紅王子と侍女姫  83

 

 

拍手しながら現れたのはローヴとカイトたち魔法導師で、柔和な笑みを浮かべて小屋の中を一瞥する。

ギルバードの腕の中でぐったりと項垂れるディアナを見ると僅かに眉を顰めた。

 

「殿下、破壊活動は屋根だけの様子で何よりですが、ディアナ嬢は無事ですか?」

「無事とは言えない。ローヴ、まずはそこの魔法導師を捕らえよ!」

 

括られるのを阻止しようと縄を押さえていた魔法導師たちは、のんびりした声とともに登場した人物に驚き悲鳴を上げる。エルドイド国王城の瑠璃宮に住まうローヴの存在を知らない魔法導師は、この大陸にはいないと言ってもいいほどで、ある意味伝説と化している部分もある。長生の術を自身に施した彼は見た目以上に高齢で、現在の国王が生まれる随分と前から瑠璃宮にいるとも聞く。その真偽は解からないが、王に対するフレンドリーな態度と老獪な口調が信憑性を増しているようにも思う。

そのローヴの背後から顔を出したカイトたちが杖を振り、縄と格闘していた五人の魔法導師を一纏めに括り上げた。近付き足払いすると見事に床にまとめて倒れ、怯えた顔で王女を見上げる。

ローヴが首を傾けながらギルバードに近付き、ここまでの経緯を尋ねた。髪を払って差し出した額に杖が触れ、ギルバードがここに至るまでの全てがローヴに伝わる。

 

「殿下、ディアナ嬢の手の傷はどのように?」

「え? ああっ、掌に血が! そういえばリグニスの城で俺の掌に痛みが伝わった。急な吐気にも襲われたが、それは飲み物を口にした時だろう。では手の傷はどうしてだ、オウエン」

 

オウエンが王女配下の魔法導師が縄で自分たちを縛り上げた後、ディアナが首に下げた水晶で縄を切ろうと奮闘したことを話す。渡された水晶を手にして、鋭い断面に顔を顰めながらローヴは「これで傷を作られたのですか」と痛ましそうな声を漏らした。

手の傷はディアナが双子を逃がすためだと知り、ギルバードは奥歯を強く噛み締める。またも傷を負わせてしまったと口惜しい思いでディアナを見つめるギルバードの耳に、テーブル上の薬瓶を調べていたカイルたちが「これは随分と強力な媚薬ですね」と呟く声が届き、思わず手にした柄杓を叩き壊した。

 

「俺に・・・媚薬を用いようとしたのか? ビクトリア王女、答えよ!」

「だ、だって、殿下は滅多に舞踏会に御参加ならさないから、好きになって頂く機会を設けることが難しいと、それで・・・・。ずっと長いこと、殿下が御気に召すことは何かと調べていましたのに、突然現れた娘が国王様と舞踏会で踊り、さらに東宮に滞在していると知り、焦ってしまったので御座います!」

「その前に記憶錯乱の薬をディアナに飲ませようとしたのは何故だ!」

「だ、だって、殿下に相応しいのは私だけですわ! それよりも、こんな田舎に住む、そんな痩せ細った娘に殿下が振り回されているのは何故ですの? その娘が殿下に何か強要しているのではなくて? そう思ったから配下に薬を作らせましたの。見当違いの想いを抱く前に、元の住処に戻してあげようと」

「ディアナを侮辱するのは赦さない!」

 

ギルバードが唸るような低い声と共に鋭く睨み付けるも、王女は言われた意味が解らないとばかりに首を傾げ、そして間をおいて驚いたように眉を顰めた。

 

「ああっ、やはり殿下はその娘に惑わされ御乱心されておられるのね! でも大丈夫ですわ。私の深ぁい愛情で、殿下の御気持ちを正して差し上げましょう。少しお時間を頂けましたら、美味しい紅茶を御用意致しますから。それを御飲みになりましたら・・・・・ぐっ、ふふふふふ!」

「・・・っ! ローヴ!」

 

足元から這い上がる寒気を感じ、背を揺らしながら薄気味悪い笑みを零す王女から視線を外した。これ以上王女と話しをしても埒が明かない。いや、話を耳に入れたくない。姿を視界に入れたくない。

