紅王子と侍女姫  85

 

 

「もしかして、王城から招待状が届いていない・・・とか?」 

レオンの問いに、ラウルが所在無げに頷き返す。ディアナからの手紙もアラントルには届いていない。

それはバールベイジ国の王女が奪ったからだと双子から聞いている。王女が自らそう言っていたと。では王城からアラントルに向けた書簡は全て盗まれていたのか。

唖然とするギルバードに、領主が言葉を詰まらせながら困惑した声を上げる。

「い、一週間では娘夫婦も、妻も帰って来ません。出掛けたばかりですので。私もその間に漁業組合長と酪農協会の主だった者と来期収穫について話し合いをするため、この城で会議を行なう予定でした。そ、それは後回しにすることが出来ますが、王城に出掛ける馬車や衣装の用意、空いた城をどうするかまでは・・・正直頭が回らないというか、その・・・・」 

突然の事態に対処出来ずオロオロと狼狽する領主を前に、ギルバードはどこまでも面倒を掛ける王女だと舌打ちを零す。 

「と、取り敢えず皆様いろいろありましたので、お疲れで御座いましょう。今日のところはどうぞお休み頂いて、明日改めて話し合いをされてはいかがでしょうか。湯の用意は出来ております。食事は部屋に運ばせて頂きますので」 

気を配したラウルが明るい声を出して提案すると、レオンが賛同して王子の背を押す。

そして「久し振りの親子の時間ですよ」と耳元で呟いた。

そう言われると、これ以上邪魔は出来ない。ディアナは自城に着く前に攫われ、娘より先に王子が到着したのだ。娘の帰郷も知らずにいた父親は王子の来訪に驚き、娘が攫われた事実に嘆き悲しんでいた。再開するまでの領主の気持ちを慮ると、しばらくは親子でゆっくり過ごすのがいいと納得する。

ディアナ救出に動いていた間、ラウルと共にレオンがそれぞれの部屋の誂えを済ませたらしく、前回使用した部屋に案内された。部屋の中まで入って来たレオンが開け放っていた窓を閉め、ギルバードが腰掛けたソファに深く座り、優雅に足を組む。

 

「殿下、まずはディアナ嬢の無事奪還、お疲れ様でした。カイト様と双子騎士から概ね話は伺いましたがバールベイジ国王女の奇行、見た目通りにねっとりとした性格をお持ちのようですね」

「ディアナが出した手紙を奪い、王城から出された書簡も奪い、さらにアラントルに入った途端に攫い、記憶混乱の薬を飲ませて山に放り出そうと考えたらしい。その後、別の小屋で・・・俺に・・・。くっ、駄目だ。思い出すだけでも気持ちが悪い・・・っ!」

聞くと滑稽な、しかし実際目にすると淫靡な雰囲気漂うフリルだらけの小屋を思い出し、ギルバードは這い上がる悪寒に震えた。媚薬を口にしたとしても王女にそんな気になるはずなどない。絶対ないと断言出来る。湯気が立つピンク色の肉塊が脳裏に浮かぶと同時に吐き気が込み上げ、鳥肌が立つ腕を擦った。

 

「縄で括られた双子を助けるため、王女に差し出された薬杯を飲もうとされていたようですが、余りの不味さに吐かれたそうですね。しかし最後に出された薬杯は飲み干され、それは媚薬だと聞いております。王女が殿下に飲ませようとして用意したとオウエンが・・・。まさか、双子より帰りが遅かったのは!」

「レオン、妙なことは考えるなよ。・・・カリーナが解毒作用のある薬を作る間、別の小屋でディアナを休ませていただけだ。その、休む前に少し・・・媚薬で戸惑うディアナを抱き締めてキスをしただけだ。媚薬を飲んでからの記憶を一時的に移動させているから、ディアナに話すなよ?」

「どのような悪戯をディアナ嬢にされたのか、詳細に御教え下さ・・・っと、嘘ですよ」 

ギルバードが殺気を漲らせて腰に佩いているモノに宛がうと、レオンは苦笑しながら諸手を挙げて退く。

 

「視察に赴いた時にも、あからさまに媚薬入りとバレバレの紅茶を殿下に飲ませようとしていましたね。エレノア様といい、癖のある女性ばかりが殿下にアプローチなさるのは傍から見ていると、ただ楽しいとしか・・・ああ、怒らないで下さい。そうそう、王宮側では今回の件に絡むような動きは一切なく、誘拐に関しては王女が単独で動いたことは間違いないとのことです。さて、どうしましょうかねぇ」

