紅王子と侍女姫  44

  

 

東宮庭園でディアナと別れてから、ギルバードは黙々と執務室で書類の最終確認をしていた。確認が済んだ書類を侍従に指示して会議室に運ばせ、ふと窓から見える王宮庭園を眺める。

この王宮庭園でディアナを追い駆けたのは昨夜のこと。

抱き締めるのもキスをするのも側にいて欲しいと思うのも、全てディアナが好きだからだと告げ、そして彼女もようやく理解してくれた。自分自身一喜一憂した慌ただしい昨夜を乗り越えた今朝、どんな表情を見せてくれるだろうかと心配していたが、ディアナは柔らかな笑みで嬉しそうに花を抱き締めていたのを思い出し、ギルバードの口元が緩む。

 

「殿下。昼食後、すぐダルドード国使節団との会議が始まります。その緩み切ったデレデレ顔を、そろそろ会議用に切り替えて下さいませんか」

「・・・・緩んでいるか?」

「ええ、気持ちが悪いほどに。その緩んだ顔を見て、万が一にもダルドード国王女が勘違いされては困りますでしょう。これ以上、ディアナ嬢が面倒事に巻き込まれぬよう、上手く妃推挙の話を退ける策を考え、面倒事を一掃されて下さい」

 

それもあったかと思い出し、確かに面倒事だと頭を掻く。

面倒なことだが王女はそのつもりで来ていることは承知している。他国からも縁談の話が来ており、だからこそ今回の話し合いに王女が乗り込んで来たのだろう。しかし視察団と共に王女自らが乗り込んで来たのは初めてのことだ。舞踏会でもいつもは遠巻きに視線を投じるだけの貴族息女が詰め掛けていたし、ここ二年の間に積極的になる風潮でも流行っているのだろうかと首を傾げる。

兎に角、自分に王女との結婚の意思はないと、はっきり使節団長に伝えておくべきか。

協議に集中して話し合いを済ませ、さっさと会議室から姿を消すのが一番だろうか。

 

「他国からの申し出を断るつもりでしたら、そのための草案を御考え下さい。それと大臣らにもそのように伝えて置かねば、新たな見合いを持ち運ばれますよ。ディアナ嬢から正式な返答を頂き、公表出来るまでは彼女の警護も行うべきでしょう。まずは妃推挙は必要ないと、殿下自ら周囲に知らせなければなりません」

「ぐぅ・・・・。まあ、面倒だが、やるしかないか」

 

国内の各領地視察をしている間に膨れ上がった妃推挙の申し込みを放置したことが、今更ながら悔やまれる。申し込みが来ていたことは知っているし、王城に戻るたび参列させられる催しで、それとなく紹介を受けたこともあった。はっきりした態度を取らなかったのは、自身の結婚など未だ先のことだと思っていたからで現実味が無かったからだ。

まさか魔法をかけてしまったディアナに罪悪感以外の感情を持つとは思いも寄らぬことで、愛しいという感情に自分が振り回されるとは想像もしなかった。いや、振り回しているのは自分の方か。彼女の側に居たいと願い、側に居て欲しいと乞い、柔らかな笑みを前にすると手が彼女を抱き締めている。抱き締めたいとか、キスをしたいと思うのはディアナだからで、彼女以外欲しいとは思わない。

そのために努力が必要だというなら、面倒な草案だろうが何だろうが、やるしかない。

 

「そういえば、エディとオウエンが午後からディアナを街に連れ出すと言っていたな」

「はい。・・・・どうやら国王自ら街を案内するつもりでいたようですが、警備上の問題やディアナ嬢の精神的負担を考察し遠慮して頂きました。しかし国王のことですから、その内お忍びでディアナ嬢を連れ出すかも知れないと宰相が愚痴を零していましたよ」

 

確かにあの国王なら遣りそうだと眉を顰めると、レオンが「昼食を食べて、外交用の顔に変えて下さい」とサラリと話を変える。食べながら妃推挙の断りを考えるかと、食欲の無くなりそうな案件に溜め息を零す俺の前で、レオンが楽しそうに口端を持ち上げる。

