紅王子と侍女姫  29

 

 

部屋に戻ったディアナはローヴが調合した薬湯を飲み、深く息を吐いた。まだ実感が湧かないが、魔法が解けたというなら嬉しいことだ。

 

「ローヴ様、はっきり魔法が解かれていると確定されるのは、どの位してからでしょうか」

「う~ん、最低でも一週間くらいは様子を見たいですね。王城から離れて直ぐに痣が浮かんでは困りましょう。あのように顕著に繋がりが目に見えるとは私も想定外でした」

「そんなに長く、ですか」

 

ローヴの言葉にディアナは愕然とした。しかし一週間の間に痣が浮かばなければ、魔法は完全に解けたと証明される。そうなれば今度こそ王子が田舎領主の娘を気にされることもなくなり、婚約者のエレノア様も心穏やかに過ごせるだろう。

そう考えた時、ディアナの胸がちりっと痛み、思わず胸に手を宛がった。

 

「痣のあった場所が痛みますか?」

「あ、いえ・・・。大丈夫です」

 

熱いのとは違う、でも肌表面が痛いのとも違う。なんだろうと胸を見下ろすと、この胸の谷間に王子が唇を寄せたのだと思い出し、ディアナは途端に真っ赤になった。

 

「お尋ねしても宜しいですか? 魔法はどのように解いたのでしょうか」

「えっ? あ、あの、それは・・・・・!」

 

真っ赤になった顔を伏せてディアナはどこまで話せばいいのかと目を泳がせた。

最初は手を翳して魔法を解こうとされたが王子の手の痣は消えず、試しにと手の甲や額に口付けされ、そして唇に・・・・。

 

「ま、魔法はいろいろ殿下が試されたのですが、難しく・・・・」

 

思わず唇の感触まで思い出しそうになり、ディアナは羞恥に肩を竦めて小さくなる。

口付けても痣は消えずにいたので、痣同士を重ねることを提案させて頂いたのだ。痣を重ね合わせた後、音のない風が巻き起こり何かを唱えていた自分を思い出すが、何を言っていたのか判らないまま。不思議な感覚が身を包む中、自分はずっと王子の瞳を見つめていた。見ていて欲しいと望まれ、じっと見つめていたと思い出す。

ディアナはあの時の王子の瞳を思い出し、あのルビーのような瞳をもう一度見たいと吐息を零す。顔を上げてローヴの視線と合い、慌てて自分は何を考えていたのだと頭を振った。

 

「あのっ、痣同士を重ねて、殿下に魔法を解いて頂きました!」

「そうですか。・・・詳細は殿下から伺った方が宜しいでしょうかねぇ」

 

ローヴののんびりした声色に、ディアナが真っ赤な顔を俯けていると、扉を叩く音が聞こえて来た。扉の向こうに立つ衛兵に国王陛下がお越しになりましたと告げられ、ディアナは頭の中を真っ白にして固まってしまう。無意識に立ち上がろうとしてテーブルに足をぶつけポットやカップの倒れる音に我に返るが、なんと言っていいのか判らない。ローヴが笑いながら落ち着くように言うが、それさえもどういう意味か頭に入らないくらいだ。

呆然と立ち尽くすディアナをそのままに、ローヴが扉を開き国王を部屋に招き入れる。

瑠璃宮に向かう途中で会った時と同じ服装の王が柔和な笑みを浮かべて近付いて来るのを、ディアナは呆けたまま見つめていた。

 

「ディアナ嬢。魔法が解けたと聞き、長い間不肖の息子の仕出かした迷惑の詫びに来た。本当に長い間、申し訳なかった。謝罪させて貰おう」

 

国王が胸に拳を宛がい頭を下げるのを目に、ようやく意識が戻ったディアナは悲鳴を上げながら王の前に走り床に両膝を着き、頭を下げた。

 

「そのようなことは、お止め下さいませ! 元は私の発した不用意な言葉が原因だと思い出しました。殿下には何の咎も御座いません! ですから国王様が謝罪など必要ないので御座います。わ、私こそお詫び申し上げねばならぬ立場で、それなのにこのような過分な待遇で過ごさせて頂き、礼も謝罪も私こそが致すべきなので御座います!」

 

蒼白になったディアナが一気に喋ると、王が「まずは立ってくれないか」と鷹揚に笑う。畏れ多いことだと首を振ると、王がしゃがみ込み「実は話がある」と密やかに囁いて来た。

 

「・・・ど、どのようなお話で御座いましょうか」

 