「知らん! もう王女には係わりたくない! ――――とは言えねぇな・・・」

「報告にアラントル領への書簡強奪も付け加えておきましょう。この醜聞に対し、バールベイジ国はどのような謝罪をエルドイド国にしようとするのか、今から楽しみですよ」 

謝罪といえば王弟絡みのグラフィス国の件もある。

あの事件の後、我が国の宰相がわざわざ赴き、正式な謝罪は受けたがエレノアの婚姻が無効となり、その矛先がディアナに向けられた。グラフィス国も王位継承者が国を捨て大騒ぎになったらしいが、王弟との密約で港に来た商船が運んでいた大量の火薬や武器となり得る品々、何より王弟に攻撃性のある魔道具を要求した事実は未だ誤魔化そうと躍起になっているらしく、担当の宰相が追及し続けている。グラフィス国から来た魔法導師はその詳細を知らない者ばかりで、調査が滞っている状況と聞いた。

それでも今後の国交方針など大方片付いたと思われたが、今回はバールベイジ国だ。

これ以上ディアナを悩ませる原因を放置するつもりはない。

しかしディアナへの婚姻申し込みに戸惑うリグニス領主に、半月後に迫った国王生誕祝いの舞踏会。

今回の件でディアナが攫われ、再び傷付いたことを知った王に何と謗られるか想像するだけで頭が痛くなると、ギルバードは額を押さえた。



 

翌朝、部屋から出ると腹を刺激するいい匂いが鼻を擽る。

食堂に居たのはディアナで、執事のラウルと朝食の用意をしていた。紺地に花柄模様のデイドレスに白い前掛けの彼女は、ギルバードに気付くと面映ゆそうな笑みを浮かべて朝の挨拶をする。一晩経過しても、媚薬で乱れたことは思い出せていないようだ。

 

「お早う御座います、殿下。朝食は有り合わせで申し訳御座いませんが、昼食は町に下りて買い物をして参りますので、お好きなものをお作りさせて頂きます。宜しければ菓子も焼きましょうか」

「おはよう、ディアナ。それなら一緒に買い物に行こうか!」 

 ちょうど馬車もあるしと席に座ると、後から来たレオンに小突かれた。

「ディアナ嬢、お早う御座います。・・・殿下、ディアナ嬢とのんびりいちゃいちゃ買い物などしている暇があると思っているのですか? 一刻も早く王城に戻り、国王に報告と事態の収拾に努める義務があるでしょう! ディアナ嬢の警護は双子に任せて、朝食を食べたら直ぐに出立しますよ!」

「レオンっ! 一日くらい・・・、いや半日くらいいいだろう?」

「殿下が戻るまで、王女はあのままですよ?」

「永久にあのままでいいだろう。何の問題がある? 逆に世の中が平和になって大助かりだ! そのままバールベイジに送り返せばいい。エルドイドから沙汰があるまで正門前にでも飾って置け」

 

ギルバードが憮然として言い放つと、ディアナは悲しげに項垂れる。

移動した先の小屋で目覚めた彼女は双子騎士だけでなく、王女の心配もしていた。口を挟むことは無いが心の中では王女への対応が心配でならないのだろう。

その優しさはディアナの美徳でもあるが、攫われた挙句に妙なものを飲まされたという自覚はあるのだろうか。山に放置され獣に襲われそうになったと憤ることは無いのか。

――――ないのだろうな。だからこそ愛しく想い、守りたいと思うのだ。

ギルバードが脂下がった顔で握り拳を震わせていると、のんびりした声が食堂に届けられた。

 

「おはよう御座います、皆さん。殿下、食事が済みましたら昨日の小屋に行き、魔法の痕跡が綺麗に消えているかを検めて来ますので、終わりましたら共に王城に戻りましょう。馬を駆けるより【道】を使った方が早く戻れますしねぇ」

「ローヴ。小屋は、昨日カイトやハインリヒが修復したはずではないのか?」

ローヴが椅子に腰掛け、出された紅茶を口に運びながら柔和に微笑む。

「王女が集めた魔法導師の中には、遠い異国からバールベイジに来た者もいます。小屋の修繕とは別に、周囲にかけた目晦ましの他に何か異国の魔法の痕跡が残っていないかを調べた方がいいでしょう。あとで問題が生じるのは困りますからねぇ」