俺を優しく労わってくれるのはディアナだけだ。早く彼女の顔が見たい。 

 

しかし国交及び来季貿易に関して、関税の見直しや他国で問題となっている疫病に対しての策を話し合う内、思った以上に話し合いが長くなりディアナの部屋に向かうことが出来なくなった。詰めておきたい話が残っていることと、調印が済んでいないために明日は午前中から会議を再開することにして今日は解散となり、使節団長に持ち込まれた見合いは遠慮したいと伝える暇が無かった。会議に列席した王女が話に参加せず、じっとりと見つめて来る視線を感じながらギルバードは儀礼的な笑みを返す。レオンに肘で突かれるが、無視する訳にもいかないだろう。

 

更に執務室に戻ると外相大臣が尋ねて来て、他国から舞踏会の招待状が届けられているという。エルドイド国に王子が戻ったと知った他国が、早速自国の王女や貴族息女を勧めようとしているのだろう。丁寧に断りを入れるよう大臣に伝え、夕食を済ませて明日の用意をしていると、今度は王宮侍従が書簡を持ち部屋にやって来た。

王弟である叔父より、エレノアを正式な婚約者として認めるようにとの内容が書かれており、ギルバードは目が点になる。今まで王太子である俺の母親の立場を揶揄、嘲弄してきた張本人が自分の娘を正式な婚約者にしろと厚顔無恥にも言って来たのだ。書簡をレオンに渡して、肩を竦めた。

 

「殿下が二年ほど領地巡りをしている間、王弟が何をされたか御存じで?」

「いや、耳にしてないが、何かあったのか」

 

レオンが薄く口角を上げて書簡をデスクに置く。レオンは、王太子殿下侍従長として王城を把握すべきと大義名分を掲げて常日頃から配下の者にいろいろなことを探らせている。時に侍女の恋愛事情や大臣の愛人の数、王宮に出入りする貴族の弱みまで把握しており、流石としか言いようがない。そのレオンが薄く笑みを浮かべながら口を開く。

 

「政務に置いては驚くほど実直な王が嫌う問題を起こしたそうですよ。小麦の価格に関して農工商会との会議で言った言わないで大きく揉めた挙句、最初に作成した書類を隠蔽して大臣のせいにしたとか。宰相が書類を探し出して謝罪させたそうで、王弟しての権威は失墜していると聞きます」

「ああー・・・、それでエレノアを早く婚約者にしろと言うのか」

「商工会の皆様は殿下がお好きですからね。殿下が身分を偽り働いていたのも御承知ですし、その点は王に感謝しなくてはいけませんでしょう」

「あれは強制的に働かされていたんだ。まあ・・・・確かに勉強にはなったがな」

 

馬鹿馬鹿しいと筆を持ち、それでも丁重な断りの文章を書き綴る。廊下で身を竦めるように立っている侍従に渡し、王弟へ運ぶように伝えると窺うような視線で見つめられた。黙したままでいると、大仰な嘆息を零しながら彼は叔父が居るだろう王宮へと戻って行く。きっと返信を目にした叔父に怒鳴られるだろうことを予測したのか、その足取りは重い。  

はっきりとディアナを妃すると公言出来ればいいのだが、彼女は戸惑いの中にいる。

王太子妃になることを喜ぶどころか恐れ戦き、やはり想像通りに自領へ戻りたいと蒼褪めていた。魔法が解けたばかりの上、彼女の性格では無理もない。

時間をくれると言ってくれた彼女に無理強いはしたくないし、だが出来るだけ側にいて何の心配もないと説得する時間も取れずにいる。侍女として長く過ごしていたディアナに、貴族息女として過ごすのをすっ飛ばして王太子妃として過ごして欲しいと望むのは間違いだと気付くが、望みを諦めるつもりはない。

兎に角、今後は見合い申し込みは一切受け付けないと大臣らに話し、ダルドード国の王女から婚姻の話が出ない内に御帰り頂くのがいいだろう。

 

