紅王子と侍女姫  80

 

 

眠れるだろうかと不安があったが、長い距離を馬車で移動した上に精神疲労もあったのか横になってからの記憶がない。ローヴに杖で叩かれ起こされるまでぐっすり眠っていた自分にギルバードは驚いた。

顔を洗い応接室に入るとラウルが食事の用意をしている最中で、領主の所在を問うと、城にある礼拝堂にいると教えてくれる。早速向かうと、城内の者だけが利用するという小さな礼拝堂に領主の姿はあった。

天井まで伸びる縦長の窓から朝日が差し込み、祭壇前で跪き両手を組む領主の蒼褪めた顔を映し出す。

 

「リグニス領主。・・・・少しは眠れたか?」

「ギルバード王太子殿下。・・・ええ、倒れている場合では御座いませんので」

 

強張った笑みを浮かべる領主に近付いたギルバードは、深夜に王宮魔法導師が来たこと、応接室を継続して使用すること、そして他国の魔法導師が今回の件に係わっている可能性が高いことを伝え、領主の前に跪いた。驚いたように退こうとする領主に動かないでくれと頼み、頭を垂れながら口を開く。

 

「十年前、お・・・私は王宮でディアナ嬢に魔法をかけてしまった。魔法を解くために王城に来て貰い、数か月を経て、やっとあらゆる問題が解決したと思ったのだが・・・・申し訳ない」

「いいえ、ギルバード王太子殿下が謝罪されることなど何も御座いません。わざわざ王宮より魔法導師様をお呼び下さりディアナの捜索に尽力下さっていること、感謝と共にとても心強く思っております。それに娘は必ず無事に戻ると信じておりますから」

 

憔悴した顔で、それでも笑みを浮かべる領主はやはりディアナによく似ており、ギルバードは彼の手を強く握り緊めた。行方が知れない娘の父として今はやり場のない張り裂けそうな気持ちだろう。しかし、他者を気遣うことが出来る寛容な精神の持ち主だ。その優しさに報うためにも、一刻も早くディアナを無事に連れ戻すと、ギルバードは新たな決意を胸にした。

  

「今回私がアラントル領に来たのは領主である貴方に話しがあるからだ。しかしそれはディアナ嬢と共に聞いてもらいたい話で、そのためにも必ず無事に連れ戻すと貴方に誓う。約束する」

「大変心強い御言葉をありがとう御座います。あ、遅くなりましたが王城の舞踏会に参加したと手紙に書かれていました。魔法が解けた祝いだと国王様より御招待頂いたそうで、親としてはありがたくも恐縮致しました。・・・きっと、ディアナには良い思い出となったことでしょう。今までの生活では想像することもなかった貴重な体験をさせて頂き、娘の親として感謝申し上げます」

「・・・想像することも・・・そうか、侍女として過ごしていたから」

「はい。そして、ディアナからの手紙を何度も読み返し、魔法が解けても娘の本質は些かも変わっていないと気付きました。ですから、これからは好きな料理や掃除をしながら穏やかな生活を過ごすのもいいと思っております。貴族らしい生活はディアナにとって窮屈に感じましょう」

「穏やかな・・・・窮屈・・・・」

「城内でなら好きに過ごすのもいいと、妻や娘夫婦と話していました。厩舎掃除は流石に困りますが」

 

困った顔で、それでも笑みを浮かべる領主を前に、ギルバードは言葉を失ってしまう。

確かに王城に来てからは穏やかな日常どころか、緊張を強いる生活が続いていたのは事実。

エレノアに頬を傷付けられ、過去を思い出した後は謝罪を繰り返し泣き崩れていた。魔法が解けた祝いだと舞踏会に強制参加させられ、そのせいで王弟とその娘に拉致され他国に売り飛ばされそうになり、ひどい怪我を負い、傷が治ったら再び攫われ今度は山中で一晩過ごす羽目に遭う。半月以上も目覚めることなく悩み続けたディアナと夢の中で互いの気持ちを再確認し、共に歩もうと誓い合ったばかりだ。

ディアナの両親へ結婚の承諾を頂きに行く前に、実家で自分を待ちながら穏やかに過ごしてもらおうと思ったのに・・・今度は何者かに馬車ごと攫われてしまう。

その全てが王子である自分絡みだ。

ディアナを幾度も危険な目に遭わせながら、これからの人生を穏やかとは縁遠い、窮屈な王城で過ごして欲しいと希った。彼女はそれを承諾してくれたが、十年前の出会いが無ければ、彼女の人生は本来あるべき姿の侯爵家令嬢として穏やかで幸せなものだっただろう。

