紅王子と侍女姫  56

 

 

近衛兵が立ち並ぶ王宮大謁見室に到着し、ギルバードは肩から力を抜いた。 

私事で動いてはならない。それは王宮に従事する者、全てに強いられていることだ。民のためにより良い執政を行い、民のためにより良い国造りをし、そしてその民から税という糧を得て王城に住まう。

民からの信用無くして国は建ち行かず、民失くして国とは言えないと。  

 

扉が開かれると、謁見室の大広間には各大臣を始め、王宮関係者が大勢集まっていた。 

集められた人々の背後の壁には槍を持つ王宮近衛兵が立ち並び、さらには無骨な鎧を装備した近衛兵が椅子に座る人物へ厳しい視線を投げ掛けている。

座っているのは王弟であるエメリヒ・フォン・アハルと、その娘エレノア、そして息子であるリースだ。 

高座の国王は切りつけるような眼光で王弟らを見下ろしていたが、ギルバードの入室に僅かに視線を上げる。国王の背後に立っていた宰相が一礼して王子を呼び寄せた。背を正し歩き始めると椅子に座る王弟の頭がゆっくりと持ち上がり、憎悪に満ちた視線を向けて来る。

その様子を横目で確認し黙したまま高座に上がると、前を見据えたまま国王が手招きした。 

「おい、莫迦息子。グラフィス国の商船はどうなった」 

「・・・・第二大港に引き入れ、残った双子とローヴが商船内を隈なく調べている最中です。船員は全て捕縛し騎士団が連れて来ているはずです。彼らが国外へ持ち出そうとした魔道具は取り戻しました」 

「ローヴは何と?」 

「魔道具は鉱山掘削用に開発されたもので、流出経路を急ぎ調べると」 

「掘削用か。それは破壊力がありそうだな」

 

楽しそうに肩を揺らす国王に対し、宰相が笑っている場合かと嘆息を零す。しかし足を組み直す王は飄々としたものだ。しばらく黙っていたが、ふとギルバードを見上げると目を細めて笑みを消した。 

「ギルバード、今回の件に関して、お前自身の意見を訊きたい。ここにいるエメリヒ・フォン・アハル、およびエレノアにはどの様な刑罰が相応しいと考えるか」 

硬質な国王の声が謁見の間に響き、重苦しいざわめきが大臣らの間を駆け走った。

同時に狂気を孕んだ視線を国王へと向けた王弟が椅子を倒す勢いで立ち上がり、怒号を上げる。 

「陛下! 何故ギルバードの意見を欲するのか!」 

「・・・・近衛兵」 

宰相の声に、王弟近くにいる近衛兵が長槍を押し付けて王弟を押さえ込んだ。苛立ちに憤る王弟は首に掛かる長槍を腕で押し上げ、充血した目を高座に向けながら歯噛みする。隣に座るエレノアも、何故この場に自分が呼び出されているのか理解出来ないと言わんばかりの態度でギルバードを睨み付けてくる。

並び座らされている息子のリースだけが全てを把握しているのだろう。彼ひとりだけ、蒼褪めた顔で震えていた。

 

ギルバードは、憤懣やるかたないと眉を寄せる。

叔父である王弟やエレノアに睨まれる謂れはないし、自分こそが睨み付けてやりたいくらいだ。幼い頃から今まで、何度も何度も我慢し続けて来た。自分さえ我慢しておけばいいと思っていた。叔父に何を言われても何をされても、全て無視して時間の経過と共に悔しい思いを飲み込んできた。

しかし今回は許すことが出来ない。

国外流出を禁じている魔道具を勝手に他国に引き渡し、その上、ディアナも絡んでいる。無視することも我慢することも出来ない。―――――する必要もない。

ギルバードはひとつ息を吐くと、一歩前に踏み出した。

 

「どうやら、この親子はこの場に呼び出された現状を御理解されていない様子が見受けられます。まずは刑罰を決める前に、本人の意見を伺った方が良いでしょう。国王陛下へ何か話したいことがありますか、エメリヒ・フォン・アハル」 