もう顔を上げることも息をすることすら苦しいと喘ぐように声を出すディアナに、頭上から掛けられた国王の声は殊更に明るかった。

 

「魔法が無事に解けた祝いをしたいと思ってな。ちょうど他国から使節団が来る予定があり、晩餐会を兼ねて舞踏会を開く予定がある。そこにディアナ嬢を招待したいと思う」

「た、他国から参られる使節団のための舞踏会に参加するなど、私には畏れ多い話で御座いますゆえ、国王様からの御言葉はありがたいのですが御断りをさせて・・・」

「祝いを兼ねている。それに王主催の舞踏会だ。否はない」

「・・・・そ、それでしたら・・・謹んで参加させて頂きたく思います」

 

蒼白の面持ちとなったディアナは眩暈に襲われ、傾いた身体を支えるため床に手を着いた。その手を持ち上げたのはローヴで、眉を顰めて王を諌める。

 

「まだ魔法が完全に解けたかの詮議が済んでおりません。ディアナ嬢の心身が落ち着かれるまで、もうしばらく御待ち頂きたい」

「舞踏会は直ぐではない。五日も経てば魔法が解けたかどうか、はっきりするだろう。それまでにしなくてはならないこともあるだろうし、ディアナ嬢のドレスの用意もある。あとはギルバード次第だが、それがちと心許ないな。間違いなく私の子なのだが、全く・・・」

 

立ち上がり腰に手を宛がう王が言葉を濁すのを見上げ、ローヴは彼の言いたいことを理解した。しかし親心とはいえ、ディアナの精神的負担を鑑みて欲しいと嘆息を零す。

ローヴはディアナをソファに座らせ、袖から丸い輝石を取り出して握らせた。

王からの言葉を受け、動揺激しい彼女を少しでも落ち着かせるための魔道具だ。握り締めるディアナから震えが少しずつ治まるのを見つめながらローヴはポットを撫で、カップにハーブティーを注ぐ。リンデンフラワーの香りにディアナがゆっくりと息を吐き、差し出されたカップに口を付けた。少しだけ落ち着いたのだろう、彼女はお茶を飲むと立ち上がり、ドレスの裾を掴むと目の前の椅子に座る王に恭しく頭を下げて礼を口にする。

 

「・・・国王様直々の舞踏会へのお誘い、ありがたくお受けさせて頂きます。それと魔法を解くための御尽力、誠にありがとう御座いました」

「解けていると私も信じているよ。・・・ああ、舞踏会は五日後に催す予定だ。明日の午後にディアナ嬢のドレス採寸をさせて貰うから、出掛けずに部屋にいてくれ」

「い、いえ! 荷物の中に姉が用意したイブニングドレスがありますので、御心遣いだけ嬉しく受け取らせて頂きます。これ以上国王様に御手を煩わせる訳には参りません」

 

頭を下げたままのディアナを気遣うようにローヴが王へ頷くと、嘆息を漏らして口を尖らせる。王は気遣っているのではなく、ギルバードと揃いのドレスを作ろうと画策していたのだろうとローヴは想像し、だがディアナが王を前に魔道具も効かぬほど緊張しているのも判り苦笑を向けた。その苦笑に、王は目元を和らげて笑みを見せる。

 

「ディアナ嬢、招待状は後ほど届ける。ではゆっくり休んでくれ」

「わざわざ足を御運び頂き、恐縮で御座います。・・・・お休みなさいませ」

 

低頭したままのディアナの頭を撫でた後、王は退室した。

ローヴが硬直したままのディアナを椅子に座らせると、持たせた輝石が膝上に転がる。慌てて手に取ろうとすると輝石は消え、ディアナは息を飲み床を見回した。その様子にローヴは軽い笑い声を上げる。

 

「魔道具ですから用が済み、消えただけです。落ち着いて王に礼が言えましたでしょう? 充分に貴族息女らしい対応でしたよ」

「・・・・そうでしょうか。緊張が過ぎて少し頭痛が致します」

 

目を閉じて額を覆う手が震えているのを見て、ローヴはポットを撫でる。今度は甘い香りがして、注がれるお茶がフルーツティーだと判った。袖からカスタードたっぷりのタルトやヌガーが出て来る様に、ディアナは眉を下げて笑みを零した。

 

「甘いものを食べて、たっぷりの湯に浸かり、今日はお休み下さい」

 

