」 

王子の姉たちが「もちろん、いいわよ」と笑うと、双子が嬉しそうに食べ始める。 

王子とレオン、双子騎士が気さくに語り合うのを何度も目にしていた。それは二年に亘る領地視察で培った友情のようなものだろうと考えていた。過去に読んだ物語にも、主従の垣根を越えて友情を育み、語り合う話があったからだ。

だけど、いま目の前にいるのは王太子殿下の姉たち。

王族であり、大公の妻でもある。自分も含め、一緒のテーブルで軽食を楽しんでもいいのだろうかとディアナが首を傾げると、顔を上げたオウエンが目敏く「ああ、そうか」と呟く。 

「あのね、ディアナ嬢。王様や殿下を見ていたら解かるだろうけど、王族だからって偉そうに威張っている人は少ないよ。王族も、同じ国に住まう同じ民だって考えが基本だから」 

「そうそう。まあ、王弟とか、その娘とか、他国の姫様たちを見てきただけに驚くだろうけど、王様に近しい人は身分差なんて考えてないから。もちろん、自国の王族として心から尊敬しているけどね」

そのために日々鍛錬を欠かさずに頑張っているから腹が減る。菓子を頬張りながら笑うエディに、王子の姉たちが驚いた顔でディアナに振り返る。 

「ああら、もしかしてギルバードの求婚を受け入れないのは、そんなつまらないことを気にしていたからなの? ギルバードを焦らしているだけなのかと思っていたのに」 

その台詞にディアナは慌てて首を振った。 

「そ、そうではありません。いろいろ諸事情があり・・・・。でも、求婚の返答は済ませています」

 

今はそのための心構えと勉強に専念しており、今後のことは王子と話し合う予定だと伝えると、王子の姉ふたりは、それでは駄目だと呆れたように肩を竦める。曰く――――― 

勉強はいつでも、どこでも出来る。それこそ子育てをしながらでも出来る。 

だけど時間は経過する。互いに好きで結婚することに異議がないなら、すぐにでも式を挙げるべきだ。

どうしてか? それは親のためであり、周囲の人たちのためであり、未来を繋ぐためだという。 

「結婚式ってね、これから幸せになりますって、育ててくれた人たちに報告と感謝を伝えるためにあると私は思うのよ。親だっていつまでも元気じゃないでしょう? まあ国王は長生きしそうだけど、子供の幸せは早く見たいはず」 

「それにね、さあ式を挙げますと言っても、一国の王子の結婚式となると、その準備には驚くほど時間がかかるし、そのために動く人もいるのよ。答えが出ているなら早めに報告して準備を始めなきゃ」 

 

ふたりの言うとおり、結婚は自分だけの問題ではない。王子とふたりだけの問題でもない。 

王子とともに過ごしたい、一生を添いたいと心から思った。だからこそ、そのために多くを学びたい、努力させて欲しいと王子に願った。だけど、それでは駄目だと理解した。

「わ、たし・・・・すぐにでも王子に」 

このままではいけない。急ぎ王城に戻り、王子に会って話がしたい。いや、しなくてはならない。 

そう思い立ち上がるが、左右の腕を掴まれ座らされる。 

「ギルバードは政務で忙しいから、いま戻っても会えないわよ」

「そうよ。今は私たちと親交を深めましょう? さあ、お茶が冷めるわよ」

柔らかな、それでいて決定事項だと微笑む二人に挟まれ、ディアナは差し出されたカップを受け取った。 

 

 

 

 

 

 

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