 

川を挟んだ向こう岸は他国の領域。両国間のためにも万が一にも影響が出てはいけないとローヴは言う。魔法に関しては魔法導師長のローヴに任せた方がいい。

しっかり、じっくり隅々まで検分してくれと頼み、検分が終わるまではアラントルに留まると決定する。 

「よし! では、食事が終わったら一緒に買い物に行こう!」

嬉々としてディアナに向き直ると、襟首を掴まれる。振り向くとレオンが冷笑を浮かべ、国王が納得するような書類作成を行いましょうと迫って来た。ギルバードが検分が済んでからまとめて書くと言うと、呆れたように溜め息を吐く。

「ディアナが無事に戻って来て、好きなものを作ってくれると言うんだ。こんな貴重な機会を逃す訳が無いだろう? これから一週間も離れなきゃならないんだ、少しくらい融通を利かせろ」

「まあ、仕方がありませんね。王城に戻ったら馬車馬のように働いて下さいよ」

「あ、あの、では・・・ご一緒に。その前に畑に行きたいのですが、よろしいですか?」

「もちろんだ。手伝うぞ!」

 

はにかんだ笑みを浮かべるディアナに、ギルバードは大きく頷いた。

背後ではラウルが王子たちの遣り取りに目を瞠り、ぽかんと口を開けている。更に双子が食堂に現れると一気に賑やかになり、最後に現れた領主が戸惑いながらも食事を始めましょうと声を掛ける。

「ディアナが作る食事は久し振りだ。菓子も楽しみにしているからな」

 

嬉しそうな王子に、はいと返事を返す娘を目にして領主は複雑な笑みを浮かべた。

「あの、食事をしながらで結構なのですが伺いたいことが御座います。昨夜話があった・・・舞踏会で殿下の婚約話が公布されると・・・その、そのままディアナは王城に留まることになるのですか?」 

領主の問いに、レオンが即答する。 

「そうされるのが妥当でしょう。婚約者としてディアナ嬢の名前が公布された後は王城内で厳重な警護が必要となりましょう。そして約一か月間、どこからも反対意見がない場合、ディアナ嬢はめでたく王太子殿下の花嫁となられます。挙式は王城内の礼拝堂で―――」 

「ええ!? こ、国王陛下の生誕祝いの舞踏会が半月後で、そ、それからひと月後に花嫁っ!?」

 

それは余りにも性急過ぎではないのかと領主は蒼白になる。魔法が解けたといっても、ディアナは田舎育ちの上に長い間侍女として過ごしていた。貴族息女の何たるかを学ぶ講義を嫌々ながら受けていたことを思い出してディアナに振り向くと、彼女も驚きに目を丸くしていた。

 「ディアナも・・・知らなかったのか?」 

頷く娘の顔色が悪くなると同時に、王子の機嫌が悪くなる。 

「・・・何か問題があるのか?」 

「昨夜も・・・御伝えてしましたが、家族への報告も出来ぬまま、心の準備も出来ぬままでは正直、戸惑うばかりで・・・・。もちろん、ディアナの殿下を慕う気持ちはよく解かりました。しかし魔法が解けて王城から戻って来た娘は、これから自領で穏やかに過ごすものだと思っていただけに、一晩経ってもまだ気持ちが・・・整理出来ないでおります」 

「領主の言うことは尤もです。侍女として働きたいと願う娘を親の庇護のもと慈しみ続け、しかし魔法を解く必要があると王城へ連れ出され、やっと戻って来たと思ったら寝耳に水の殿下からの婚姻申し込み。親として気持ちの整理など出来るはずもありませんよねぇ」

 

穏やかな口調で、しかしローヴは畳み掛けるように話す。息を詰まらせたギルバードは、そろりと領主を見つめた。眉を顰めたまま僅かに視線を下げる領主を見て、胸が痛くなる。 

 

「それでは次の舞踏会での公布は執り辞めましょう。ディアナ嬢は母上や、姉上ご夫婦が戻って来られるまでアラントルに身を置き、そして家族で話し合って下さい。もちろん国王の生誕祭には必ず出席して頂きますので、その時は双子と共に王城にお戻り下さいね。いうなれば、一時帰宅・・・みたいな?」 

「レッ! ・・・っ」 

 