この場はローヴに任せることにして、それより強力な媚薬を口にしたディアナの容態が心配だと見下ろすと、ドレスがひどく汚れているのに気付く。オウエンが吐き出したと言っていたから、その時に汚れたのだろう。今まで気にならなかったが、確かに臭いがひどい。

掛布の用意を頼み、小刀で汚れたドレスを裂き、直ぐにディアナに覆い被せて抱き上げた。

 

「俺はディアナを休ませるために場を移動する。もう一つの小屋に【道】を作ったと聞いた。フランツ、共に来てカリーナを呼び出して欲しい」

「ギルバード殿下!? そんな娘を抱き上げるなど、お止めになって!」

 

まだ現状を理解出来ない王女が金切り声をあげる。カイトが魔法導師たちの杖をオウエンから受け取り、その場で消炭にすると、王女から悲鳴が上がった。「媚薬を作ることが出来なくなる」と。

その悲鳴に、ギルバートは舌打ちしながら安堵した。これで妙なものを飲まされる心配がなくなったと。

 

「ではカイトとザシャ、ハインリヒはそこの魔法導師をまとめて例の邸に一旦幽閉して下さい。後で話を伺いましょう。フランツは殿下を、もう一つの『例』の小屋へ案内するように。殿下、ディアナ嬢が飲んだものの解毒薬をカリーナに作るよう伝え、あとは完全に抜けるまで休ませて下さい」

「わかった。しかし、領主には」

「ディアナ嬢の体調が戻るまで、父親であるリグニス様に知らせることは出来ませんでしょう。御心痛が増してしまいます。無事は伝えますから御安心を。・・・レオン様も心配されているでしょうねぇ」

「・・・・あ、すっかり忘れていた」

「ギルバード殿下っ、何処に行かれるのですか? そんな娘より、どうぞ私を御連れになって下さい! もう一つの小屋に行かれるのでしたら、是非っ!」

 

王女が唾を飛ばしながら真っ赤な顔で近付いて来る。寒気だか怖気だか、正体の解からないものに襲われたギルバードは、慌てて掛布の中のディアナを抱き締めて退いた。もうこれ以上、王女と同じ空間に居たくない。話は通じないし、自分が何をしたのかも理解出来ていない様子に、恐怖しか感じない。

テーブルを挟み入口へと向かうと、思った以上に俊敏な動きを見せて王女が近寄って来るのが見え、怒りと恐怖でテーブルを蹴り倒そうとした。

寸前、カイトが手にした杖を床に叩き付けると、王女の動きがピタリと止まる。王女は汗だくの赤ら顔に鬼気迫る笑みを浮かべながら両手を差し伸べた姿で固まり、オウエンが「怖ッ!」と叫ぶ。持ち上げかけた足を降ろし、ギルバードはローヴに向き直った。 

 

「・・・悪いが、王にこれまでの経緯を報告してくれ。ディアナの体調が戻り次第、早急に領主を安心させたい。事情説明もしなくてはならないだろう。それに伝えたいことがある。そのためにはディアナから飲まされた薬の効果を消すのが先決だ」 

「さて、王にはどのように説明致しましょうかねぇ」 

「・・・そのまま、伝えていい。カイトはそいつらを幽閉し終えたら、城で待機しているレオンの許へ向かってくれ。レオンに・・・俺からの謝罪と、経緯を伝えて欲しい」 

 

腕の中でじりじりと身悶えるディアナを見下ろし、ギルバードは眉を寄せた。 

媚薬を口にしたディアナが苦しんでいる。またも酷い目に遭わせてしまったと腕に力を入れて抱き締めると、ディアナから短い悲鳴のような喘ぎが聞こえた。慌てて力を抜くが、俯いたままで顔を見せてはくれない。肩に触れようとした時の拒否は媚薬によるものだと判ったが、それでも顔を背けられたことは衝撃だった。今度こそ、本当に嫌われてしまったかと目の前が暗くなった。違うと解かっても、今なお動悸がする。本当に嫌われてはいないだろうかと心配で堪らない。

 

「殿下、あちらの小屋まではディアナ嬢の負担にならぬよう、私がお送り致しましょう。万が一にも落とさぬよう、しっかり抱いていて下さい」 

「わかった。・・・ディアナ、少しだけ我慢してくれ」

 