いつしかギルバードの背には汗が滲み、痺れたように感覚を失う指先と急激に渇く咽喉。

さらに国王生誕祝いの舞踏会で、ディアナを未来の王太子妃として紹介するつもりだと伝えたら、領主はどんな表情となるだろう。何か伝えるべきかと渇いた咽喉に無理やり唾を飲み込んだ。だが頭の中は真っ白で、何を言うべきか欠片も出て来ない。

 

「長話をしてしまい申し訳ありません。殿下、朝食は御済ですか? 質素では御座いますが、量だけはありますので、侍従長様を始め、魔法導師の皆様も遠慮なさらずにたくさん召し上がって下さいませ」

「心遣い・・・嬉しく思う。ありがとう・・・」 

立ち上がり歩き出した領主の後に続きながら、それでもディアナを妃にしたいと、痺れる指先を握り締める。望むのは彼女だけだ。こんなにも欲しいと望むのも、愛しいと思うのもディアナだけだ。

一刻も早く彼女の笑顔が見たい。碧の瞳が自分を映すのが見たい。この手で、強く抱き締めたい。 

 

応接室に戻るとレオンの他、今回捜索に携わっている魔法導師が疲れた顔で揃っていた。

既に食事を終えたローヴがカップを置き、ゆっくりと顔を上げる。ギルバードが眉を寄せると、ローヴは目を細めて口端を持ち上げた。 

「っ! ・・・何か判ったのか?」

「アラントル領と隣国の間には大きな川と谷、深い森があります。その森には主に林業に携わる者や狩猟者が使用する小屋があるそうですが、調べたところ、二つの小屋に“目隠し”がされています」

「そのどちらかにディアナたちがいる可能性があると?」

 

カイルが頷き、袖から大きな地図を出した。アラントル領は王都から一番遠く離れた場所にあり、海もあれば山もあり、隣国との境に位置する。しかし大きな川と谷があるため、行き来するには主に海路を利用するのが一般的で、山間部に立ち入る者は限られている。 

「そのような場所に魔法の波動など、怪し過ぎて、逆に驚きです」

「ここだよと、教えているようなもの。何か別の意図があるのかと悩んでしまいます」

「周囲を探索しましたが領民が小屋近くに近付くと、それと判らぬように回り道する術が広範囲にかけられており、そこは褒めたくなりますね」 

巨大な鳥に変化してディアナ捜索に係わってくれた魔法導師三人が楽しげに笑いながら、地図上に印を付ける。谷にほど近い場所と川辺の小屋はそれぞれ距離があり、共に隣国に近い。地図を見ていたレオンが首を傾げて問い掛けてきた。

 

「その小屋にディアナ嬢たちがいるのは確実なのですか? 確実なら早急に小屋に向かい、“目隠し”を解いて救出されてはいかがでしょうか。攫われてから、もう既に幾日も経過しておりますよ!」

「レオン殿、その確認に戻って来たのですよ」 

カイトが困った顔で他の魔法導師に同意を求めると、他の三人も頷きながら肩を竦める。

目隠し術は小屋周囲だけでなく、隣国との境である森や谷川を含めた広範囲にまで施されており、更に二重三重に術を重ねている。それを力任せに解除していいのか、その反動がどの程度のものか不明瞭なために戻って来たと魔法導師は話す。攫われたディアナ嬢たちがいる小屋に近付けたとして、盾にされては困るし怪我をさせる訳にはいかない。どの程度まで近付いても検知されないか、入念な調べが必要だと。

 

「初期捜査では、アラントル領内に馬車を攫った後の行方は全く判りませんでした。グラフィス国より来た導師の『目』により、ようやく検知することが出来たのがつい先ほどのこと」

「更に我が国の魔法導師長が術を掛けたと知りつつ馬車を無理やり攫う輩です。かなり強硬な手段を取る可能性もありますので、慎重を期した方が良いと判断し、報告と指示を仰ぎに戻って来たところです」

「そうですか、判りました。・・・殿下、首の水晶に異常は無いですか?」 

レオンに問われ、ギルバードは首に下がる水晶を手にする。淡く輝く水晶は仄かに暖かく感じるが、他に異常は感じない。レオンに頷くと、ローヴが顎を擦りながら魔法導師たちに新たな指示を出した。

バールベイジ国城内で王女が支援している魔法導師は幾人いるのか、その者たちが今どうしているのかを調べて直ぐに報告するよう伝える。その物言いは既にビクトリア王女が犯人だと確定したかのようで、そしてローヴは一度王宮に戻ると杖を取り出した。