ローヴからの言葉や態度にいつも癒されているような気がする。そして甘い菓子を前に、王子に王城に来たら作って欲しいと言われたことを思い出すが、厨房に足を向けることは出来ないだろうと思った。王位を継ぐ者の口に入る品だ。厳選された品々を使い、毒見も必要となる。魔法が解けた礼は口で伝えるしか出来ないだろう。

 

ローヴが退室したあと、ディアナはゆっくり湯に入り、荷物の中から裁縫道具を取り出した。ハンカチに切り込みを入れ、王子が長年持っていてくれたリボンを通して小さな袋を作る。明日にでも庭園に咲く花を少し貰い、記念に持って帰らせて貰おうと考えた。出来ることなら王子と一緒に見た東宮庭園にまで香って来た薔薇がいいなと笑みを浮かべた時、扉を控えめに叩く音に気付く。

 ディアナは急ぎ夜着の上にガウンを羽織り、叩かれた扉の前で誰何すると直接王子の声が聞こえ、慌ててしまう。後で部屋に寄るとは言っていたが、こんな遅くに訪れたことに驚き、そして今まで政務をされていた王子が足を運んでくれたことに申し訳ないと戸惑いながら扉を開いた。

 

「・・・っ! お、遅い時間に訪室し申し訳ない。気分はどうだ?」

「ご心配頂きありがとう御座います。体調はローヴ様が調合して下さった薬湯にて改善致しました。あの、殿下は大丈夫ですか? 何か不調は御座いませんか」

 

部屋まで来て下さった王子を中へ迎え入れようとするが、扉を抑え込んだまま顔を背けられ、ディアナはどうしていいのか判らない。扉の向こうに王子を立たせたままで話し続けるのは申し訳ないと思うのだが、顔を背けられると胸が切なくなった。わざわざ様子を見に来て下さった王子に顔を背けられると言葉が出ない。

 

「俺は問題がない。そうか、ローヴの薬湯が効いたか」

「・・・御心配頂き、ありがとう御座います。あの、ローヴ様から菓子を頂いたのですが、よろしければ召し上がりませんか? 殿下が好まれる甘さだと思いますが」

「い、いや、結構だ」

 

御菓子作りは出来ないが、もてなすことなら出来るとディアナは声を掛けたが、やはり扉の向こうを向いたままで顔を見せてはくれない。魔法を解いた後、問題がないかの確認に来ただけであって、本当なら会いたくもない相手だろう。あの時、あの場所で私に会わなければ政務の合間に足を運ぶこともなく、各領地視察も必要なかった。国境近くの田舎領主の娘を王主催の舞踏会に招待することもなかったはずだ。

 

「あー・・・、明日にでも改めて話がしたいと思っている・・・・ので、天気が良ければ庭園で一緒に昼食をと思っているのだが、どうだろうか」

「ありがとう御座います。宜しければ薔薇園も拝見させて頂けますか?」

「もちろん、案内する」

 

王子からの返答にディアナは深く安堵して心から微笑んだ。その際に少しでいいから薔薇の花びらを頂き、記念に持ち帰りたいとお願いしてみようと顔を上げると、扉を掴んだまま真っ赤な顔で立ち竦む王子に驚いてしまう。

 

「殿下! お熱でもあるのですか! お顔が真っ赤です! あ、だ、誰に言ったらいいのでしょうか。直ぐに近衛兵の方に侍医をお呼びして貰って」

「ち、違っ! 熱はあるかも知れないが、俺は具合が悪い訳じゃない。大きな声は出さなくていいから。だ、大丈夫だから・・・・」

「でも、殿下。殿下に何かあったら私・・・っ!」

 

魔法を解くことで不都合が出る場合があると言われていた。

解いた後に自分が感じた虚無感を思い出し、ディアナは狼狽してしまう。

目の前で次々に燃えて消えて行く紙片に手を伸ばすも届かず、消えて欲しくないと嘆いた。哀しいと、寂しいと涙が零れ、胸に空いた空洞を持て余す。あの虚無感を王子も感じているのだろうか。それとも王子は自分とは違う感覚に襲われているのだろうか。貴族息女として王子の顔を直視するなど以ての外だと判っているが、真っ赤な顔のまま強く扉を掴んでいる彼の顔を見上げると、黒い瞳が潤んでいるように見えて熱があると言った王子の言葉を思い出し、やはり侍医を呼んだ方がいいと廊下にいるはずの近衛兵に声を掛けようとした。

しかし王子が押さえ込む扉の反対側を開こうとして、伸びて来た腕に絡め取られる。強く抱き締めているのは王子だと判り鼓動が跳ね上がり、静かに閉じられる扉の音を耳にした。

