噎せ込むと咽喉がひどく痛み、だけど頭がぼんやりしていて考えが追い付かない。背を擦る温かさに顔を上げると王子が心配げな顔をしていて、ディアナは咽喉を押さえて笑みを浮かべた。
「だ、だいじょうぶ、です」
「本当か? 少し掠れているように聞こえるが、咽喉に痛みは無いか? 長く眠っていたから、無理に話さない方がいい。あとは・・・他に痛いところは・・・ないか?」
「殿下がそれを訊きますか?」
ローヴがディアナにカップを差し出しながら大仰な嘆息を吐いた。渡された紅茶には蜂蜜がたっぷり入っていて、立ち昇る甘い香りがディアナを落ち着かせてくれる。数口飲み、咽喉の痛みが治まったと思ったのも束の間、目を潤ませた真っ赤な顔の王子を目にしたディアナはカップを落としそうになった。
「殿下! 御顔の色がひどく赤いです!?」
「・・・ぃっ!」
一体何があったのかと身を乗り出すと、ローヴが素早くカップを受け取ってくれた。
しかし突然ローヴから引き攣ったように息を吸い込む音が聞こえて来るから、ディアナは驚いてしまう。崩れるように床に突っ伏して全身を震わせたローヴが、今にも息が止まりそうな引き攣った呼吸をする姿に、急ぎベッドから飛び降り背を擦った。
「ローヴ様っ、ど、どうされましたか? あの、もし?」
「ひぃ・・・っ、ひ、ひぃい・・・ひぐっ、ぎ・・・」
「殿下っ、ローヴ様の御具合が!」
振り向くと何故か腕を持ち上げて赤い顔を隠した王子が退くのが見え、ディアナはローヴの背を擦りながら眉を寄せてしまう。痙攣を起こしたように噎せ込むローヴも心配だが、もしかして王子も具合が悪くなったのだろうかと考え、誰か人を呼ぶべきだと立ち上がった。
廊下にいるだろう近衛兵に医師を呼んで来て貰う。それが一番早いと決断して扉の取っ手を掴んだ瞬間、背後から伸びてきた手に押さえられた。
「そんな姿で何処に行こうとする!」
「お、お医者様をっ! え・・・そんな姿?」
鋭い制止の声に驚きながら、視線を下げると夜着姿の自分がいた。
しかし今までベッドで寝ていた自分だ。
申し訳ないが夜着姿でも許して欲しいと、そんなことよりも急いでローヴを医者に見せる方が先決だと訴えるが、ディアナの片手を掴んだ王子は顔色を更に悪くして激しく首を振る。赤味を増した顔色の王子を目にして、躊躇している場合じゃないと扉を叩こうとして持ち上げた手も掴まれてしまう。
「あのっ、それでは・・・な、何か羽織りますから、お医者様を呼ばせて下さい! 急ぎませんと殿下もローヴ様も顔色が・・・っ」
「待ってくれ、俺もローヴも大丈夫だ! 本当に、本当に大丈夫だから!」
「ひぃー、ひ、ひっ・・・・・げほっ、ぐふっ!」
ローヴから苦しげな引き攣った噎せ込みが聞こえる中、両手を掴まれたディアナは身動き出来ずに立ち竦んだ。そんな姿と言われた自分を見下ろし、確かに夜着姿で近衛兵に声を掛けようとするのは慎みのない行為だろうと項垂れそうになる。
だがいくら大丈夫と言われても、ローヴの噎せ込みも、王子の顔色も心配でならない。
「き、着替えますから・・・手を離しては頂けませんか」
「着替えは必要ない。ローヴ、早く落ち着けっ! ディアナはベッドに戻るんだ」
手を離してくれた王子に抱き上げられ、慌てて首に手を回すととても熱く感じた。
顔色が赤いのは熱があるせいではないだろうかと考えた時、部屋の扉が叩かれる。返事をすると扉が開き、そこには薬湯と食事を乗せたワゴンと共にカリーナが立っていた。カリーナはディアナと目が合うと今にも泣きそうな顔で駆け寄って来た。
「まあ! ・・・目覚められましたの、ディアナ嬢!」
「カリーナさん。あの、御心配をお掛け致しました・・・」
「いつ目覚めたのですか? 吐気など、気分の悪いことはありませんか? ああ、本当に良かった! 心配し続けたのですよ、本当に。・・・・ところで・・・どうしてローヴが床で蹲り、殿下がディアナ嬢を抱き上げておられるのでしょうか?」
