紅王子と侍女姫  123

 

 

「我が国が送った書簡の内容に間違いはありません。私が申し上げた内容に関しても、覆すつもりはありません。ですから、見合い話の持ち込みは、今後一切お止め頂くよう、再度、重ねて申し伝えます」 

ギルバードは慇懃に伝えるが、周りにいる各国の姫たちは退こうとしない。こっちの言っていることが分かっているのかいないのか、目を潤ませ泣きそうな表情を浮かべて儚げな風情を醸し出しながら、決して逃がしはしないとばかりにしっかりと大地を踏みしめギルバードを包囲している。 

「ですが、国王陛下はまだお若いのですから、殿下の婚姻も急く必要などありませんでしょう?」 

「そうですわ。殿下はまだお若いのですから、ゆっくりお考えになる方がいいと思いますわ」 

「ゆっくりと時間を掛け、長い人生の御伴侶をお選びになって頂きとう御座います」

自分が言っている内容に何も間違いはないとばかりに語り続ける姫たちに、ギルバードは強張った笑みを周囲に向けた。

「・・・・、私の気持ちは固まっています。急いているつもりもありません」 

「もう少し、ほかを見る時間を設けるつもりは御座いませんか?」 

「出来ましたら、直接お話しをする機会をいただきたいのですが」 

「・・・・、私の気持ちは固まっております。他を見る必要はありません」 

「殿下、そちらのガゼボへ移動しませんか?」 

「ひとりひとりと、ダンスしながら語り合うのはいかがでしょう」

 

ギルバードが歯噛みしながら唸ろうと、拒絶のオーラを醸し出そうと、姫たちに聴く気持ちは全くないようだ。同盟国を遇する側としての礼儀を失しないように最大限の気配りをしているというのに、己の欲求だけを口にする浅ましさは、ギャアギャアと餌をねだる雌鶏の群れにしか見えない。 

その雌鶏の向こうにいる愛しのディアナのそばにはローヴだけでなく、何故かレオンまでいた。芝に胡坐を掻いたレオンは、ディアナを見上げて膝を叩いている。どうやら奴は自分の膝上に座ってくれと訴えているらしい。素気無く断られている様子に安堵するが、こちらを注視している王と姉たちのニヤニヤ顔に苛立ちが再燃する。

 

ディアナが庭園で雌鶏たちから何を言われたか、どんな目に遭っていたかは想像に易い。

レオンが懸念していように、ディアナが噂の婚約者ではないかと訝しんでいた者がいたようだ。相手の迷惑も顧みず執拗に山ほど書簡を届ける輩のこと、ディアナが怯えるほど辛辣な物言いをしたことだろう。

――――ディアナに、またしても多大な迷惑を掛けてしまった。

これがきっかけで、やはり自領に帰りたいと言われては大変だ。同じ王城の敷地内にいることが出来たというのに話すことも出来ず、せっかくの舞踏会ではほかの男と踊る姿を指を銜えて見ていることしか出来ずにいた。これでは何のために王城に招いたのか・・・・・・。 

これではアラントル領に通っていた時の方がマシだった。姿を見ることはもちろん、声は聴けるし、触れ合えるし、手作り料理も振舞ってもらえた。だいたい、同盟国会議に何故姫たちが同行している。いつもは各国の大臣や使節大使だけが参加しているというのに。・・・・・ああ、解かっている。面倒な見合い話の持ち込みを断るためとはいえ、年頭に発した自分の言葉が原因であることは。 

「・・・・はぁ」

苦々しく吐いた嘆息にも王女たちは頬を染める。まあ、殿下はとてもお疲れですのね、ぜひ一緒に休みましょう、とガゼボに誘う。雌鶏たちの声を耳にするのも、姿を見るのも嫌になった俺は王子の仮面を外すことにした。 

 

「俺は、どこにも移動しないし、ダンスも踊らないっ」 

ギルバードが冷たい一瞥を放つも、姫たちは悩ましげな吐息とともに惚けた視線を向けてくる。聞いてないということが丸わかりだ。 

「いいか、しっかりと聞け! 俺は、俺が選んだ、惚れた相手と結婚する。だから、何を言われようと、俺の気持ちは変わらない。見合い話の持ち込みも、はっきり言って迷惑だ!」