レオンの提案に思わず立ち上がるも、ギルバードは唇を噛み締めて言葉を飲み込んだ。

自分ではやっと心が通じ合い、やっと婚約まで漕ぎ着けたと思っていたが、確かにディアナの親にしてみれば青天の霹靂でどう対応していいのか判らないだろう。突然王子が領地に現れ、娘が攫われたと聞き、やっと戻って来たのに一週間で再び別れが来る。それは余りにも性急かとギルバードは項を掻いた。 

 

「レオンの提案に・・・賛成する。だが、ディアナが俺の妃になるのは決定だ。・・・もう少し、時期をずらして公布することにしよう。ディアナ、それで・・・いいか?」 

「は、はい、殿下」

 

急に問い掛けられ背を正すディアナの表情に浮かぶ安堵の色に、ギルバードはがっかりと肩を落とした。視察前、長い眠りから目覚めたディアナと、これからはとんとん拍子に幸せの階段を上がっていくのだと思っていただけに、彼女の安堵する柔らかな笑顔が恨めしいとさえ思う。美味しいはずのディアナ手作り朝食も味が判らなくなり、それでも食事を終えた。

 

「では私は小屋周辺を細かに検めて来ます」 

問題があれば即時対応すると言うローヴに、領主とラウル、ディアナは深く頭を下げた。小屋は狩猟をする者が使用するだけでなく、川や谷を渡り密入国する輩を見張る場所でもある。そこに妙な魔法が残っていては困ると、魔法導師長であるローヴ自ら検めに行くのだ。自然と、下げる頭も深くなる。 

 

「領主、どうか御気になさらずに。元はと言えば殿下に乞い焦がれる女性が仕出かした愚かな行為。逆を言えば、我が国の王位継承者がモテるという事実に、心から喜びましょう」 

「ローヴ・・・早く行って来い」 

 

ギルバードを弄り終えたローヴは杖を振って姿を消した。すると今度はその背後からレオンが深く腰を折り、ディアナに向かって頭を下げる。

 

「ディアナ嬢、私は貴女にお詫びしなければならないことがあります。殿下が視察にお出掛けの間、ディアナ嬢をアラントルに行かせてはどうかと勧めたのは私です。それが今回の事態の発端かと思うだけで、胸が裂けるほど口惜しいのです」 

「そんな・・・レオン様、そのようなことは御座いません。誰も怪我をされませんでしたし、自領に戻れたのはレオン様の御言葉のお蔭です。久し振りに戻ることが出来て、本当に嬉しいです。レオン様には何時もいろいろとお気遣い頂き、心から感謝しております」 

「ああ、ディアナ嬢。―――殿下との結婚を取り止めませんか?」 

「・・・え?」 

「レオンッ!?」

 

レオンから発せられた突然の言葉に、場に居た全員が驚き固まった。優雅に跪いたレオンは驚きに固まるディアナの手を恭しく取り、そして真摯な眼差しで彼女を見つめると、周りの動揺を無視して口を開く。

 

「殿下からの婚姻申し込みを退け、そして私、レオン・フローエと添い遂げ、セント・フォート公爵家の一員になっては頂けないでしょうか。そもそもディアナ嬢に目を留めたのは、殿下より私の方が先。その麗しくも愛くるしい美貌に心奪われ、褒め称えたのも私が先ですよね?」 

「待て、レオン! 声を掛けたのは俺が先だ!」 

「それはディアナ嬢が幼少時のことでしょう?」 

「違うっ! 視察で泊まった晩、見回りしているディアナに声を掛けたことが原因で火傷して、それで部屋で手を冷やして薬を渡したと言っただろう! た、確かに美しいと褒め称えたり口説いたりはしなかったが、先に話し掛けたのは間違いなく俺が先だ!」

 

突然何を言い出すのだと、ギルバードはディアナを抱きかかえてレオンから遠ざけた。

抱き締められたディアナは真っ赤になり、顔を隠そうとして領主とラウルの愕然とした顔を目にする。まるで王太子殿下と王太子殿下付き侍従長が自分を取り合っているような場面を目にして、二人はどう思っているだろう。ディアナは一気に蒼褪め、慌てて王子の手を解いた。

 

「お、お父様っ! し、城のみんなは休暇中だと聞きました。ですから畑仕事と掃除をさせて頂けますでしょうか! その後買い物に行き、皆様の昼食と焼き菓子を作りたいのですが、よろしいですか?」 