高座から叔父である王弟を見下ろすギルバードは、思った以上に冷静な自分に驚いた。

激昂する相手を前にしても心穏やかでいられるのは、魔法の暴走を止めてくれたディアナのお陰だろう。彼女に掴まれた手首を見ると、淡い輝きを放つリボンが袖から覗いているのに安堵する。そのリボンから長槍で押さえつけられたままの王弟に視線を向けると、浅黒い顔に憤怒の赤が混ざり、いつも以上に濃い顔色となっていた。

これから王弟が何を語るか想像に易く、虚偽だらけの報告を聞くくらいなら早く刑を決定して目の前から消えて欲しいと思うが、集まった大臣らにも彼の語りを是非とも聞いて貰いたい。 

隣に座る王が組んでいた足を下ろして大仰に息を吐く。静まり返った広間では、みんなが固唾を飲んで王弟を見つめた。

 

「私は王弟として日々我が国のため身を粉にして従事していたというのに、その働きに値する正当な見返りが得られることが叶わなかった。従って、己が望みのために自ら動いただけだ。国に危機を招いた訳でもないのに、このような不当な扱いは腹に据えかねる」

王弟は押さえつける槍をものともせずに背を反らして言い切り、苛立った視線を大臣らに向けた。

対して王は表情を変えずに問う。

「では、グラフィス国に渡した魔道具に関して、何か言うことは?」 

「私がグラフィス国と係わりを持ったのは、エレノアの嫁ぎ先として最良だと思ったからだ。魔道具はその祝いの品として、私物を渡しただけのこと」 

「私物といえど我が国の魔道具を他国に流出させるのは禁じられている。ましてや、渡した魔道具は攻撃性のあるものと相手側は認識していたぞ? 鉱山掘削用の魔道具を私物と言い張るのも無理がある。さらに魔法導師長は、王弟がそれを持っていたことを御存じ無い様子。これはどうしたことか」 

「私物だと言っただろう? 魔法導師長が知らずとも、個人的な祝いの品にまで文句を言われる筋合いはない。さらに付け加えるなら、祝いの品として贈った魔道具に攻撃性があるなど、私はひと言も言った覚えがない」

 

高圧的な態度と傲然たる物言いに、ギルバードは流石叔父だと嘆息を零す。鉱山掘削用に開発された魔道具を私物と言い切るなど、浅はか過ぎて情けなくなるほどだ。  

「ローヴ」 

「ここに」 

ギルバードが魔法導師長の名を紡ぐと宰相の背後からローヴが現れた。瞬時に顔を強張らせる王弟だが、直ぐに狡猾な表情へと変わる。

ローヴが長い袖から杖を出し、その先を王弟に向けて口を開く。

 

「王弟、エメリヒ・フォン・アハル。日常的に使われる魔道具全てに、我ら魔法導師の糸が繋げられていることを、貴方は存じていないようだ」 

「・・・・糸、だと?」 

「はい。悪用されぬよう、他国に流通されぬよう、他国の魔法導師との軋轢を生まぬように、で御座います。何より自国の功績を守るため、魔道具には開発した魔法導師の糸が繋げられております。今回、自国の領海を出る前に取り戻せましたが、万が一魔法導師の了承無しに自国から持ち出されますと、その魔道具は爆発致します」 

「・・・・なっ!?」  

謁見の間にいる大臣らも驚きにざわめき、王の咳払いで静まり返るが互いに困惑した顔を見合わせる者もおり、ローヴが胡乱な視線を投じた。視線を感じた大臣は首を竦めて口を噤むが、何か後ろめたいことでもあるのか、静かに後方へと退いて行くのが見える。

 

「他国に持ち出さない、それは以前からの約束事となっていたはず。我が国の魔道具は多岐に亘り皆様の生活を潤しておりますが、使い方によっては自国に多大な被害を及ぼすこともありましょう。己の欲のために使うのでしたら、魔法導師は出回っている魔道具を全て引き取りますぞ」 