女性に対してどうかと思うほどの大声で区切りながら怒鳴ると、ようやく飲み込めたようだ。場にいる全員が愕然とした表情へと変わっていく。しかし、ひとりの姫が声を上げた。

 

「ですが、同盟国の王族のどなたにも殿下から申し込みはありませんでした。一時期、王城に滞在していたという貴族息女がお相手ではないかとの噂がありましたが、そこにいる娘は違うと申しました。では、どなたが殿下の御心を射止めたのでしょうか。どうか、この場ではっきりとお教え下さいませ」 

優雅にドレスの裾を持ち上げながら御辞儀した黒髪の姫は、ディアナが王と踊った舞踏会に参列していたギーネスト国の第一王女で、ディアナは王城に滞在している賓客だと説明されたはずだ。

あの舞踏会の後、ディアナへの想いを自覚したんだと懐かしい過去に浸りそうになったギルバードは、慌てて頭を振った。ディアナが婚約者ではないと否定したのは記憶がないからで、記憶が戻れば正式に、盛大に、国を挙げて発表してやる。そのためにも、この面倒ごとを早々に片付けねばならない。

 

「殿下は大国であるエルドイド国の未来を担う御方。ですから、殿下がお選びになる伴侶は同盟国の誰もが認める高貴な女性でなければなりません。エルドイド国の発展のためと、殿下に有益となる血筋正しい王族が好ましいと存じ上げます」 

「そうですわ。エルドイド国の更なる発展のためにも、未来の妃となる女性は身分高き方が望ましいと、みな思っております。殿下が選ばれる女性がどれほど高貴な方か、興味を持つのは当然のことですわ」

「私も知りとう御座います。エルドイド国の王太子がどの国の王族から相手をお選びになられたのか」

 

黒髪の姫を援護するかのように、ほかの姫たちまでが追従するように訴え始めた。

ああ・・・・また同じことの繰り返しだ。何度言っても理解せず、払っても払ってもまとわりつく蜘蛛の巣のようだ。雌鶏以下の凶悪な猛禽類に、何をどう言えば理解できるのだろうか。 

「半年もお相手の名を知らせずにおられるのは何か意味があるのでしょうか。もしも殿下のお心が今だにはっきりと定まっておりませんのでしたら、わたしどもにも機会をいただきとう御座います」 

黙ったままのギルバードに黒髪の姫が近付き、手を伸ばした。真っ白な指先はギルバードの袖口から二の腕へと擦るように撫で始め、何が楽しいのか目を細めクスクスと笑んでいる。 

不快だと苛立ちもあらわに腕を振るが、姫が驚いたのは一瞬だけで、すぐに笑みを浮かべ直した。理解力が乏しいわりに胆力だけはありそうだ。

 「よろしければ、殿下とふたりきりになる・・・・お時間をいただけましたら、と」 

「まあ。でしたら、わたしくはその次に」 

「そこのガゼボはいかがですか? それとも室内の方がよろしいでしょうか」 

 

ああああ、もう嫌だ。なぜ、自分は帯刀していないのかと歯痒くなる。目の前で揺れ動く頭飾りを切り落とせば、その口は閉ざされ自国に逃げ帰るはずなのに。

ギルバードの苛立ちが伝わったのか、視界の端でレオンが立ち上がるのが見えた。さらには王が大仰なしぐさで肩を竦めるのも見え、ギリリと口内に嫌な音が響く。 

「はっきりしたら公布する。しかし、まだその時ではない。俺はどの姫とも話すつもりはないし、俺の気持ちが変わることはない!」 

早くその時が来てくれたらいい。その時が来たら盛大に発表してやる。

そのためにはディアナと過ごす時間が必要だ。面倒ばかりの舞踏会はお開きにして、ディアナと庭園を歩こうか。いつか連れて行くと約束した、瑠璃宮魔法導師管轄の温室はどうだろう。夜に咲く珍しい花々に驚きて碧の瞳を大きく見開き、嬉しそうに匂いを嗅ぐ姿が目に浮かぶ。そのためにも近衛兵から剣を奪い、振り回した方が早いかも知れない。・・・・いや、王が爆笑するだけか。