フランツに促されて小屋の外に出る。大鷲に変化したその背に乗り、風に当たらぬようディアナを抱え直す腕に、彼女の緊張が伝わって来た。 

報告を受けた王がバールベイジ国の王女をどうするかまでは想像出来ないが、自分に対しての態度なら容易に想像出来る。またディアナに傷を負わせたのか、自分の嫁を守り通すことも出来ないのかと、胡乱な眼差しと共にネチネチ言われることだろう。しかし実際そうなのだから言い返すことも出来ない。

おまけにレオンからも嫌味を言われるだろうと想像し、溜め息が零れる。

 「・・・すいません、わたし・・・」 

掛布の中から弱々しい声が聞こえ、ギルバードが漏らした嘆息にディアナが謝罪したのだと気付く。

慌てて「違う!」と返したが、それ以上は何を言えばいいのか判らず、抱きかかえる腕に力を込めた。

 

小屋に到着すると、変化を解いたフランツが大仰な咳払いをする。

そして「驚かないで下さいね」と前置きして、小屋の扉を恭しく開いた。

目に飛び込んで来たのは桃色の洪水だ。さっきまでいた小屋と同じ大きさの室内に、ピンク色の驚くほど大量の布地が飾られていて、ギルバードは小屋の入口で唖然とした。 

窓にはフリルたっぷりの重厚なカーテンが下がり、床一面には濃いピンクの絨毯が敷かれている。

淡いピンクの布地に覆われたテーブルには真っ赤な薔薇が活けられ、軽食とワインが置かれていた。二人掛けの椅子にはピンクレース地のクッションが置かれ、用意されたカップは二つ。小屋の奥には精緻な花柄模様の刺繍が施された天蓋が掛けられた寝台があり、見える掛布もピンク色。

小屋全体がフリルとレースとピンクに染まっており、目を瞠ったままギルバードは立ち尽くす。

 

「な・・・なんだ、これは? あっちの小屋と・・・まるで違うぞ」 

「これは私どもの想像でしかありませんが、どうやら殿下に媚薬を飲ませた後、ここで既成事実でも作ろうと思われていたのではないでしょうかねぇ、あの王女様は」

 

肩を揺らして忍び笑いを漏らすフランツに顔を向けるが、直ぐに背かれた。

小屋に到着した後、周囲を調べ終えて扉を開いた時、ギルバードと同じように唖然としたと笑いながら教えてくれるが、笑いごとじゃないと口を尖らせる。 

悪趣味としか思えない部屋の誂えに、それでも柔らかく大きな寝台があるのはありがたいとディアナを寝かせた。王女の企みを考えると気分が悪くなり総毛立つが、今は頭から振り払ってディアナの心配をしようと寝台の側に跪く。 

「カリーナを呼びます」 

フランツの声に顔を上げると、扉近くの壁がぐにゃりと歪む。

見慣れた衣装と顔が見え、その眉を寄せた険しい表情にギルバードは思わず立ち上がり背を正した。

フランツの杖を額に宛がい大まかな事情を知ったカリーナが、飛ぶように寝台に近寄り掛布を静かに払う。寝台の上のディアナは白いシュミーズとコルセットに包まれた胸を忙しげに上下させ、荒い息を吐きながら身を丸めていた。その姿を見たカリーナに何故か睨みつけられ、ギルバードはドレスは酷く汚れていたから仕方なく脱がせたのだと、蒼褪めながら弁明する羽目に遭う。

 

「吐かせたが、どの程度口にしたのかは不明だ。その前に記憶錯乱作用のある薬を飲まされそうになったが、それは吐いたと聞いた。ザシャたちが用いられた薬を検めていたから、詳しく聞いてくれ」 

「わかりました。では殿下、直ぐに解毒作用のある薬湯を作りますから、ディアナ嬢の様子を看ていて下さい。ひどく苦しまれる場合はコルセットを外し、首周りを冷やすのもいいでしょう。・・・くれぐれも騎士道精神を重んじて下さい。殿下を・・・信じていますからね」 

「・・・ああ、わかった」

 