後半、低い声色となったカリーナの問いに、ギルバードは後ろを振り向けずに蒼褪めた。
床ではローヴが未だヒクヒクと痙攣を繰り返し、どれだけ笑い続けるんだと苛立ちが募る。
しかし背後から迫り来る冷たい雰囲気に苛立っている場合ではないと判断し、急ぎディアナをベッドに降ろし首まで掛布を引き上げた。居た堪れない空気が場を覆い、ディアナだけを見つめたままギルバードは固まり続ける。
寝かされたディアナは、口を結んだ王子が自分を注視する視線に戸惑いながら、カリーナに笑みを向けた。夢の中で王子に二週間以上眠り続けていると言われたのを思い出し、どれだけ心配させてしまったのかと申し訳なくなる。
「カリーナさん、長く御心配をお掛けして申し訳ありませんでした。でも、今は私のことよりローヴ様と殿下を御医者様に見せる方が先です。激しい噎せ込と顔色が心配で」
「御心配はいりません、大丈夫ですから。ローヴ、何が原因か判りませんが、いい加減に笑うのを止めて下さい。いつもの薬湯を持参しましたが、他に必要な品はありますか?」
「え? ・・・ローヴ様は笑っておられるのですか?」
驚いたディアナが起き上がろうとすると、ギルバードに肩を押さえ込まれた。少し前まで赤黒い顔色だった王子が蒼褪めながら首を横に振る姿に、ディアナはさらに驚いてしまう。
自分などより王子が診てもらうべきだと言おうとして口も塞がれた。
「・・・ローヴ、ディアナの体調を診てくれ」
「ひぃ、はぁ、は・・・。んん、ごほんっ。まあ大きな問題はないでしょう。起き上がれましたし、咽喉の痛みも消えていますね。薬湯はカリーナが持って来たものを食前に飲み、あとはしっかり食べて風呂で身体を解して下さい。そして、もう一度休むことです」
「はい、ありがとう御座います」
噎せ込が過ぎたのか少し赤味は残っているが、いつも通り穏やかなローヴの顔にディアナはほっとした。寝たままでお礼を言う訳にはいかないと起き上がろうとすると、何故か王子に蒼褪めた顔で押し止められる。カリーナが薬湯を持ち近付くと王子が声無き悲鳴を上げるから、ディアナは起きて薬杯を受け取るべきか、王子の意思を受け取り寝たままでいるべきか眉を寄せた。
「・・・ごほ。殿下、お目覚めになられたディアナ嬢にお話したい事が御座いましょう。しかしくれぐれも無理は禁物ですよ。カリーナ、薬湯の成分を少し変えてみましょうか。瑠璃宮の温室にクコとナツメの果実があるかどうか、直ぐに調べて下さい」
機転を利かせてくれたのか、ローヴがカリーナに指示を出し、二人揃って部屋を出て行くとギルバードは全身から一気に力が抜けてベッドにへたり込んだ。
部屋を出る寸前までカリーナが訝しげな表情を向けていたが、どうにか隠し通せたと手に掻いた汗を拭う。ベッド脇のテーブルに置かれた紅茶で咽喉を潤したギルバードが視線を感じて振り向くと、ディアナが不安に満ちた表情を浮かべていた。
「あー・・・俺の具合を心配してくれてありがとう。だが本当に問題ないから大丈夫だ。えっと、薬湯は食前と言っていたな。ディアナ、起きられるか?」
「はい、起きられます。ですが、あの・・・、本当に御迷惑ばかりお掛けして本当に申し訳ありません。エディ様オウエン様を始め、皆さんに謝罪する機会を頂きたいです」
「それは元気になってからな。まずは薬湯だ」
薬湯を運ぶ王子の顔色がまた赤くなっていることに気付いたディアナは、夢の中まで自分を迎えに来てくれた王子に異変は無いかと心配になる。本当に問題は無いのだろうかと見つめていると、王子は頬を染めたまま笑みを向けて来た。
何と御心の広い、懇篤な王子なのだろうか。