早口で訴えながら、ディアナは袖を捲った。

やる気充分の娘を目に、領主とラウルは一抹の不安を感じて顔を見合わせる。魔法が解けたという王子の前で、畑仕事だ掃除だ料理だと口にするディアナは果たして本当に魔法が解けているのだろうかと。領主とラウルの表情を読み、レオンが優雅に立ち上がった。

 

「ああ、魔法はきれいに解けておりますので御安心を。しかしながら長年培った勤労意欲はディアナ嬢の性格となり、その全てが愛しいと殿下はおっしゃっております。ですから何の問題もないのですよ」

「そうだ、領主。ディアナは王城でも料理を作ってくれた。素晴らしく美味しかったぞ。領主も言っていたな、ディアナは料理が上手いと。俺は彼女の作る物を、これからも口にしたい。だから・・・どうか、ふたりの結婚を快く承諾してくれると嬉しい。俺は、いや私はディアナを永久に愛し続けると誓うから」

 

ギルバードが真っ直ぐな言葉を伝えると、領主は一瞬たじろぎ、そして困ったように笑みを返した。一族の長としてなら答えは出ている。しかし娘の親としては戸惑うばかりだ。王宮という、未知なる場所での生活で彼女が幸せになれるのか、心の安寧は得られるのか。願うは娘、ディアナの幸せだけだ。末の娘が侍女として働き続けた長い時を経て、まさか自国の王子と恋するようになるなど想像もしていなかった。

領主は大きく息を吐き、眉を寄せて自分を見つめる娘に振り返る。

 

「では昼食に間に合うよう、美味しいワインを運ばせよう」

「ありがとう御座います、お父様」

領主様ではなく父と呼んでくれるディアナに、領主は心から笑みを返した。 

 

 

ギルバードは、朝食の片付けを終えたディアナが畑に向かうのについて行く。昨夜はゆっくり話すことも出来ずに就寝したから、どうも物足りない。レオンは今回の件を大まかにまとめておくと応接室に向かったし、双子はラウルがワインを取りに行くのに同行することになった。馬車で行くというから、大量に持ち帰るのが想像出来る。

 

「ディアナ。・・・ど、どこか身体に不調はないか?」 

「はい、問題御座いません。昨夜はよく眠れましたし」 


皆さんに迷惑を掛けたのに、ぐっすり眠れたことが恥ずかしいと続く。芋を掘り出す手伝いをしながら、そろりとディアナを窺うが本当に問題はないように見える。一時的に記憶を移したといっても、違和感を覚えたり夢で魘さなかっただろうかと懸念していただけに深く安堵した。

一緒に町に行って買い物を済ませ、厨房に立つディアナの手元で変わっていく食材を眺める。彼女の手の内にある野菜の名前を尋ね、作って欲しい菓子をリクエストし、味見をしながら楽しいひと時を過ごす。このままローヴの調べが永遠に終わらなければいいのに。

そう考えていると、残念ながらレオンの声が聞こえて来た。


「ただいまローヴ様が戻りました。小屋とその周囲に魔法の痕跡はなく、他にも問題がないそうです。安心して領民の皆様に御使用頂けると、ローヴ様の御墨付き。・・・さて、殿下」

「ま、待て! ディアナが昼飯を作ってくれている。こんなにたくさん作ってくれたんだ。残すのは勿体無いし、それに俺のために作ってくれる菓子も食べずに戻るなどイヤだ!」


双子騎士も戻って来ていないし、レオンもローヴも腹が減っているだろうと続けると、もう何度も聞き慣れた噎せ込むような笑い声が聞こえて来た。レオンが飄々とした顔で笑うローヴの背を擦りながら、肩を揺らしているのが見え、悪ふざけが過ぎると文句を叩き付ける。


「ディアナ嬢、今からでも遅くはありませんよ。政務をさぼろうとする我が侭な殿下の許に嫁ぐのは考え直した方が良いのでは?」

「レオンっ!」


何と言っていいのか困りながら、ディアナは昼食の用意を始めた。ラウルも苦労しながら双子騎士を連れてワインを持って来たようだ。やはり試飲をして来たようで、双子は真っ赤な顔で手を振り、満足げな様子が見える。そのまま部屋に戻り少し寝かせてもらうと言う双子を、領主とラウルが老体に鞭打ち引きずるように連れて行く。

 

「あいつらが目覚めるまではアラントルにいる。・・・護衛がいなくては心配だからな」

 

ギルバードがそう言いながら席に着くと、ローヴとレオンが引き攣った笑い声を立てながらテーブルに突っ伏した。



 

 

 

 

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