カリーナが何を信じると言っているのが痛いほど伝わる。わかったと答えたのに、カリーナは動かない。

もう一度「わかっている」と言うが、胡乱な視線が投じられ、更にもう一度「わかった」と宣誓した。 

フランツが小屋周りに結界術をかけ、カリーナが戻るまで誰も近付けないようにしたと言い残してローヴの許へ戻る。次いでカリーナも姿を消すと、ギルバードの全身から力が抜けた。

カリーナがどれだけディアナを心配しているか、そして自分自身が信用されていないかが解かる。それは何度もディアナを泣かせ、傷付けていたからだ。ギルバード自身に責がないとしても、原因の発端は王子にあると、守ると言ったのに守れていないじゃないかと暗に伝えて来る。

本来は王だけに従事する瑠璃宮の魔法導師が、王族でもないディアナに関心を寄せている事実に、嬉しくも正直驚きを隠せない。カリーナは母のように、姉のように心を砕いている。気付けばローブや他の魔法導師だけでなく、王を始めとして宰相やレオンたちも同じだ。

 

寝台には俯せで震え続けるディアナの姿。掛布が剥がされたままなので、白い下着姿と淡く染まる肌から目が離せない。聞こえてい来るのは苦しげに掠れた吐息。 

ギルバード自身はあらゆる毒や刺激に耐えられるよう、幼少時から様々な試しを経験しているが、その中でも取り分け、媚薬は過ぎると耐え難い苦痛を伴う。頭の中がドロドロとした浅ましい欲望に犯され、自分でも信じられない願望を思い描き、為そうと手が動く。いくら抗おうとも生理的欲求には敵わないと知り、そして堕ちるのだ。達しても達しても、薬効が切れるまでは繰り返される激しい衝動と欲求。思い出すだけでもゾッとすると身を震わせる。

初めての身では辛かろうと声を掛けたいが、何と言っていいのか思い浮かばない。 

寝台に腰掛けると飛び跳ねんばかりにディアナの身体が震えた。

 

「カリーナが直ぐに解毒作用のある薬湯を作って来る。それまで・・・耐えてくれ」 

「・・・・はい」

 

小さくも返事が聞こえたことに安堵する。もっと水を飲ませて吐き出すことが出来たら良かったと考えると同時に、口移しで水を飲ませたことが思い出され、じわりと頬が熱くなる。

 「そうだ、ディアナ。水を飲むか? 首周りを冷やすのもいいと聞いた」 

頭に過ぎった考えを振り払うように慌てて立ち上がり、水場で水を汲みタオルを濡らす。

水を飲むために起きて欲しいと、俯せのままのディアナを揺すった。それだけでディアナから悲鳴が上がり、起き上がると真っ赤な顔で振り向き、涙目で違うと首を振る。

 

「違っ・・・。殿下が、イヤなのでは・・・な」

「気にするな。飲まされた薬の作用で・・・、少し敏感になっているだけだ」 

「あ・・・熱い、のも? か・・・身体中が火照ってしまうのも?」

「そうだ。だから水を飲んで、タオルで冷やそう」  

 

そうか、薬の作用で身体が熱いのかと、ディアナは羞恥に染まる頭で頷いた。

ドレスから解放されて楽になったはずなのに、疼くような熱は治まる気配がない。水を飲めば、もっと楽になれるのだろうかと起き上がろうとして、掛布の上についた手を滑らせた。目の前に差し出された手に身体を支えられた瞬間、腰から背を突き抜けるように駆け上がる衝撃に声が上がる。 

「あっ、あぁっ!」 

寝台から転げ落ちそうだった身体を包み込む腕の感触に、さらに悲鳴が上がりそうになり、口を押さえようとして肩を掴まれた。助けようとして差し出された王子の手。解かっているのに、止めてと突き放したくなる。

 

「ディアナ! あ・・・だ、大丈夫、か」 

「・・・あ。・・・だ」

 

直ぐに大丈夫と伝えることが出来ない。いま感じた激しい衝動は間違いなく快感だ。どうしてと強く眉を寄せ、襲い掛かる感覚に耐えようとする。気遣う王子が身体を力強く支えながら、水を飲もうと、寝台に座らせてくれた。触れられるたびに身体が戦慄き、熱い吐息が零れそうになる。