その王子に妃になって欲しいと願われるなど、もしかしたら自分は夢の中で夢を見ていたのかも知れないと考えてしまう。急に咽喉が乾き、渡された薬湯を急ぎ飲み干すが、余りの苦さに噎せてしまった。口を拭いながら他に汚したところは無かったかと胸元に手を移動した時、不意にディアナは思い出す。
夢の終わり、首に幾度も痛みを感じたことを。
「・・・?」
「っ! ・・・い、痛むのか?」
痛みを感じた場所を朧気に探っていると王子が驚愕した様子で目を瞠る。その表情に、夢の中でのことを王子は覚えているのかしらと問い掛け返した。
「少しだけ・・・痛いような気がしますが、何かあるのでしょうか? 目覚める前に首に痛みが奔ったように思うのですが、殿下は夢の中でのことを覚えていらっしゃいますか?」
「そっ、それは・・・あの、ディアナ・・・、実は、その」
赤味を増す王子の顔色を目にして、ディアナは不安に駆られた。
少し痛みがあるように思うが、それだけだ。夢の中で怪我をしようが、長く眠ったことで身体に不調を来そうが、それは自分のせいだと解かっている。王子が顔色を変えるほど気に病むことは無い。そう伝えようとして両手を囚われた。
「み、み、見たらわかるだろうが、首には吸い痕がある! い、いくつもっ」
「吸い、痕ですか? 吸い・・・・」
「もっ、もちろん夢の中でのことは全部、覚えている! それでネックレスにキスした後、ディアナの可愛らしさに、その、つい・・・首にキスをしたのだが、そ、それが実は」
「あの、殿下がネックレスに口付けされたのは・・・・夢の中のことですよね?」
「・・・そっ!」
息を吸い込む王子の顔が一気に鮮やかな朱に染まり、見て判るほどにガクガクと震え出す。手を握られているため、その震えがダイレクトに伝わり、何故かディアナまで顔が赤くなってしまう。
熱くなった頬を押さえようと手を引き寄せると抱き締められ、突然のことに思わず抗うと、王子が短い悲鳴を上げ飛び跳ねるように離れていく。眉を顰めたその表情に慌てて王子の衣装を掴むと、そろりと近くに腰を下ろしてくれた。
「た・・・確かに夢の中でディアナのネックレスに口付けた。だ、だけど現実のディアナの首に吸い痕が残っているのは・・・・そういうことだ!」
「そういうこと・・・、え?」
「長く眠り続けるディアナを起こすため、そしてディアナの憂いや悩みを取り除くために夢の中に迎えに行った。ディアナの手を握り、ローヴ協力のもと、夢に入ることが出来た。だが・・・ローヴが言うには俺たちが目覚める直前、俺の身体が徐々にディアナににじり寄り、現実のディアナを・・・夢の中でしていたように、だ、抱き締めたり、抱きかかえたり、額や頬や・・・唇にキスしていたそうで・・・、その内、覆い被さるように首に顔を近付け、それで、その、あの・・・」
眠っている間に抱き締めた、抱きかかえた、キスされたと聞いてもディアナは何と答えていいのか判らない。口籠る様子から、きっと言い難いことなのだろうと思うが、やはり理解出来ないと問い掛けた。
「あの、勉強不足で申し訳ないのですが・・・・吸い痕、とは何のことでしょうか」
「つ・・・強く吸いついて・・・その痕が首に」
余り意味が理解出来ないまま、だから首に痛みがあるのかと納得した。ネックレスに口付けた王子が首にキスをして吸い付いたというなら、それは愛情表現だろう。王子が気にすることではないと思うのだが、そんなにひどい痕なのだろうか。
「あの、鏡で確認しても良いでしょうか」
「かぁっ、確認!? ・・・わ、わかった。いま・・・持って来る」
頬に赤みを残しながら顔全体を蒼褪めるという、見たこともない顔色になった王子が立ち上がり、部屋のドレッサーから手鏡を持って来てくれた。王子の怯えるような態度に、ディアナは恐る恐る鏡を覗き、首周りに点在する鬱血したような痕を目にして呆然としてしまう。
呆けたまま鏡を見つめていると、王子が狼狽しているのが視界の端に見えた。
