紅王子と侍女姫  60

 

 

「あ、あのカリーナさん。殿下に朝食を運ばせるなど、そんな」 

「良いのです! 熱があるから起こさないようにと釘を刺しましたのに、私の忠告を無視してディアナ嬢を起こすなど、問題あり過ぎです。見守っているだけと約束しましたのに、全くあの王子は、ディアナ嬢のことになると直ぐに暴走されるのですから」

 

カリーナの文句は止まらず、袖から出した杖で床上の朝食を綺麗に消すと、今度は優しげにディアナの額を撫でる。その手の冷たさに熱が出たのだと判るが、それよりも肩と腕の痛みの方が強く感じた。心配をさせてしまい申し訳ないと柳眉を寄せると、扉が叩かれる音がする。もう朝食を用意して王子が戻って来たのかと驚くと、ローヴがゆったりと入って来た。

 

「ディアナ嬢、お加減はどうですか? 殿下がディアナ嬢の様子を見て来ると行ったきり、戻って来ないと王が拗ねておりましたが、殿下のお姿は・・・ありませんねぇ」 

「殿下はディアナ嬢の朝食と薬湯を用意しに行っておりますわ」

 

さらりと答えるカリーナを見て、ローヴは楽しげに笑う。 

そしてベッドに近付くとディアナの顔を覗き込み、小さく頷いた。

 

「何の心配もいりませんからね、ディアナ嬢。傷は綺麗に治しますし、熱も痛みも今日だけのこと。何より、殿下と御話しされたことで、心の憂いは払拭されたようですね」 

「み、皆様に御心配頂きましたこと、心よりお礼申し上げます。カリーナさん、もう殿下を叱らないで下さい。私は殿下と話すことが出来て・・・本当に良かったと思ってますから」

 

ディアナがカリーナを見上げながら伝えると、彼女は困った顔でローヴに振り向く。楽しげに笑うローヴに肩を落としたカリーナは、肩の処置をするための塗布薬を持って来ると言い残して姿を消した。柔らかな笑みを浮かたローヴがベッドの端に腰掛け、何も心配いらないとディアナに語り掛ける。

 

「殿下が食事を持って来ましたら、しっかりと召し上がり、薬湯を飲み、その後は何も考えずに眠って下さい。ゆっくりと休むことがディアナ嬢の仕事ですよ」 

「はい、そうさせて頂きます」 

 

ディアナの返答を聞き、ローヴが袖から魔道具を取り出して枕元へ置いた。ディアナが顔を動かして見ると、それは四角い箱で、オルゴールだという。音の出るカラクリ箱など見たことが無いディアナが不思議そうに見つめていると、食事が済んだら王子に蓋を開けて貰うようにと説明される。

 

「薬湯を飲んでも直ぐに痛みが消える訳ではありませんからねぇ。このオルゴールが奏でる曲を聞くと、心身ともに安らかに休めるように工夫が施してあります」 

「まあ、ありがとう御座います」 

「殿下とようやく御心が通じ合った、その御祝いですよ」

 

ローヴの柔らかな笑みを見上げ、目を瞬いたディアナは直ぐに真っ赤になった。

どうして部屋にいなかったローヴがそれを知っているのだろうと頬を染めたディアナの胸中に、ふと疑問が湧き上がる。国王は認めてくれたと王子が言っていたが、では魔法導師長である彼は、王子の気持ちを受け入れた私のことをどう思っているのかと、今度は蒼褪める。

 

「おや、顔色が変わりましたねぇ。まだ何か心配事でも?」 

「ローヴ様は・・・・・田舎貴族の私が殿下の御側に添うことをどうお考えになりますか? 殿下の御気持ちは、魔法で長く繋がっていた後遺症だとは御思いになりませんか?」

 

未だ僅かに残る心配事は、魔法で繋がっていたから王子が私を気にするのだと、いつか勘違いだと気付くのではないかということだ。時間の経過とともに、何故こんなにも平凡な貴族娘を妃にするなど口にしたのだろうと、王子が後悔されるのではないかと。

今なら全て幻だから忘れろと言われても納得出来る。いや、納得してみせる。 

側に居ることを許され、触れることを見つめることを許され、それに慣れて来た頃に王子の気持ちが離れて行くのは怖い。何故、こんな娘と・・・そう思われながら側に居続けるのは辛いとディアナは胸を詰まらせる。

 