遠く聞こえた言葉が脳裏に浮かぶ。誰かが口にしていた、媚薬という言葉。

しかし、それがどんな作用を齎すものなのかディアナには解からない。

解かるのは裡から湧き上がる熱と、触れた場所から広がる焦れるような疼き。王子が肩を掴んで身体を支えている。それだけで背が撓り、咽喉が仰け反りそうなほど下肢の間に熱が籠るのを感じた。 

何故、どうして、恥ずかしい。 

触らないで、これ以上は近付かないで。 

いや、もっと触れて。強く、いつものように抱き締めて。 

顔が熱い、胸が痛い。訳がわからない熱を抑えるには、どうしたらいいの。 

唇に冷たいものが触れ、強く瞑っていた目を開けた。心配そうな顔の王子が水を差し出し、飲めと促している。王子の唇が視界に映り、ディアナの鼓動が一気に跳ねた。 

―――欲しい、触れたい。

頭に浮かんだ言葉が零れる前に、ディアナは行動に出ていた。

スルリと伸びた手が目の前の愛しい人の首に回る。喘ぐように唇を重ね、喰むように啄む。強く頭を掻き擁き、幾度も場所を変えて口付けるディアナは、ギルバードに跨りながら髪を引っ張る。

 

「ディア・・・ちょ、んんっ」 

突然、彼女から口付けをされ、漏れる吐息と艶めかしい姿態に驚きながら、ギルバードはディアナが落ちないように腰を掴んで引き寄せた。

 

「あっ、あ・・・んぅ・・・!」 

その瞬間、痙攣を起こしたようにディアナが震え、ギルバードの髪を掴んだまま仰け反り、やがて膝上に崩れ落ちる。その姿を目にして、ギルバードの頭の中は混乱と衝撃と歓喜が駆け廻った。

それでも掴んだ腰から手を動かさないのは、これは媚薬のせいだと判っているからだ。媚薬のせいで熱を帯び、その熱が快感を得ようと暴走しているだけだと。 

だが目の前の痴態に咽喉が鳴ってしまうのは仕方がないだろう。

目を潤ませながら吐息を零し、官能の焔に舐められ困惑するディアナの姿に、襲い掛からないよう堪えるのが精一杯。でも目を閉じることはしない。肌を上気させ、甘い吐息を零し、欲に濡れた眼差しを向けられ、その視線から目を外すなど出来る訳がない。

 

「あ、あ・・・。い、や。ど、して・・・」 

戸惑いにボロボロと涙を零し、ディアナはギルバードにしがみ付く。激しい困惑と自分への嫌悪に打ち拉がれながら、王子から離れることが出来ない。抑えようと思っても知らず腰が揺れてしまう。腰を支える王子の手から伝播したように全身に快感が広がり、身体の奥から疼くような熱が生じる。

もっと欲しい、もっと強く掴んで抱き締めてと口から零れそうで、必死に唇を噛み震えるしか出来ない。

 

「ディアナ、薬のせいだから・・・泣かないでくれ」 

「で、も・・・んっ、や、・・・うぅ」

 

泣き崩れたディアナから零れる吐息が、甘やかに耳を擽る。騎士道精神を叩き起こしても、胆力を駆使しても、この甘い吐息の前には形無しだ。しかしそれはディアナの本心ではないと解かっているから手は動かせない。全身を強張らせて震え、汗を滲ませながら耐える姿を前に心が痛くなる。

 

「ディアナ、泣くな。・・・泣かなくていい」 

ディアナが膝上に跨った状態でギルバードの腰を足で挟み、首に回した腕でしがみ付き、喘ぐように吐息を零す。しかし押さえ込もうとしても腰は揺れ、それが恥ずかしいと尚も強くしがみ付く。慰めようと背を撫でると大きく戦慄く身体。息を詰めながら胸を摺り寄せ、そして苦しげに嗚咽を漏らす。 

 