「吸うと・・・こうなるのですか? キス、とは違うのですか?」
「ち、違うのかどうかは解からないが、なんか、もう夢中で・・・・申し訳ない・・・」
首だけでなく鎖骨近くにまで多数の鬱血痕があり、問われたギルバードは羞恥に身悶える。
ローヴの杖で叩かれ目覚めた時、自分の腕はディアナをしっかりと抱き締めており、自分の唇はディアナの首に触れていた。目覚める直前、彼女の夢の中で自分が何をしていたかを思い出して目の前の痕に驚愕し、ローヴを見上げると、頭にそれまでの状況が映像となって届けられた。
まさか自分がそんなことをと戦慄くが、ディアナの首を見れば信じざるを得ない。
彼女は肌に痕が残るほどの執着を見て、どう思っただろうか。
そろりと窺うと自分をじっと見つめているから悲鳴を上げそうになる。
「あの・・・、御気になさらないで下さい。もう痛みも消えて来ましたし、これは・・・・殿下が私を想って下さっている証と・・・。あの、ですから本当に御気になさらず」
「・・・怒らないのか? 俺を詰ってもいいんだぞ」
「そんなこと! ・・・いえ、今までの私の態度が殿下にそう言わせているのでしょう。ですが、お願いですから言わせて下さい。長く眠り続けた結果、殿下にたくさんの御心配、御迷惑をお掛けしたこと、心より御詫び申し上げます。そして夢の中に迎えに来て下さり、ありがとう御座います」
深々と頭を下げるディアナの髪がベッドに滑り落ち、淡い光の波を作る。
そして、ゆっくりと持ち上げられる顔には深い安堵とともに柔らかな笑みが浮かんでいた。
謝る必要などないと何度も伝えていたが、長い眠りから目覚めたディアナは謝罪を口にすることで何かひとつ乗り越えようとしているようにも思える。謝りたいと思う気持ちは、それだけ相手を思っているからだ。ギルバードはディアナの手を握り、笑みを返した。
「ディアナからの謝罪を受け取ろう。だから、もう夢などに逃げるな。俺が自分の妃にと望むのはディアナだけだ。側に居たいと望んでくれるなら、もう離れないでくれ」
「はい、殿下」
「王主催の舞踏会で、俺の妃になるのはディアナだと、俺の婚約者として東宮に滞在しているのはアラントル領リグニス侯爵家息女だと知らしめる。・・・・い、いいか?」
「・・・・はい、殿下」
僅かに伏せられる視線に気づき、ギルバードの胸がチリリと痛む。
「あー、実は以前から東宮に滞在している女性は誰だと、この間の舞踏会で王と躍っていたのは何処の息女だと噂になっている。ディアナが俺の婚約者だと知れば、煩わしい妃推挙の話も消えるし、ディアナに近付こうとする不埒な輩も現れないだろう」
「・・・噂の件は以前、エディ様オウエン様から聞いております・・・」
「そうか。ではその噂に尾ひれがつく前に皆に公言し、ディアナの立場を明確にしたい」
小さく頷く彼女を前にギルバードの動悸は激しさを増し、性急過ぎるだろうかと口中が乾いてくる。だが、ここで怯んでいては一歩も前に進まない。
思い出すのは王に言われた言葉だ。
『自分の言葉に責任が持てるなら好きにするのもいいぞ。自ら動かねばならぬ時もある』
意味が解るほどに、その通りだと実感するのが口惜しい。幼い少女に無責任な言葉を吐き捨て魔法で侍女仕事を強要した挙句、それを放置していた自分だ。そしてディアナと出会ってから、今日まで何度彼女を翻弄して来ただろう。
悩ませ、攫われ、怪我を負わせ、今までと違う環境に彼女を置き、さらにこれからは王太子妃としての道を歩ませようとしている。ディアナが自分を好きになってくれたことは嬉しいが、どこにそのきっかけがあったのだろうと首を傾げたくなる。
深く考えると落ち込みそうで、ギルバードは握った手に力を込めてディアナに向き合った。
「夢の中で言ったこと、もう一度確認させてくれ!」