「それは困るぞ、ローヴ。あんな便利な道具が無くなったら生活から潤いが消えてしまう。エメリヒ、知らぬこととは謂えエレノアの嫁ぎ先の商船に大事が無くて何よりだな」 

「ぐっ・・・!」 

国王の言葉に王弟が悔しそうに歯噛みし俯くが、やがて顔を上げた彼は狂気を増した視線をギルバードに向けて来る。 

「まだ何か語りたいことが?」 

ギルバードがこれ以上は面倒だと思いながら問うと、ちらりと隣に座るエレノアに視線を向けた王弟が噛み付くように吠えたてた。

 

「私の娘を! 王族であるエレノアを、何故親交の浅いグラフィス国に嫁すことに決めたと思っている! 我が娘はいずれこの国の王妃となるべく日々過ごしていたというのに、ギルバードはエレノアの切ない恋心に気付きもせずに私の推挙を退けた。その上、視察と称して田舎領主の娘に手を出し東宮に住まわせるなど、私の娘を愚弄するにも程がある!」 

ちょっと待てっ! その言い方には語弊があるぞ!?」 

「血筋正しき美しい我が娘を袖にしておきながら、ダルドード国使節団を招いての舞踏会で田舎領主の娘を国王と躍らせるなど、莫迦にするのもいい加減にして欲しいものだ!」

「何を―――」 

ぐふっ!

 

突如、ギルバードの背後でレオンの大きな噎せ込みが聞こえた。

視線を向けるが噎せ込んだ本人は表情も変えずに背を正しており、親である宰相は肩を震わせながら薄く口端を持ち上げている。正直それで気が楽になったのは確かだった。

ギルバードは強張っていた肩から力を抜き、王弟を見下ろす。

 

「・・・・確かに、あなたがおっしゃるエレノアの切ない恋心など、私は爪の先ほども気付かなかった。その報復として、リグニス嬢を王宮庭園に王子の名を騙り呼び出し、不当に拉致した上、グラフィス国商船に渡したという訳か」 

「私は拉致などした覚えはない。場違いな場所で難儀している田舎娘を、実家のある領地に帰してやろうと思っただけだ。アラントル領にも港があると聞いたので、そこへ送り届けようと親切心で商船に乗せてやっただけのこと」 

「手足を縛り上げて、か? あまつさえ海に捨てる算段もしていたそうだな」 

「そんなことに私は関与していない」

 

長槍で押さえ付けられながら、鷹揚に構えシラを切り続ける王弟に溜め息しか出てこない。国王、宰相、大臣らがいる場で、よくも滑らかに嘘を吐き続けることが出来るものだと心底呆れてしまう。

ギルバードが指示すると、騎士団員がグラフィス国商船の船員らを謁見の間に連れて来た。恰幅の良い船長が怯えた視線で周囲を見回し、王弟に気付くと縋るような表情を浮かべる。通訳も現れ、騎士団長が宰相へと様々な書類を手渡した。 

 

「グラフィス国船内から出て来たのは、出航に必要な偽装された国印が押された申請書類ですね。エメリヒ・フォン・アハルの名が記された、貴国との契約書類。これは魔道具の引き渡しとエレノアの婚姻に関する契約ですね。・・・・ほぉ、第一王子との婚姻ですか」 

「魔道具は私物だと言ったはずだ」 

「いいえ、魔道具は全て我が国の公的財産です。王弟の名を隠し、幾人もの大臣や貴族を経由して上手く借り出すことが出来たようですが、個人が勝手に譲渡していい品ではありません。ましてや他国になど、以ての外です」 

ローヴが袖から魔道具の珠を出すと、王弟の顔が僅かに歪む。

 