 

「これまでの経過を国王へ報告に戻ります。その間、殿下は今の自分に何が出来るか模索されながら、精神鍛錬もなさっていて下さい。何が起きても動じないよう、自己暗示を掛けることを勧めます。何度も言いますが、ディアナ嬢の生まれ故郷を無残な荒れ地にすることのないよう留意下さいね」

「精神鍛錬は解かるが、・・・無残な荒れ地に変えぬよう、一刻も早くディアナを取り戻すぞ!」

「くれぐれも単独行動はなさらないように。トリスト山の二の舞は困りますからねぇ」

「俺はディアナを連れて逃げていただけだっ! だが・・・、留意はする」

 

ローヴが笑みを零しながら【道】をくぐり、続いて全ての魔法導師が姿を消すと、応接室の扉が叩かれた。レオンが扉を開けるとラウルがお茶を運んで来たようで、ひと気が無くなった部屋の様子に目を丸くする。 

「ああ、魔法導師達は一度王宮に戻ることになった。・・・ラウル、領主に安心するよう伝えて欲しい。我が国の魔法導師は現世随一だ。慎重を期すため、もう暫くだけ時間が欲しい」

「あ、ありがとう御座います。早速、領主に伝えて参ります!」 

ギルバードの言葉に何か確信したのだろう、ラウルが目を潤ませて頷き踵を返す。

茶器を受け取ったレオンがテーブルに置きながら嘆息を零すのを耳にして、ギルバードは顔を覗き込んだ。いつもより飄々とした感じが薄れている様子に、流石に疲れたかとソファを勧めた。

 

「珍しいな、レオン。疲れたか?」

「・・・殿下がこの後どのように暴れるだろうかと昨夜は様々な想像を試みてみましたが、しかし実際にこの目で見たことがないため上手く想像が出来ません。それが口惜しく熟睡出来ませんでした」

「はぁ? ああ・・・グラフィス国商船の時は、王宮に居たんだったな」

「双子騎士より、真っ黒な海原の向こうから響き聞こえる破壊音や炭と化した帆柱の話は聞きましたが、目にする機会に恵まれず、トリスト山捜索の際は詳細さえ知らぬまま。私が殿下の魔法を目にしたのは、ディアナ嬢の魔法を解こうとして頭痛を起こさせた時と、勢い余って眠らせてしまった時くらいです」

「あ、あれは思わずっ! それにトリスト山中では逃げていただけだ。暴れてなどいないからな」 

ソファに腰掛けながら優雅な動きで紅茶を淹れると、レオンは苦悩に満ちた表情を見せた。一口飲むと大仰な嘆息を零して首を振り、眉を寄せてギルバードを見上げて来る。

 

「破壊の程度によっては隣国と被害金額の交渉もしなければなりません。もちろんディアナ嬢誘拐の首謀者に全額払って頂きますけどね。しかしアラントル領主への物理的弁償費用、精神的慰謝料や我が国への迷惑料は概算で良いとして、殿下が放つ破壊の程度が解らなければ概算の見当がつきません」

「いや、・・・破壊しないよう充分気を付けるから」

「多少の破壊は結構ですよ、アラントル領の民に怪我人などが出ない限りは。ただ、どの程度の破壊力があるかを目にしたことがありませんので被害金額が大まかにしか計算出来ず、昨夜は困りました」

「被害が出ないよう気を付けると言っている!」

「まあ、殿下が怒りに任せて相手ごと破壊してしまうのも楽しいですが」

「するかっ!」

 

憮然としてソファに座りカップを持ち上げると空だった。自分の分だけ淹れたのかと睨むと、垂れた目で微笑み返される。楽しげに立ち上がるレオンが紅茶を淹れるのを見つめながら、もしもディアナが怪我を負っていた場合、自分の衝動を抑えることが出来るだろうかと想像した。

いくら怪我を負ってもディアナは俺や相手を心配するだろうし、ましてやアラントルに被害があれば自分のせいだと気落ちするに決まっている。しかし彼女に何かあった時、冷静でいられる自信はなく、そうなるとグラフィス国商船のように領地を荒れ地にしてしまう可能性も・・・・・。 

「想像しましたか? 結構ですよ、相手を丸ごと消炭にされても。それでディアナ嬢が無事に戻られるのでしたら問題は何もありません。しかし、その事実をディアナ嬢がお知りになったら」