「―――え?」
「ディアナは俺の側に居たいと、一緒に乗馬をすると言った。俺と一緒にいるのは嬉しい、結婚の申し込みを受け入れる、俺と一生添い遂げる、俺の子を産んでくれると言ったな」
「・・・っ! ・・・あ、ぃ・・・い、言いました」
「間違いないよな?」
「は・・・、はい」
「俺の妃になってくれると、結婚すると、そう解釈してもいいんだな?」
「はい、・・・そうです」
「よぉっしっ!!」
ギルバードは全身を駆け巡る喜びに咆哮を上げた。そのまま驚きに目を丸くするディアナを抱き締め、頭にいくつもキスを落とす。今度こそは間違いないと、しっかり確認が取れたと盛大な笑みを零し、真っ赤に染まるディアナの頬を両手で包み込む。
「ありがとう、ディアナ! 愛しているよ!! っと、ディアナはしっかり食べて、風呂で身体を解して、ゆっくり休んだ方がいいんだよな。ああ、他に何か欲しいもの、飲みたいものはあるか? 俺にして欲しいことは無いか?」
「だ、大丈夫で御座います。・・・お、お気遣い頂き、ありがとう御座います」
「食事が冷めたかも知れないな。直ぐに温かいものに取り換えさせよう」
「い、いえ、そのままで結構で御座います!」
「そうか? 遠慮はするなよ。体力が戻ったら一緒に散策や乗馬をしような。あとは野菜と果実用の温室だったよな。あ、いま何か果物でも持って来させようか? 何が好きだ?」
「い、いえ。あの、今は・・・食事だけで」
「そうか? じゃあ、あとで俺がいくつか選んで持って来よう」
食事が乗ったトレーが渡されたディアナは、満面の笑みを浮かべた王子がいそいそとバスルームに消えて行くのを見送った。喜びに満ちた王子の顔を思い出すと頬がジワジワ熱くなり、食事の味がわからなくなる。湯を出す音が聞こえ、まさか風呂の用意をしているのかとベッドから足を下した瞬間、戻って来た王子に心配されてしまう。
「なんだ、もう食べないのか? 空腹で風呂に入ると倒れるぞ」
「あ・・・、いえ。それよりも殿下に風呂の用意をさせてしまい」
「気にするな! ほら、もう少し食べて、それから風呂に入って休んでくれ」
王子の全身から幸せオーラが溢れているようで、ディアナは視線を泳がせながら頷いた。寒いだろうとガウンを着せられたディアナは、眩しいほどの笑顔を浮かべる王子の熱い視線をヒシヒシと受けながら食事を終える。トレーを片付けた王子が風呂まで連れて行こうかと両腕を差し出すから、少し身体を動かしたいですと、必死に断った。
「じゃあ、ゆっくり休めよ。あとでまた顔を出すから」
片手を上げて退室する王子に小さく手を振り返し、扉の締まる音と共に一気に脱力した。普段から感情豊かな王子だが、普段以上に満面の笑みと饒舌な会話、そして過度とも思えるスキンシップに頭が茹りそうだと頬を押さえる。
そして入浴を済ませたディアナは、夜着を着ようとして鏡に映る首筋に真っ赤になった。
自城の厨房で働いていた料理人が、焼きもち妬きの奥さんにキスマークを付けられたと首を擦りながら話していたのを思い出し、これがそうかと羞恥に目が潤んでしまう。
その夜、夕食を運んで来た王子が、一緒に食べようと嬉々としてテーブルで給仕を始めるから、ディアナは慌てて飛び起きた。膝上に座るかと、自分の膝を叩く王子に強張った笑みで断りを入れるが、食事を終えると抱き上げられてバスルームまで運ばれてしまう。歯磨きを終えるとまたも抱き上げられてベッドまで運ばれ、髪を撫でながらお休みの言葉と共に額にキスが落とされた。驚きに目を瞑ると頬や鼻にキスが落ち、そして唇がそっと重なる。離れた唇は耳朶を擽るように、もう一度お休みと低い囁きを落とすから、ディアナは掛布に潜り込みたくなった。
王子が退室すると途端に静けさを取り戻す部屋。
その部屋に一人残されたディアナは、眠れるかしらと息を詰め続けた。