「レオン、明日の会議は早々に終わらせるぞ!」

「そうした方がいいでしょう。会議に必要のない恋い焦がれた視線が邪魔で仕方がありません。そうそう殿下、こちらの菓子が届けられております」

「城下の菓子か。お、移動菓子屋のドーナツじゃないか! ・・・ああ、ディアナが作ったパイが食べたいな。ヌガーでもタルトでもいい。いや、ディアナが作る菓子はどれも美味しいから何でもいいな」

 

口に運びながら、菓子作りの材料を買いに一緒に街に行き、厨房に立つディアナの側で菓子を作る様子を見てみたいとギルバードは呟いた。 

「そうなさりたいのでしたら、早く口説くことですね」

「・・・・・・」 

レオンの辛辣な一言が胸を突き、ギルバードは黙って菓子を飲み込む。甘いはずの味が口中から消え、零れた乾いた笑いが静まり返った部屋に霧散した。

  

 

 

翌日、棘の処理を終えたたくさんの薔薇の花束を手に、ギルバードはディアナの部屋を訪れた。直ぐに返事があり、扉が大きく開く。濃い緑色のドレスを着たディアナが目の前に差し出された黄色の薔薇に嬉しそうな笑みを零す。 

「まあ、とても綺麗です! こんなにたくさん、宜しいのでしょうか?」

「昨日とは違う色合いにしてみたが、受け取ってくれるなら飾って欲しい」

「嬉しいです。ありがとう御座います、殿下」

 

薔薇を手にして満面の笑みを浮かべるディアナを、このまま薔薇ごと抱き締めたいと思うが、朝から不埒な真似は駄目だとギルバードは拳を握って耐えた。魔法が解けたばかりで王子の求婚を受け、未だ戸惑いの中にいるディアナを急に抱き締めたり不意にキスしたりは控えようと、何度も騎士道精神を心に刻んでいると柔らかな彼女の声が耳に届けられる。

 

「昨夜、早速ローズオイルを使わせて頂きました。初めて使いましたが肌への伸びも良く、薔薇の香りも優しい広がりをみせ、とても素晴らしい御品で御座います」

「そうか。庭師の爺も喜ぶだろうな」

「あの・・・・。か、香りますか?」 

そう呟いたディアナが仄かに頬を染めて瞼を伏せた。長い睫毛が白い肌に影を落とし、抱えた薔薇に唇を隠す。ぐらりと決壊しそうな自制心を留めるのは、今刻んだばかりの騎士道精神だ。抱き締めたいと動き出しそうな手足を騎士道精神で必死に押さえ込み、少しだけ顔を近付けてみるが薔薇の匂いしかしない。 

「い、今ディアナは薔薇を持っているから、よ、よく解からないなぁ」

「あ、そ、そうですわね。私ったら・・・・」 

薔薇の花束を持ったディアナが離れて行く隙に、これ以上側に居たら絶対に手が出てしまうとギルバードは大きく息を吐いて扉へ向かった。

 

「花を届けがてら朝の挨拶に来ただけだ。今日もエディ、オウエンと散策をすると聞いた。奴らに振り回されないよう、無理なことは無理だと強く言っていいからな」 

「は、はい。・・・・殿下は今日もお忙しいのですね」 

振り向いたディアナの表情に憂いが浮かんでいるように見えるのは、側に居て欲しいと彼女に言って貰いたい自分の願望か。赤くなっているだろう顔を腕で隠し、ギルバードは誤魔化すように急ぎ大きな声を出した。 

「明後日は午前中に時間が取れるから、庭師の爺に会ってローズオイルの報告に行こう! その後に馬場で早駆けをしたいと思うが、ど、どうだ?」 

「はい、ありがとう御座います。楽しみにさせて頂きます」 

腕の隙間から垣間見えた碧の瞳を大きく輝かせたディアナの柔らかな笑みに、抱き締めたい気持ちが溢れそうになりギルバードは急ぎ扉を開いた。廊下に立つ近衛兵の姿に我に返ることが出来、一度深呼吸をしてディアナに振り返る。 