 

「殿下、剣術試合に参加されているような顔をされてますよ。誰と戦うおつもりですかぁ?」

「そんなの、わかっているだろう!」 

近寄って来たレオンは「まあ、落ち着きましょう」と怒り心頭のギルバードの肩を撫でる。振り払おうとするもレオンの手は離れず、楽しくてならないという表情を姫たちに向けた。 

「これだけ拒絶されてもなお殿下をお求めになられる。それだけの価値があると、姫様方は必死になられておられる。怒鳴られても、睨まれても、御自身と自国の輝かしい未来のために邁進されていらっしゃるのは流石です! 殿下、どうでしょう。もういっそのこと、この中からお選びになられては?」 

 

ギョッとするようなことを口にするレオンを殴ってやろうかと拳を振り上げると、レオンは身体を震わせ始めた。なんだと思う間もなく真っ赤な顔になり、腹を抱えて笑い出す。それも周りが引くくらいの大爆笑だ。ひぃひぃと背を丸め、自分の膝を叩いて笑っている。人の腰まで叩くから、「痛い」と文句を言うと、咳き込みながらもようやく身を起こした。 

「あー、笑った。笑わせてもらいました。・・・・まあ、殿下の性格では、好きでもない相手と婚姻など無理でしょうねぇ。無理強いをされるくらいなら、王位継承権を放棄する方を選ぶでしょう」 

その台詞にほっとして肩から力が抜ける。

そうだ、お前は解かっているじゃないかと頷いていると、怒りに満ちた視線と声がレオンに向けられた。

 

「あ、あなたは、何を馬鹿なことを口にされるの!? 王族の婚姻は国をさらに大きく強固にするために必要な政策ではありませんか! 王位継承権を放棄するなど・・・、そのようなことを聡明な殿下がなさる訳がありませんわ」 

よほど憤りが激しいのだろう、黒髪の姫は顔を歪め、見てわかるほどに肩を戦慄かせている。

彼女の人生で、こんなに大きな声を出すことも、怒りを感じることもなかっただろうなと眺めていると、視線に気づいたのか呼吸を整えた姫が優雅に腰を折った。 

「ギルバード殿下。どうかエルドイド国の王太子として、我が国からの見合い話をもう一度ご検討下さいますよう申し上げます。・・・・田舎領主の娘との戯れはほどほどに」

 

反射的に動こうとするギルバードを止めたのはレオンだ。

振り上げる寸前の腕をひかれ、「ディアナ嬢が見ておりますよ」と耳元に落とされた台詞に、目の前が歪むほどの憤怒が薄れていく。ともに過ごした時間を戯れと詰られ、ディアナはどう思ったか。互いの気持ちが通じ合っていれば誤解と解ってもらえるだろうが、記憶のない今、やはりあれは王子の戯れだったのかと信じ込まれては困る。

血の気が下がった顔を向けると、まっすぐに自分を見ているディアナと目が合った。

わずかに眉が寄っているが、それは雌鶏の放った言葉に傷ついているのではなく、王子の立場を懸念しているようにしか見えない。同盟国との関係が壊れやしないか、王子の尊厳が損なわれないか、それだけが心配だと眉を寄せているように思えた。いや、きっとそうだろう。心優しい彼女のことだ。自分よりも他人を優先するのは記憶があってもなくても変わらない。いつの間にか、ディアナのとなりには王と姉たちがいて、ギルバードが何と答えるのかを楽しそうに観ている。

 

「・・・・何を言われようと俺の気持ちは変わらないし、見合いをするつもりもない。それよりも、我が国の民を馬鹿にする物言いはお止め頂こうか。不愉快極まりないっ!」

「ま、まさか本当に田舎領主の娘を娶ろうとお考えですの!? 殿下がそのようなことを口にされては国王陛下もお嘆きになりましょう」

しつこく喰い下がる姫をギルバードは嘲笑う。 

「はっ! 嘆くわけがない。・・・もう、これ以上の口論など無用だ。姫たちは大広間に戻るなり、国へ帰るなり好きにするがいい」

踵を返そうとするギルバードを、またも肩を掴んだレオンが止める。

「まあまあ、殿下。それでは姫様方も納得されませんでしょう。このまま放置すると、また同じことの繰り返しとなります。ここは私が王太子殿下付の侍従長として、ひと言申しましょう」