「魔法は解けたとお伝えしてますでしょう? 第一、あの殿下が女性に対して気遣いなどする訳がない。幼少の頃より存じておりますが、女性に関しては驚くほど朴念仁の王子が、ディアナ嬢に対してだけは誰も見たことがないような面白い態度を取られるのですよ。それは、もう・・・・私など、何度腹が攀じれるかと・・・・」

 

痙攣を起こしたように全身を震わせながらも楽しそうに笑い始めたローヴに、ディアナは目を瞠る。本当に楽しげに笑うから、つられて笑いそうになり身体から力が抜けた。

どうしても難しく面倒な方向に考えてしまうのは長く侍女として過ごしていたからなのだろうか。貴族としての立ち振る舞いや講義は姉たちと勉強してきたが、王子と共に王城に来るなど想像もしていなかった。

ましてや王子から好きだと告白されるなど、夢にも思わなかった自分だ。

王宮主催の舞踏会に普段から参加されている貴族の娘なら、王子の求婚には直ぐに頷き、素直に喜ぶだろう。この間の舞踏会で王子を取り囲んでいた貴族息女たちのように、王女のように、妃を夢見ている女性ならば誇らしいと受け止めるのだろう。 

富国強国と謳われるエルドイド国の、若く見目麗しい王太子の妃になることを夢見て来た貴族息女や王女は、自分が為すべきことを充分承知しているはずだ。王太子妃になるということは未来の王妃になるということで、王を支え王と共に国内外の交流に勤しみ、時に他国の使者を接待したり舞踏会を主催することもあるだろう。王とは違った意味で、王妃も国の顔となるのだ。

 

そこまで考えたディアナは、一気に蒼白になった。

無理やり起き上がろうとして、痛みに顔を顰めるとローヴが驚いて身体を支えてくれる。

 

「どうされました? 無理はいけませんよ」 

「む・・・・無理です! わ、私にはやはり・・・・あ、どうしましょう」

 

側に居たいと願ったのは自分も同じだが、やはり自分などが王子の妃になるのは到底無理だとディアナは震えた。王子のことは心から好きだが、その王子の妃となるには自分では余りにも役不足だ。ただの田舎領主の娘であり、長く侍女として動いてきた自分が王宮に出入りする貴族や他国の使者の前に立つなど出来やしない。

王子に恥を掻かせる想像がいとも簡単に出来て、ディアナは視界がぐにゃりと歪むのを感じた。掛布を握る指先が白くなるほど力が入り、その指先を見つめながら、やはり逃げるしかないのかと目が潤んでしまう。侍女としてなら王子の側に居てもいいのではないかと考えるが、王子の側で微笑む女性の姿を見るくらいなら消えてしまった方がいいと目を瞑る。

王子と正直に気持ちを通わせることが出来て、互いに好きだと口に出来る喜びを知ったばかりのディアナは、どうしたらいいのだろうと唇を震わせた。

 

「・・・・熱が出て来たようですね」 

「ローヴ様、私・・・・」

 

ディアナの額にローヴの冷たい手が触れた時、部屋の扉が突然大きく叩かれ、王子が食事が乗ったトレーを持参した。真っ直ぐにベッドへと足を運び、薬湯も忘れずに持参したから、食べて飲んで早く治ってくれと頬を染めて笑みを浮かべる。

ローヴが呆れたように咳払いをすると、王子は驚いたように目を瞬く。

 

「おおっ!? ローヴ、来ていたのか。ディアナの額を触って・・・・熱か?」

「ええ、疲れが出たようですね。殿下、長居は駄目ですよ?」

 

サイドテーブルにトレーを置いた王子が慌てたようにディアナの顔を覗き込む。

ローヴが苦笑しながら立ち上がり、口元に指を宛がい頭を小さく横に振った。王子の肩越しにローヴの仕草が見えたディアナは、小さく頷き王子へと顔を向ける。

 

「・・・・熱が出たようですが、大丈夫です。殿下がお持ち下さった食事と薬湯を摂り、しっかり休ませて頂きます。運んで頂き、ありがとう御座います」 

「だが、無理はするなよ・・・って、起こしたのは俺か! ディアナ、申し訳ない!」

「いいえ。殿下とお話することが出来て、私は本当に嬉しいのです」

 

心臓が痛いと胸を押さえながら、ディアナは王子に笑みを見せる。

自分は妃の器ではないが、出来ることならこのままずっと王子の側に居たい。しかし妃にならずに側に居るのは無理な話しだろう。ぐらぐらと揺れる感情を押さえ込み、いそいそと楽しそうに食事の用意をしてくれる王子に微笑み続けた。ふと顔を上げると、ローヴの姿が消えていることに気付く。今は何も言わないでいいと、そっと合図を残して消えた魔法導師長に伝えたいことがあると、ディアナはそっと胸を押さえる。