「今日、明日はのんびり好きに過ごしていてくれ。じゃ、じゃあな」 

恭しく御辞儀するディアナを見つめ、ギルバードは後ろ髪を引かれる思いで扉を閉めた。

どうしても目の前にディアナがいると手が伸びそうになる。また魔法を解いた後遺症だと思われては困るから必死に止めようとするのだが、微笑みを前にすると引き寄せられるように自然と手が伸びてしまうから困ったものだ。

 

** 

 

 

御辞儀を解いたディアナは綺麗な薔薇を目に、忙しい王子が朝から顔を見せてくれたことを素直に嬉しく思った。しかし少し疲れた感じが見え、そんな折に厨房に立つ自分を思い、王子に申し訳なくなる。

今日これから騎士団宿舎の厨房で菓子作りをすると正直に伝えられたら、隠し立てすることなく、アラントル領で褒めて貰えた菓子を王子に食べて貰えることが出来ると考え、ディアナは急いで扉に向かった。 

「ギルバード殿下、あの!」  

決して大きな声ではなかったはずだが、直ぐに気付いてくれた王子が走り戻って来る。東宮廊下で王子の名を口にした自分に驚き、更に呼び戻したことに焦って部屋を飛び出し出迎えようとすると腕を掴まれて部屋中へ押し戻された。驚愕に見開いた王子の瞳を見て、ディアナは蒼褪めてしまう。 

 

「もっ、申し訳御座いません! 私、殿下の名を大きな声で呼び止めてしまい、引き返させるなどっ! あ、あの、申し訳御座いません!」 

「な、何があった!」  

荒い息と共に問われたディアナは自分が情けなくなる。恥ずかしくて申し訳なくて、このまま馬で自領に逃げ戻りたくなった。王子を呼び戻すなど、貴族息女は決してしないだろう。自分でもどうしてそんな行動に出たのか理解出来ない。声を掛けた理由を話すには、余りにも情けない内容だとディアナは頭の中が真っ白になった。 

「ディアナ、顔色が悪いがどうした? 何か心配事でもあるのか」 

「殿下を大声を出して呼び止めた自分が情けないです。本当に、本当に申し訳御座いません! 私、実は殿下に隠し事をしようとしておりました」

 

 

蒼褪めながら震えるディアナの姿に、ギルバードの心臓は大きく跳ねた。

ディアナの口から隠し事をしようとしていたと聞かされ、まさか自領に帰るつもりだったのだろうかと目の前が歪んで見える。ギルバードが納得するまでここにいると、時間をくれると言ったのは一昨日のこと。それから何の進展もないことに、呆れて帰りたいと伝えたいのだろうか。掴んだ腕から伝わる震えに、どんな隠し事なのだと心臓が跳ね続ける。 

「な、何を・・・・隠していると?」

「私・・・、これからエディ様オウエン様と約束があり、騎士団宿舎に参ります」

「・・・騎士団宿舎? エディらと乗馬の約束でもした、のかな?」 

乗馬が出来るディアナのことだ。双子から馬を借りてアラントルに帰るつもりだったと言うのかと、跳ね続ける心臓が口から出て来そうになる。腕を掴んでいた手が彼女の肩を強く揺すり、先を話して欲しいと促した。

 

「あの、魔法は解けております。きちんと、しっかり、間違いなく魔法は解けておりますから、それは御疑いにならないで下さいませ。・・・・実は、厨房で菓子作りをさせて頂けることになりました。菓子が出来ましたら殿下にも召し上がって頂きたいのですが、私が騎士団宿舎の厨房に立つことを御許し頂けますでしょうか」 

両手を組んだディアナが眉を寄せ、申し訳なさそうな顔で見上げて来る。きゅっと結ばれた淡い色の唇にギルバードの視線は釘付けとなり、言葉が遅れて届き、慌てて大きく頷きを返した。