 

「ディアナ、落ち着いてくれ。俺は・・・大丈夫だ」

 

 

ディアナの部屋の扉を叩く頃にはすっかり遅い時刻となり、ギルバードは躊躇した。

こんな時刻に淑女の部屋を訪れるのは失礼だろうと、きっと疲れて休んでいるだろうと考え、扉を叩こうか悩んだ。

しかし自分には軽い倦怠感しかないが、魔法が解かれた後にひどく震えながら涙を零して力尽きたように眠りに就いた彼女を思い出すと、気になって仕方がない。

意を決して扉を叩くが弱々しいものになった。しかし中から彼女の声が聞こえた瞬間、ディナアの顔が見たいと開いた扉を掴み足を踏み入れようとして、彼女の姿を前に息を飲んだ。何故、こんな遅い時刻に先触れも出さずに淑女の部屋を訪れたのかと、夜着の上にガウンを羽織ったディアナを見て慌てて顔を逸らす。

だが彼女は自分の狼狽など気付きもせずに、扉を更に開こうとするから慌てて押し留めた。

自分の気持ちをはっきりと自覚した今、まともにディアナの顔を見ることが出来ない。稚い姿の彼女を前に急ぎ離れようと思うのに、扉を掴んだままの手が動かない。彼女からの問いに答えながら、これ以上話をしている余裕などないと取り敢えず明日の約束を取り付けると、彼女の柔らかな吐息を耳にして顔を向けた。そして目にした微笑みを前に、自覚するほど顔が熱くなり手に汗が噴き出すのを感じる。

 

途端、蒼褪めた顔でディアナが扉を掴んだままの俺に近付いて来て、そこで何かが切れたような音を聞いたと同時に手を伸ばし彼女を抱き締めていた。

彼女は俺の顔色を心配していただけだと、抱き締める意味は何処にあるのかと、頭の片隅で警鐘が鳴り響くが、だけど彼女を抱き締める腕と鼓動は触れた熱と香りに酩酊し、ただ貪るように力を込める。こんなことをしてはいけない。許可もなく、ただ俺の心配をしてくれている彼女に不埒な真似などしてはいけない。

そう思いながら腕は柔らかな感触を離そうとせず、小さな抗いを感じて更に力を入れる。次第に抜けて行く彼女の強張りを感じ、ようやく腕から力が抜ける頃には頭の中も少し冷静になったようだ。軽く咳払いをして動揺を隠す。

 

「ディアナ・・・・俺は大丈夫だ」

 

ちっとも大丈夫じゃないが、彼女の顔を見ると未だ俺を心配している様子が伝わり、申し訳なく感じた。ドレスを着ていない彼女を抱き締めたと気付き、また汗が噴き出すほど紅潮する顔を隠すとディアナも慌てたように顔を伏せ、二人きりの部屋に沈黙が落ちる。

 

「こっ、こんな時刻に女性の部屋に入るつもりなどなかったのだ。許せ」

「は、はい! 殿下が私を心配して足を御運び頂いたのは承知で御座います!」

 

王子に顔を背かれ、また自分が直視していたと気付いたディアナは慌てて顔を伏せた。王子の腕が解かれ、離れて行く熱に思わず顔を上げそうになり強く目を瞑る。抱き締められることに慣れるというのもおかしいが、王子に会うといつの間にか腕の中にいたり、抱き上げられていたりする。

それだけ心配させているのかと申し訳ない気持ちなるが、心配されている自分が温かいものに包まれているような不思議な気持ちになり、胸の空洞が満たされる感じがした。

魔法が解かれた時に感じた寂寥感が消え、何故か自分の頬も熱く感じる。そろりと顔を上げると王子が自分を見つめていると判り、ディアナは急いで顔を伏せた。

 

「で、殿下が大丈夫と仰るのでしたら良かったです。・・・・あ、あの、先ほどローヴ様に一週間ほど様子を見たいと言われましたので、もうしばらく御世話になります」

「・・・一週間? いや、十年間もかけられ続けた魔法だ。ひと月、いや半年くらい様子を見たらどうだ? な、何か用事があるという訳でもないだろう?」

「いえ、殿下も御政務が御座いますし、一週間で充分と存じます。もし、万が一問題がありましたらお呼び出し下さいませ。急ぎ登城させて頂きます」

 