軽く咳払いしたレオンは恭しく御辞儀をすると、「姫様方、お聞き下さいませ」と微笑んだ。姫たちが戸惑いながらも頷くと、レオンは注目を集めるように片手を胸に、もう片手を夜空へ掲げ上げた。

 

「我が国の王族の婚姻は、双方の同意があれば成立致します。お相手の貴賤は一切関係ありません」

「―――――え?」

「ですから、お相手の家柄や立場など関係なく自由に恋愛し、婚姻されるのです」

姫たちは意味が分からないとばかりにギルバードとレオンを交互に見る。やがて、意味が理解出来たのだろう、顔色を変えて狼狽し始めた。

「そ、んな・・・・まさか、嘘ですわ」

「嘘など申しません。我が国の国王陛下は歴々、心より愛する方と幸せな婚姻生活を送られております。そちらにいらっしゃる陛下も然り。ですから殿下もそうなる・・・・・予定です」 

最後のひと言が余計だと睨むが、レオンは上手く説得できたと得意顔を見せる。だが、相手は雌鶏から格上げの猛禽類だ。そんな説明で納得する訳がなかった。

 

「そっ、それでも、同盟国とこれからも友好関係を望むのであれば、王族同士が婚姻を結ぶのが定石ではないですか! アルフォンス国王陛下も王妃に選ばれたのはベルラント国の第一王女だったはずですわ。貴く身分高い王族との婚姻こそが殿下に相応しいと、わたくしどもはそうお伝えしているのです!」

その一言に、ギルバードは嘆息する。

「・・・・俺の母親はこの王に従事する魔法導師だった。姫たちが言う、貴き身分でも王族でも貴族でもない。母親譲りの黒髪黒瞳を持つ俺に、同じことをもう一度言えるのか?」

「・・・っ!」

ギルバードの生まれた経緯は周知の事実だ。金髪の王の子が黒髪黒目なのは、母親である魔法導師の血を継いでいるからだと同盟国の王族にも周知されている。それをいまさら、王太子だからというだけで高貴な身分だと持ち上げ、王族同士が婚姻を結ぶのが当たり前だと声高々に叫ばれても苦笑するしかない。

 

「さきほどもお伝えしましたように我が国では自由恋愛が基本です。それに、どちらの王妃様とも陛下は恋愛結婚でしたよ。傍でずっと仕えていた宰相である父が申しておりました。一日中イチャイチャされて目のやり場に困る上、政務が滞ることが多発していたと」

羨ましいことですと腕を組むレオンの横で、ギルバードは王を胡乱な眼差しで見た。

過去の想い出に浸っているのか、王は感慨深げに瞼を閉じて何度も頷いている。その横ではディアナが綺麗な瞳を潤ませ、どことなく楽し気に王を見上げているから困りものだ。入宮して間もない魔法導師を執拗に追いかけ回したうえに押し倒した結果、俺が生まれたのだと聞いたら、ディアナは何と思うだろう。

もし・・・・・ディアナの口から、似た者親子ですねと言われたら、軽く死ねるかも知れない。 

もしもの想像に懊悩しているギルバードの横で、レオンが自慢気に語る。 

 

「ですから、殿下が誰に惚れようが、誰と婚姻しようが、まったく問題はないのです」 

「そんな・・・大国の王族ですのに」 

ひとりの姫のつぶやきが聞こえ、まだそんなことを言うのかと呆れてしまう。

培ってきた環境が違うのだから、どれだけ説明されても納得することは難しいだろう。それでもエルドイド国はそれで上手くやってきた。問題が生じたのは昨年の夏、ディアナが東宮に滞在していた際に起きた王弟とその娘が逆恨みによって起こそうとした謀反だけだ。ギルバードの出自を問題に挙げ、それなのに自分の娘との婚姻を迫ったのだ。王弟である叔父のことは反面教師として頭の片隅に転がしてある。