 

眠るまで側についているからと王子は言ってくれたが、食事が終わって薬湯を飲み終えた時、処置道具を持ったカリーナが部屋に戻って来た。

カリーナはベッドに腰掛ける王子に気付くと、肩の傷の処置を行うから直ぐに退室するよう冷たく告げる。処置が終わるまでは側に居ると王子が椅子に腰掛けようとするが、呆れ顔のカリーナから国王が首を長くして待っていると聞き、顔を顰め肩を落として部屋から出て行った。扉が閉まる音に、ローヴが持って来たオルゴールを忘れていたと思い出すが、国王の呼び出しの方が大事だ。

 

「ディアナ嬢、明日には痛みが消えます。二日ほどで傷は塞がりますし、傷跡は五日ほどで綺麗に消えますから、安心してゆっくりとお休み下さいね」 

「まあ、そんなに早く治るのですか」

「魔法導師は薬学も詳しいのです。完治するまでは私がお世話させて頂きますわ」

「ありがとう御座います、お世話になります」

 

包帯を巻かれるだけでも痛みが奔るが、明日には痛みが消えると聞き、驚いてしまう。発熱のせいか薬湯を飲んだためか、急激に眠気に襲われたディアナは処置が終わると、そのまま深い眠りに就く。幸いにも、夢も見ずに深い深い眠りに落ちた。

 

 

 

 ***

 

 

 

瑠璃宮に戻ったカリーナは自室に向かうと、早速次の薬湯、塗布薬の準備を始める。

ディアナの傷の具合や体調を鑑みて配合を調整し薬草を選んでいるとローヴが姿を見せ、笑いながら困った顔を見せた。

 

「ローヴ、どうなさいましたか? 王弟の件でしょうか。それでしたら、全ての魔法導師が導師長の意見に従うと、王の裁定に任せると申しておりましたが」 

「王弟はいったん幽閉とした。捻じれた精神はそうそう簡単には戻らないだろうし、積もり積もった王への妄執がすごくてねぇ。あれは一種の歪んだ兄への嫉妬、そう、愛だよ」 

「・・・・王が聞いたら眉を顰めますでしょうね」 

「王弟は望むものが得られないと、駄々を捏ねる子供のまま大人になってしまわれた。直接王にぶつけられない負の感情を殿下に投げ付けあからさまに蔑んでいたのに、その殿下と自分の娘の婚姻は当たり前だと思い込んでいた悲しい御方だ」 

「・・・・殿下が聞いたら顔を顰めますでしょうね」 

「王弟のなさりたかったことは単純明快だが、それを煽り、漁夫の利を得ようとした貴族の炙り出しを行います。同時に、魔道具とエレノア様の婚姻の件を、グラフィス国国王へ追及するための会議が行われ、現在も大臣らは寝ずに話し合いをしています。王の指示の下、私を始めとして幾人かの魔法導師にも動いて貰うことになりますので、カリーナはディアナ嬢の看護と警護をお願いします」

「わかりました。何か御座いましたら、御呼び下さい」

 

硬質な口調の魔法導師長に、カリーナは恭しく低頭した。 

「それと」と、前置きしたローヴが袖から大きな水晶玉を取出し卓に置く。カリーナが顔を近付けると、そこには処置道具を持ち部屋に訪れる少し前の様子が映し出された。ローヴと話をしていたディアナの顔が急に曇り蒼褪める様に、カリーナは眉を寄せる。支えられながら起き上がったディアナが視線を彷徨わせ、王子の訪室に一瞬震え、そして強張った笑みを浮かべるのが映し出されている。 

朝食を持ったカリーナが部屋に入った時、ディアナは痛みに顔を顰めながらも王子を愛しそうに見つめ、心穏やかに全身から喜びを溢れさせていた。カリーナにもそれは伝わって来て、王子と心を通わせることが出来たのだと嬉しく思っていたのに、何が彼女の表情を曇らせたのか。 

 

「・・・何があったのは存じませんが、ディアナ嬢の憂いを取り除けるよう努めますわ」

「私が思うに、殿下と互いの気持ちが通じたからこそ悩んでいるようですね。殿下は未来の国王ですから、侍女として長く過ごして来たディアナ嬢には気持ちの向こう側にある、王宮という未知なる世界に恐れを頂いたのではないかと思います。気負う必要などないと伝えても、恐れ戦くのは致し方が無いことでしょうねぇ」

「それは・・・・」

 