ガウンを持ち上げて腰を折るディアナを前に、ギルバードは目を瞠った。一週間という、その短い間に彼女に告白し、将来の確約を取り付けるなど自分に出来るだろうか。

動揺した俺を気遣うような視線を感じるが、頭の回転は鈍り口を覆いながら何から考えていいのか、ただ茫然としてしまう。そんな俺の横でディアナは思い出したとばかりに目を瞬かせ、再び腰を折り低頭した。

 

「先ほどは国王陛下様にも御来室頂き、魔法が解けた御祝いの御言葉を賜りました」

 

低頭して告げると肩を掴まれ、驚いて目を開けると怒ったような王子の顔が近くにあり、ディアナは目を瞠ったまま固まってしまう。

 

「王が・・・王が来たって?」

「は・・・はいっ」

 

どうしたというのだろうか。言ってはいけないことだったのだろうかとディアナが戸惑っていると肩から王子の手が離れ、難しい顔をされて俯いてしまった。王主催の舞踏会というからには、王子も御出席されるだろう。そうなると婚約者であるエレノア様も御出席されるのかと気付き、ディアナは真っ蒼になった。

魔法を解いた祝いを兼ねていると言っていたが、否は聞かないと言われたが、自分なんかが参加することをエレノア様がどう思うかなど想像に易い。心臓が締め付けられるように痛み、どうしたらいいのかと浅い呼吸を繰り返した。

 

「王は何と?」

「は、はい。・・・・他国からいらっしゃる使節団のために盛大な舞踏会を催されるそうで、その際に魔法が解けた祝いを兼ねるから・・・・必ず参加するようにと」

 

盛大な舞踏会と口にして、頭から血の気が引いて行く。王主催と聞けば、長姉の結婚式で見た祝いの舞踏会とは比べ物にならない盛大なものとなるだろう。あの広い王宮庭園で行われるパーティすら想像出来ないディアナは、王主催の舞踏会に自分がいる姿を思い浮かべ、目の前が真っ暗になった。

 

「・・・・・王主催の舞踏会に直々に招待されたなら断ることは出来ない。俺も参加するが使節団の接待がありディアナの近くにいることが難しい・・・。エディとオウエンを側に置くから、もしも気分が悪くなったら遠慮なく下がっていいからな」

「あの、途中で下がっても宜しいのですか?」

 

一縷の望みが聞こえたとディアナは目を開けた。何時の間にか腰を支えるように引き寄せる王子が近くにいて、深く安心している自分に驚く。

 

「晩餐後に舞踏会になる流れだろう。使節団をもてなす目的が主だから、舞踏会で踊っていると王が一度目にしたら、あとは部屋に戻っても大丈夫なはずだ。祝いの席にディアナが間違いなく参加したと判ればいい」

「・・・・一曲踊れば、下がっても不敬にならないと」

「踊るのはそうだな。・・・レオンがいいだろう。あれでもセント・フォート公爵の嫡男だ。リグニス侯爵家息女と踊るに遜色はないだろう。ダンスも上手いし、手が早いのが難点だが、ディアナは今まで何度も上手く避けていたからな。・・・・安心出来る」

 

王子の言葉に大きく息を吸い込むが、胸は苦しくなるばかりだ。確かに厩舎でレオンが自分は公爵だと恭しく挨拶していたのを思い出す。その彼と王主催の舞踏会でダンスを踊ることになるとは。

だけど一度だけだ。一度王の前で貴族息女らしく踊れば全てが終わる。

そしてアラントル領に戻り、今まで通りの生活をして過ごすことが出来るのだ。

 

「では、宜しくお願い致します。社交界デビューもしておりませんので、作法など知らぬことが多い自分で御座います。いろいろ御教授願えましたら幸いで御座います」

「大丈夫だ。何も気に病むことなどない。食事をして一曲踊ったら部屋に戻っていいから。そう言えばディアナの父上もそのように言っていた。娘は年頃になったのにいつまでも侍女仕事をして、社交界デビューもせずに深層の姫と言われていると・・・・って、それは俺が魔法をかけたせいか。悪い、ディアナ!」

「いいえ! もう、魔法は解けましたので・・・・」

 

最後に貴族息女らしく舞踏会に参加しているところを目にしたら、王子も王も安堵して下さるだろう。それが長く王子の心を傷付けていた自分に出来る謝罪だと、ディアナは笑みを向けた。

 

「楽しみにさせて頂きます」

考えるだけで心臓が止まりそうですなど口に出せず、嬉しそうに目を細めた王子に御辞儀をして蒼褪めそうな顔を隠す。

 

 

 

 

 

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