「掘削用として使用する分には問題ありませんが、それを対人として使用するのはいけませんねぇ」 

「あ、相手がどう使うかなど・・・・そこまでは関知していない!」 

「おや、そうですか? グラフィス国商船の船員より、エメリヒ・フォン・アハルから攻撃性のある魔道具を交換条件にエレノア様の婚姻を取り付けたと伺っておりますがねぇ」 

「先程も話したが、私は攻撃性のある魔道具など、そのような説明、したことない」 

「そんなっ、エメリヒ様! それでは話が違うっ!」 

悲痛な声を上げたのは商船の船長だ。

彼は通訳の言葉を聞き、詳細を知ると即時に王弟の言葉を否定する。

 

「エメリヒ様から受け取った出航申請書類は偽造、魔道具はこの国の領海を出たら爆発するなんて、それでは我が国の王が納得されません! は、話が違いすぎる!」 

「魔道具が爆発するなど私は知らなかった」 

「突然連れて来た少女に関しても、私たちは王弟であるエメリヒ様の言う通りに承諾致しましたのに、知らぬとは余りな言いよう! 私どもはこれを我が国の王へ報告させて頂きますぞ!」

「それでは話が違うっ!」

「その上、この国の王子が我が国の商船に」

 

話しの矛先が飛んできたギルバードが煩いとばかりに舌打ちすると、船長を始めとして商船の船員たちは揃って蒼褪める。特に最後に船から下ろされた船員たちは蒼白となり身を竦め、見てわかるほどにガクガクと震え始めるから、その様子に小首を傾げた国王は隣に立つ王子を見上げた。 

「・・・ギルバード。お前、何をしてきた?」 

「・・・・商船に・・・・、少々風穴を」 

ぐふっ! 

今度の噎せ込みはローヴだ。横目で確認するとレオン同様、表情も変えずに背を正しており、ギルバードも無視して話を進めた。

 

「魔道具が爆発するのは私も知りませんでしたが、他国領海に出る前にグラフィス国商船を停め、拉致誘拐されたディアナ捜索のため止むを得ず、多少破壊致しました」 

「ディアナ嬢は怪我をしたと聞いた」 

「怪我は突然襲われたためです。それに関しては後ほど詳細を報告させて頂きます」

 

船を停めるために魔法を使ったが、ディアナの怪我はそれとは関係ない。

船倉から甲板に上がった瞬間襲って来た輩から俺を庇い、そして魔法の暴走を止めようとして傷付いた身体を顧みず甲板に打ち付けた。 

もう治療は終わっているだろうか。痛みは、傷は、熱は・・・・・・。

こんな埒も開かない愚陋な話し合いなど早く終わらせ、早く彼女を見舞いに行きたい。

 

「王弟、エメリヒ・フォン・アハル。王宮役員に虚偽の報告をし、無断で魔道具を他国へ譲渡しようとしたことを認めるか」 

ギルバードが苛立ちをどうにか抑えながら問うと、王弟は膝上の手を強く握り締めながら顎を持ち上げた。口端を持ち上げ、この場においてまだ不敵な笑みを浮かべている。背後に立つレオンが小さく手を動かし、王弟背後に立つ騎士に気を付けるよう指示を出した。

 

「・・・はっ! 国外に出すと爆発するような危険な品を製作している魔法導師こそ、その罪を問われるべきではないか? 我が国に依存している癖に、我らの前に姿を見せることもせず、人払いをして瑠璃宮に籠もり、何をして過ごしているのかさえ分からぬ。そのような怪しげな輩を飼っている王城にこそ罪があるのではないか」 

「歴を学んだはずだろう、エメリヒ。共存しているのだ、我らは」 

兄である国王の言葉に、王弟は哄笑を返す。

叔父である王弟の醜く歪んだ感情を知り、ギルバードは隣に座る王にゆっくりと視線を向けた。鷹揚に構えたままの王が苦笑しながら頭を掻き、大きく息を吐くと王弟に問い掛ける。

 

「では、お前の望みとは何だ」 

「魔法導師を親に持つ、ギルバードの王位継承権剥奪だ!」

 

 

 

 

 

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