隠し事だなど言うから、どんな恐ろしいことを言われるのかと思っていただけに、安堵の余り肩に置いた手を背に回してディアナを抱き締めてしまう。小さな驚きの声を耳にして、慌ててギルバードはひっくり返った声を上げた。

 

「も、もちろん許す! 今日は忙しいから一緒に食べることが出来ないが、楽しみに待っているから。それと、お、俺の手がこんな風にディアナを抱き締めるのは、魔法を解いた後遺症ではないからな。何度も言うぞ、ディアナが好きだから抱き締めてしまうだけなんだ」

 あ、ありがとう御座います。嬉しいです、殿下」 

ディアナの身体から強張りが解け、嬉しそうな声が聞こえて来る。それは菓子作りを許されたから嬉しそうな声を出しているのであって、好きの言葉に対してではないだろう。

率直に返された礼の言葉に、ギルバードは息を止めて気持ちを落ち着かせようとした。 

「・・・・殿下に抱き締めて頂けるのも・・・・嬉しいです」 

胸から囁くような小さな声が届けられ、胸に矢が刺さったかの如く鼓動が止まる。

そろりと胸の中のディアナを見下ろすと耳朶が真っ赤に染まっているのが見え、もしかして自分は白昼夢でも見ているのかと疑いたくなるような現実に思わず抱き締める腕に力を入れると、ディアナの身体が震えたのが伝わってきた

ディアナの頭に素早くキスを落とし、ギルバードは腕の中からディアナを解放する。

これ以上側にいると求める欲が溢れてしまう。急ぎ不埒な考えを振り払い、やるべき仕事を思い出すよう努めた。ダルドード国使節団との会議の後は軽い晩餐会が行われる。明日は国境まで使節団を送り、そのまま周辺を視察する予定になっていて視察後は書類提出に忙殺されるだろう。明後日の午前中は時間が取れる。それまでの我慢だと、ギルバードは心臓を鷲掴みにされたまま踵を返す。

 

 

「あ、あの・・・お仕事、頑張って下さいませ。菓子は後程、届けさせて頂きます」 

「た、楽しみにしているから!」 

再び扉から王子が出て行き、ディアナは熱を持った頬を両手で押さえた。

大きな声で呼び止め、呼び戻したことへの叱責もなく、繰り返される王子からの好きの言葉と抱擁。甘い眩暈に惚けた自分が何を口にしたかを思い出し、膝から力が抜けそうになる。 

抱き締めて貰えるのが嬉しいと言葉にしてから、息が止まりそうになった。じわじわと熱くなる頬が発火するのではないかと思えるほどで、自然に零れた言葉に恥ずかしくなり・・・・・、そして自分の言葉に驚愕した。 

「違う・・・・駄目。何を口にしたの? 私は違うと・・・・殿下の近くに居ていい存在ではないと知って貰うために残ったのに・・・・」 

大国の王太子殿下に見合うだけの立場と容姿を持つ女性。王子の側に居ていいのは、そういう女性だと、王子自身が気付くまでの間だけ留まろうと思ったはず。その間だけなら黒曜石のように綺麗な瞳を見つめることが出来ると、それだけでいいと思ったはずだ。

王子には洗練された貴族教育を受けられた高貴な女性がお似合いになる。その女性が王子を敬い慈しまれるなら、優しい王子はきっと同じように大事にされる。

長い間侍女仕事ばかり続けていた田舎領主の娘では駄目だと、いつか王子は気付くだろう。

そして自分に相応しい女性の手の甲に口付けた後、王子は私に振り向き自領に戻るよう言うのだ。それまでの間、お側に居られるなら幸せだと思ったはず。 

それなのに王子の腕の中で呟いた言葉は決心した気持ちとは異なり、ディアナを困惑させる。心の奥底で鈍い痛みを訴える感情を上手く抑えることが出来ず、黄色の薔薇を見つめ続ける内に声を上げて泣きたい気持ちになった。

 

 

 

  

  

→ 次へ

 

← 前へ

 

メニュー