「しないと言っている! ・・・絶対に」

「そうですね、ディアナ嬢のために堪えて下さい。それに相手は一国の王女ですし、バールベイジ王が溺愛されている妃の娘。中身は兎も角、外見には怪我など負わせぬよう、一応気を付けて下さい」

 

レオンの言い方は精神的にはどのように貶めてもいいと言っているようで、では中身だけを消炭にするにはどうしたらいいのかと思わず考えそうになった。

 

 

 

***

 

 


「ディアナ嬢、先に休んでちょうだい」

「起きたら交代で休むから。エディ、俺はこっちの窓から外を見てるよ」

「じゃあ俺はこっちの窓担当な。まあ、魔法で食事をぱっと用意しちゃう奴が相手だから、いくら外を警戒してても、突然小屋の中に現れる可能性の方が高いけどね~」

「私などより、どうぞお二人の内どちらかが先にお休み下さい。小屋に連れ来られてからは、ずっと気を張っていましたでしょう? 代わりに私が外を見ますので」


今回の件に携わっている相手が魔法を駆使するなら、いろいろ考えても仕方がないことだ。

それよりも二人の気力体力を温存する方が大事だとディアナは考える。

テーブル上に現れた食事はとても美味しく、そして食べた分だけ勝手に増え、相手が何を考えているのか全く分からない。突然馬車ごと攫うという暴挙に出ながら、その後は優遇するという対応に戸惑ってしまう。数日は持たないのではないかと懸念していた薪も、使った分だけ自然に補充されていた。

王子が連れて来た一領主の娘が舞踏会で国王と躍ったのを、国内外の多くの貴族が目にして、どこの令嬢だと噂されているのは知っている。王子の妃を望むエレノアが自分を排除しようと動いた事実もある。今回の件も同じだろうと思うのに、攫って来てからは目的の要求や脅すなどの動きが全く無い。

ただ小屋から出られないだけ。

闇が広がる森を見つめ、ディアナは何度目かの溜め息を吐いた。今頃は、アラントルに到着した王子から話を聞いた両親も心配しているだろう。もちろん王子も何があったかと驚いて捜索を開始しているかも知れない。ここにいると伝えたくても手段はなく、知らせることが出来ずに焦れる思いは募るばかりだ。

「そう言わずに身体だけでも休ませて。足も腫れているしさ」

「もし何か動きがあった時、走ってもらうかも知れないし、ね?」

双子に言われて視線を落とすと、濡れたタオルの下で腫れている足が急に痛くなる。確かにこれでは素早く走ることなど出来ないと判り、素直に寝台に横になることにした。

 

夜明け前に目が覚めたディアナが寝台を整えていると、一向に変わらない景色を眺め続けたオウエンが頭を掻き毟りながら訳がわからないと文句を零す。

「ああああっ、動きが無いのが怖い! 食事も薪も減らないし、襲って来る訳でもないし!」

「ん~、馬車を攫った時が一番乱暴だったかな。あとは煙で燻された時か」 

「私たちを、この小屋に閉じ込めるのが目的・・・なのでしょうか」

首を傾げる双子に倣い、ディアナも首を傾げてしまう。

馬車ごと誘拐など乱暴と思える強硬手段を取りながら、その後は何の動きもない。逆に気を遣っている節もあり、夜の食事には高級なワインも現れるようになった。オウエンが菓子が食べたいと言えば出て来るし、エディがエールが飲みたいと言えばテーブルに現れるのだ。外からの情報は一切ない状態が続き、鳥の声や葉擦れの音に緊張する中、しかし何事もなく一日が過ぎていく。


「な~あ、オウエーン。馬車ごと誘拐されてから、もう何日? 身体が鈍るぅ」

「えっと・・・、四日目だな。ほんと、このままの状態じゃ太りそう・・・」

テーブルの上には温かな食事があり、暖炉には赤々とした温かさ。

襲ってくる輩の姿もなく、安穏とした日々が続き緊張の糸が切れそうだと双子が愚痴る。風呂に入れないくらいが問題だが、トイレの衝立を利用して身体を拭くことが出来た。暇だと言いながら、双子は小屋の中で椅子や薪を利用して身体を鍛えている。足の痛みが消えたディアナも、いざという時に双子に迷惑が掛からないようにと身体を解しながら時間を潰し、交代で休息を取った。 

王城を出てからは既に五日が経過し、だが何も起こらずに時間だけが経過する。薄氷の上を恐る恐る歩いているような気分で穏やかな非日常が繰り返されていた。

 