 

「侍従長の言った通りだ。従って、見合い話の持ち込みも、惚れた相手を誰何されるのも断固拒否する。同じことを、明日以降繰り返すと言うなら・・・・・・俺もいろいろと考えなければならないだろう」 

「殿下、バールベイジ国の二の舞はお止め下さいね」 

「しない―――――と、誓えたらいいな」 

そういえば、あの肉塊の存在をすっかり忘れていた。かの国からその後音沙汰がないため忘却の彼方だったが、全てが上手くいったら特赦を与えてもいい。レオンが言っていたように、俺の姿が悪鬼羅刹に見える術をかけてからだが。 

大人しくなった姫たちに視線を移すと、信じられないと呆然としている者、未だ公布されていないことに希望を繋ごうとする者、そして、感情が昂り過ぎて唇を戦慄かせる者に分かれていた。

 

王が「話が終わったなら、解散だ」と、ディアナの肩を親し気に引き寄せた。ぎょっとするギルバードを無視したまま、「私と一曲、お願いできるかな」と、ディアナを連れ去ろうとする。 

ちょっと待てと叫びそうになったが、ギルバードの周りには邪魔な同盟国の姫たち。ここで不用意に声をかけるとディアナに注目が集まる。やはりそうなのかと標的にされては困る。だが、このまま離れたくはない。詫びや、諸々の誤解を解きたい。それよりも―――――ただ、話がしたい。そばに行きたい。

 

「アルフォンス国王陛下、その御息女を・・・・私にお任せ下さいませんか」 

王の足を止めるように目前に現れたギルバードを、器用に片方の眉だけを上げた王が見返す。 

「こちらの貴族息女を、何故おまえに任せねばならぬ? 同盟国の姫たちの眼前だ。お前の言動は彼女を危険に曝す可能性もある。それでも彼女の手を取りたいと、お前はそう言うのか?」 

「――――はい」 

視線をディアナに固定したまま王の言葉に力強く頷くと、背後から感嘆の声と拍手が聞こえた。レオンとロマンス好きな姉たちだろう。苦味虫を噛んだような表情の王に懇願を繰り返す。

ディアナを自分に渡して欲しい、その手を取りたいのだ、と。

しかし、返ってきたのは辛辣な言葉だった。 

「自分は婚約者ではないと他国の姫たちの前で耐え続けたディアナ嬢の気持ちを無駄にするつもりか? 第一、半年以上も経つのに、お前は何をしていた? 恋文ひとつも送らず、指を銜えていただけじゃないか。さらにはディアナ嬢を守ると言ったくせに、口先ばかりで現実はどうだ? 成長しているのは彼女だけだ。そんな愚かな男に、可愛いディアナ嬢を任せるわけがない」

 

鋭い指摘に俯きそうになるのを、ギルバードは必死に堪えた。ディアナへの接近禁止命令を出したのは王だが、それを愚直に守っていた自分が情けない。アラントル領のために多くを学びたいと願うディアナの邪魔になってはならないと踏み止まっていた事実もある。

だが、ディアナは出立前に言っていたではないか。

いまの自分は以前の自分とは違うと。王城で記憶が戻る努力をすると。

その努力の手助けをすると誓ったのに、実際には今の今まで何ひとつ成せていない。想いをしたためることも、時間を捻出することもせず、ただ指を銜えていただけだ。これでは愚かだと詰られても仕方がないではないか。

それでも、いまは反省する時間さえ惜しい。このまま離れては駄目だと、強く、深く思う。

 

「王女たちがお前の一挙一動を見ているぞ。ディアナ嬢は私に任せて、お前も大広間に戻った方がよいのではないか?」 

「いえっ。誰に何を見られても、どう思われても構いません。同盟国の姫方には舞踏会場に戻るよう、先ほど伝えました。俺は、ディアナのそばにいます。王よ、その手をお渡し下さい」 

「・・・愚息がそう言っているが、ディアナ嬢はどうしたい?」

 

 

 

 

 

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