普通の貴族同士の婚姻とは違い、ギルバードの相手は未来の王妃となる。 

長く侍女として暮らして来たディアナにとって、それは簡単に受け入れるには難し過ぎる問題なのは、ギルバードの母親の件で良く理解出来るとカリーナは嘆息を吐いた。ギルバードの母親も王からの求愛に慄き、何度も逃げては捕まっていたのを思い出す。あの似た者親子は好きな相手には猪突猛進タイプで、執着する気質だ。ディアナが悩むあまり退こうとしても、ギルバードはそれを許しはしないだろう。

 

「ディアナ嬢が悩んでいるなど、殿下は言われるまで気付きもしませんでしょう。女性心理を理解しろと殿下に教えるのは、犬にスプーンを持てというより難しいですわ」

「ああ、どちらも頑なで純粋だから。・・・王の時より面倒かも知れないなぁ。いやいや、王も面倒だった・・・。瑠璃宮を掻き回し、随分と好き勝手されていたなぁ」

 

昔を思い出したローヴは愉しげに笑う。その内、腹を押さえ背を震わせながら身悶えだしたローヴを横目に、カリーナは困ったことだと嘆息を零す。兎に角、このままではディアナ嬢の心身に影響があると考えたカリーナは、魔道具を持ち部屋を出て行った。 

 

 

 

その後、何度ギルバードがディアナの許に通っても、彼女の部屋に入ることは敵わなかった。何故か扉を叩こうとすると手を弾かれ、扉に触れることが出来ない。庭から回って中に入ろうとしても同じことが起きる。その上、中の様子が全く見えない。どうして魔法が掛けられているのだと苛立ち、直ぐに瑠璃宮に向かいローヴに説明を求めた。ギルバードの苛立った顔を見て、ローヴは肩を揺すりながら笑い、そして悠然と口を開く。

 

「それはディアナ嬢の体調が良くなるまで、殿下の立ち入りを制限するということでしょうねぇ。カリーナが掛けた魔法だと思いますので、私では解除出来ません」 

「そ、そんな! ・・・・互いの気持ちが通じ合ったというのに、顔も見れないとは」

 

がっくりと項垂れるギルバードを前に、ローヴはいつものように紅茶を淹れる。悲壮感を漂わせる王子は、ディアナがどんな気持ちでいるのかを知らない。知らせるべきかとも思うが、王子を前にしてディアナが恐縮するのは目に見えている。

カリーナがディアナのために人払いしているのだと解かるが、王子に説明もなく強硬手段に出たとは思わなかった。どれだけディアナに傾倒しているのか窺えると、ローヴは声に出さずに笑う。

 

「ディアナ嬢の体調が良くなるまではカリーナに全てを任せ、殿下は政務に励んだら如何でしょうか。政務を片付けておけば、ディアナ嬢とゆっくり過ごす時間が確保出来ますでしょう。そういえば、王弟、リース様とエレノア様のその後は御決まりですか」

 

項垂れていたギルバードが前髪を払いながら椅子に腰掛ける。憮然とした表情で見つめる先は部屋の壁だ。しばらくの間黙って壁を見つめていたが、やがて深く息を吐く。  

 

「王弟は未だ反省する様子が無いのは、ローヴも知っているだろう。他国へと魔道具の勝手な譲渡をしようとしたことも、ディアナ誘拐に関しても、全ての原因は俺だとばかりに罵詈雑言を繰り返している。担当している魔導師からは『この歪みは修復不可』と報告が来た」

 

頭の痛いことだと頭を掻くと、ローヴが紅茶を差し出してくれる。その香りが眉間の皺を解してくれるが、気分は重いままだ。

 

「エレノアに関しては、宰相と外相大臣がグラフィス国と話し合いをする準備を始めた。魔道具の譲渡は王弟が持ち掛けた密約だったが、王族であるエレノアの婚姻に関しては確かな書類が残っていたから、それを元に話を進めるそうだ」 

「・・・王弟が囚われた今、エルドイド国に残るよりも他国に渡り、色々と見聞される方が彼女には良いかも知れませんね。グラフィス国は浅い付き合いしかありませんでしたが、これからは深い付き合いとなるでしょう。それも我が国が有利な立場として持って行ける。商船より運び出した大量の火薬や武器となり得る品々、何より王弟に第一王子との婚姻を餌に、攻撃性のある魔道具を要求した事実がある」

 