そして六日目。

突然、開かないはずの扉が勢いよく開き、カン高い声と共に訪問者が現れる。  

「御機嫌よう! エルドイド国王宮騎士団第二部隊所属、ギルバード王太子殿下の護衛をされておられるエディ様オウエン様。そして・・・・アラントル領リグニス侯爵家三女、ディアナ・リグニス、でいいのかしら? それともギルバード殿下を惑わす田舎臭い泥棒猫と呼んだ方が良くって?」 

捲し立てるような声と共にフリルたっぷりのローズピンクのドレスが広がっているのが見えたが、直ぐに視界から消えてしまう。目の前にオウエンが立ち塞がり、エディが腕を引いてディアナを庇うように背へと隠したからだ。一瞬垣間見た女性は高貴そうで、その背後には幾人もの騎士の姿も見えた。 

「やっと御出ましか。・・・我が国の貴族令嬢ではないようですねぇ」 

「どちらの国の姫君か、お聞かせ頂けますでしょうか。もちろん、俺らを攫った理由も」

 

初めて耳にする双子騎士の抑揚のない冷めた口調に驚く間もなく、小屋中に甘ったるい香りが広がっていく。女性が纏っている香水かと思ったが、それは段々濃く強くなり顔を顰めるほどとなった。

幾つもの靴音が聞こえ、エディの背後にいるディアナにも騎士が部屋に入って来たと判るが、それよりも窓を開けて欲しいと声に出したくなる。入り口で香水を撒き散らしたのかと思うほどの匂いに頭痛までしてきて、だけど双子騎士の邪魔にならないよう、ディアナは鼻と口を覆いながら動かずにいた。

 

「まあ、これはこれは挨拶が遅くなりまして。私はバールベイジ国第二妃が娘、ビクトリアと申します。エディ様オウエン様のことは、よく承知しております。殿下の忠実な臣下であり、殿下を御守りする大切な御役目を任されていらっしゃる。それと御二人の叔父上様は騎士団長ですわね」

 

オウエンとエディが顔を見合わせ、更に警戒を強めるのが伝わって来る。

他国の王女がどうして馬車を狙ったか、それは王子の妃に係わることだろう。双子騎士のことも調べたのか、騎士団長との繋がりまで知っている。きっと東宮に長く滞在する娘の存在も、その娘がアラントルに戻ることも調べたのだろう。そして邪魔だと馬車を狙った。でもローヴが馬車に目晦ましの術をかけたのに、どうして見つけることが出来たのか。 


「・・・バールベイジ国といえば、殿下が視察に行くと言っていた・・・」 

「ええ、殿下は来て下さいましたわ! 寒冷地に強い小麦を開発した私に会いに、ギルバード殿下は馬を駆らせて来て下さいました! ああっ、久し振りに拝見する殿下は以前より精悍な面差しになられ、長い視察旅行で以前よりずっと逞しく成長されておりました。何度も艶めいた視線で熱く見つめられ、もう、私は何度殿下に縋り付こうかと思ったことか!」

「・・・は?」

 

双子の肩がかくんっと下がるのを目にしながら、ディアナは王女の台詞に目が潤みそうになる。国内の貴族息女だけでなく、他国からも妃推挙が来ているのは耳にしたことがある。舞踏会では多くの令嬢が頬を染めて王子を見つめ囲んでいた。黒髪の王女と踊っている姿も目にした。

やはり妃選びには国益を重視すべきだと気付いたのだろうか。それとも国王を始め、王宮に従事する人たちに、一領主の娘では駄目だと説得されたのだろうかと項垂れそうになった。

 

しかし潤んだ瞳を強く閉じると、王子の真摯な眼差しと言葉が脳裏に浮かぶ。ディアナを心から望むと、欲しいと言ってくれた。何度も繰り返し、好きだと抱き締めてくれた。その王子の心を、私が信じなくてどうする。絶対に王子の許に戻るのだと、口に出して言ったのは自分だ。


では王女が小屋に足を運んだ真意は? 

それはエレノアと同じ、ギルバード殿下の妃を欲してのことだろう。誰もが望む、王太子殿下との結婚。王女はそれを強く強く望み、馬車を攫ってディアナたちを小屋へ閉じ込めた。

しかし双子騎士に対しては好意的な態度を取る。それは王女が言うように、二人が王子の忠実な臣下であり、二年間の全領地視察に護衛を任されるほど信頼されているからだ。

ディアナが顔を上げると、目の前には二人の大きな背がある。庇うようにディアナの前に立つ二人の背をしばらく見つめ、そして大きく息を吸い、王女の前へと足を進ませた。

 

 


 

 


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