「・・・ディアナ、一度・・・」 

ギルバードの頭に、一度達した方が楽になるだろうかと考えが浮かぶ。

薬湯が来るまで我慢させるのは酷だろうと。 

背を撫でる。それだけで彼女は仰け反り、声を出すまいと唇を噛む。

いや、カリーナが解毒薬を持って来るのを待った方がいい。

・・・そう考えながらも腰から離れて背を撫でる手は大きく動き出した。その動きに、ディアナは悲鳴に似た喘ぎを上げて身体を震わす。仰け反った咽喉に口付けると、開いた口から「あつい」と告げられる。身体を支えながらコルセットの紐を緩めていくと、肩から下着の紐が落ちた。白くまろやかな肌が現れ、首筋から肩へと口付けていく。

断続的な短い喘ぎが耳を擽り、落ち着くよう自分に何度も言い聞かせながらコルセットを外し終えた。

 

「でんか・・・でんかぁ・・・ふっ、くぅ・・・」 

「ディアナ、大丈夫だから。今は何も考えるな」

 

羞恥に頭を染めながら、与えられる快感に溺れる。汗ばむ肌を啄まれ、王子の言葉通り何も考えることが出来なくなる。息を吸い、吐くだけしか出来ない。肩を掴んだ手が背をなぞりながら腰を掴む。小さな火花が何度も爆ぜるのを感じ、気持ちがいいと柔らかな髪を掻き乱す。 

噛み付くように口付けされ、強く舌を吸われた。咥内いっぱいに舌が這い回り、噛まれ、舐められ息が出来ない。腰を掴む手に力が入り、肩から落ちた手が背を撫で廻る。息が苦しいと喘ぐが差し込まれた舌は蠢き続け、頭の奥で白黒の火花が何度も爆ぜた。

背を撫でていた手が腰へと下がり、そして脇へと撫で上げて行く。強く引き寄せられ、強く舌を絡ませ、強く抱き返す。苦しいと思いながら、もっと寄越せと、もっと与えて欲しいと腰が揺れる。

そして―――――。

 

「っ! あ、ディア・・・遣り過ぎた・・・か?」

 

腕の中で突然ディアナから力が抜けたのを感じて、慌てて引き離して気を失っているのに気付く。口元がしとどに濡れ、思わず視線を逸らすと今度は胸元が視界に入る。 

これ以上目にするのは心臓に悪いと寝台に寝かせ、掛布を被せて息を吐いた。 

どうにかカリーナが薬湯を持ち戻って来る前に、暴走することは避けられた。一晩、今の媚薬に溺れた状態のディアナと一緒に居ろと言われたら、きっとなし崩しに抱いていたかも知れない。ディアナの両親がいるアラントル領で。結婚の意志を伝える前に。

 

「危なかった・・・」 

「何が危なかったのですか? ディアナ嬢は眠ってしまわれたのですか?」 

「・・・っ!」

 

壁から姿を見せたカリーナの声に、ギルバードはひどく狼狽して椅子を蹴倒して床に転がった。

その様子を訝しげに見つめるカリーナが床の一点を見つめ、目を見開いた。何だと、カリーナが見つめる先に視線を投じ、ギルバードは声無き悲鳴を上げる。

 

「こっ、こ、こ、これはディアナが熱いと、そ、それで!」 

「・・・私がいない間、ディアナ嬢に何をされました?」 

「な、何もしていない。ちょっと・・・少しキスをしただけだ! 媚薬で辛いと泣き出したから、キスして慰めて! それだけだ! 本当に!」

 

怪訝な表情を崩さないカリーナが手にした薬湯を突き出す。そろそろと受け取り、寝ているディアナに振り返った。気を失うように眠ったばかりの彼女を起こすのは可哀想だ。だが目覚めて、また同じように苦しませるのはもっと可哀想だと首を傾げると、カリーナが大仰な嘆息を零しながら壁に向き直った。

 

「ローヴへ報告して参ります。薬湯は口移しで飲ませ、終わりましたら指輪で御連絡を。噎せ込まないように慎重に飲ませて下さい。・・・コルセットの件は、熱いと苦しまれるディアナ嬢のために外したとおっしゃる殿下の言葉を信じます」

 

その言葉にギルバードの手がそろりとコルセットに伸び、急ぎ丸めて、寝ているディアナの枕元に置く。振り向いたカリーナの視線が痛いが、ギルバードは強張った笑みを浮かべて見送った。

 

 

 

 

 

 

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