後半、ローヴの声音が低く掠れて聞こえた。ギルバードが顔を上げると、薄く笑みを浮かべた魔法導師長がゆったりとカップの中身を見つめている。その瞳には青白い焔が見え、ギルバードは静かにカップを置く。ローヴの憤りは僅かだが理解出来るつもりだ。長い間魔法導師である母親のことを影から揶揄されていたギルバードは、黙したままローヴを見つめ続けた。

 

「グラフィス国の魔法導師より、以前より王宮側とは意見が合わないと報告が来ました。魔法導師を奴隷の如く扱っているそうで、攻撃性のある魔道具の開発を求めたり、石から金や宝飾を生み出せなど、魔法導師の矜持を悉く虐げている現状だと」 

「・・・・国王は魔法導師を守る義務があるはずだが、他国は違うのか」 

「そうですねぇ。国が違えば政策や考えも違うでしょう」

 

ただ今回の一件で、エルドイド国にも迷惑を掛けたことになり、未来の妃を攫う幇助をしたと訴えれば属国並みの扱いにされても、今のグラフィス国には否は無いだろう。アルフォンス王にその気がなくとも、それに準ずる扱いとなることは間違いない。その前にはっきりさせなければならないことが多い。王弟が罪人となった今、本当にエレノアを嫁していいのか、攻撃性のある魔道具や船に積まれていた火薬などは何に使うつもりだったのか、王弟の今後の処遇はどうするのか。 

グラフィス国は何を企んでいるのか。 

そして、ディアナを正式に王太子妃として披露することが出来るのは何時になるのだろう。 

 

「面倒事が山積している。ああ・・・・ディアナに逢って癒されたいだけなのに、逢えないのはひどいと思わないか、ローヴ。・・・・顔を見るだけでもいいのに」

 

腐るギルバードが卓に俯せて愚痴を零す。会いたいという気持ちは汲んでやりたいが、今はディアナの心身を休ませる方が先だと、ローヴは黙って紅茶を啜った。

ギルバードの気持ちを真摯に受け止め、自分も好きだと恋愛感情を認めて伝えたはいいが、この先に待っているのは王太子妃という立場だ。王宮で催される舞踏会に出席し慣れている貴族息女なら兎も角、彼女は長く侍女として生活してきた人間だ。そう簡単に立場や考えを変えることは難しいだろう。一応侯爵家の娘だが、曾祖父の時代に戦で活躍した際に賜った名ばかりの侯爵であり、自領で穏やかに育った彼女にとって王宮は未知なる場所だ。不安や恐れを持つのは当然だろう。

だが、それでもギルバードは彼女を望んでおり、共に生きたいと願っている。あの性格では曲げることも、折れることもしないだろう。今更、他の女性を見ろと言っても無理なことだと、彼の周囲は理解している。

 

最終的に決めるのはディアナ本人だが、無理強いはいけない。 

今、ギルバードが顔を出して明るい未来の話をするのは、彼女に押し付ける形となり、追い込むのと同じだとローヴは肩を落とす。出来ることなら、王宮でゆっくりと過ごしながら徐々に慣れて行くのがいい。若い二人に、まだ旺盛な王だ。時間はたっぷりあると思っていいだろう。

問題は王子の積極性が間違った方向に走らないよう、祈るだけだ。

二人の恋愛事情は、国の未来にも係わって来るのだから。

 

「怪我の処置をするには肌を露わにする必要があります。それを見たいと申されるのでしたら、素直にカリーナへ伝えてはいかがですか? 傷跡が心配だから、肌を見たいと」 

「そっ! そういう訳じゃない! 俺は・・・・顔が見たいと」 

「眠っていた彼女を起こして強く抱き締め、痛みを耐えていることにも気付かずに熱まで出させた。そのようなことをされた殿下が、休まれているディアナ嬢の顔をどうしても見たいと申されるのでしたら、私からカリーナへ伝えましょうか?」 

「・・・政務を終え、面倒事に終止符を打ったら、誰が何と言おうと俺はディアナに会うぞ。互いの気持ちが通じ合ったばかりだ。顔を見たいと望むのは当たり前だろう?」

 

真っ赤な顔を上げたギルバードが、一気に紅茶を流し込み立ち上がる。首をぐりぐりと回して、やる気に満ちた顔になり勢いよく部屋を出て行った。目を細めながら見送ったローヴは大卓上の水晶に視線を移し、ディアナの部屋を映し出す。

丁度処置が終わったのか、カリーナが薬や道具を片付けているところだ。少し活気が無いように見えるが、笑みを浮かべたディアナはカリーナに礼を伝え、ベッドへと沈み込む。

カリーナが部屋を出ると同時に、ローヴは袖から杖を取り出した。

 

  

 

 

 

 

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