紅王子と侍女姫  89

 

 

魔法導師らを幽閉している邸に到着すると、フランツがゆるりと頭を下げて出迎えた。 

「奴らは?」 

「随分大人しくなりましたよ。最初はビクトリア王女を心配するあまり、必死に魔法を使おうと苦慮しておりましたが、ここで魔法は使えませんし術を増幅する杖もない。時間の経過と共に諦めた様子です。まあ、本音はわかりませんが」

そうかと短く告げ、案内を頼む。

幽閉先は一般的な罪人が入る牢屋とは違い、一見すると堅固な塀に囲まれた貴族の邸のようだ。ただ、邸のある島にはローヴが許可を出した者しか出入り出来ず、周囲には何重にも結界を張り巡らせ、近くを航行する船に島として認識されることもない。

王弟とエレノアがいるのは別棟だとフランツが告げてくるが、ギルバードには興味も会う気もない。必要ないと手を振ると苦笑が返って来た。それに関してレオンは何も言わずに黙っている。

 

しばらく歩き、フランツがひとつの扉の前で足を止めた。

重い扉を開くと、そこには魔法導師とは思えない、まるで吟遊詩人のような衣装を身に纏った男がいて、突然の来訪者に目を丸くして驚いた顔を見せる。ビクトリア王女の趣味かと思わず眉を顰めると、魔法導師はギルバードとローヴの姿に戸惑いながら深々と御辞儀してきた。 

「ご、ご機嫌麗しゅう・・・ギルバード殿下。もしや・・・王女様に会いに来られたのですか?」 

「そんな訳あるかっ!」

「あの・・・、私共が捕えられた後、ビクトリア王女様とお話はされましたでしょうか。よろしければ、是非王女様とお話をされ、王女様の切ない恋心を受け留めては頂けないでしょうか。ビクトリア王女様は殿下のことを、それはもう心から御尊敬、御敬愛されておりまして」

「・・・今日はお前に話を聞きに来ただけだ。王女の話はするなっ!」 

吐き捨てるように言うと、男の瞳にはいかにも残念そうな色が浮かぶ。王女配下の魔法導師が、どれだけ自分と王女をくっつけようと模索しているのかが垣間見え、鳥肌が立つ。

 

「お前に訊きたいことがある。お前たち魔法導師は王女の許で様々な研究開発をして来たそうだが、そうまでして王女に従う理由は何だ? どのような見返りがある? その前にどのようにバールベイジに集められた? 中には孤島ともいえる島に住んでいた者もいたそうだな」 

ギルバードの問いに、魔法導師は嬉々として表情を弛めた。 

「ビクトリア王女様は、強い探究心を持つ魔法導師なら身分を必要しないとおっしゃって下さいました。私はバールベイジ国の北の端に住んでおり、様々な薬草を研究したり薬にして国へ卸していました。ある日王女様自らが御越しになり、薬草学をもっと学ばせて下さると、王城へ御連れ下さいました」 

「・・・他にも様々な面で優れている者が集められたそうだな」 

「はい! 同じ薬草学を極めたい者が二人、あとは機械工学、植物学、古代魔術の他、動物に詳しい者も集められました。王女様はそれらに掛かる費用を気にする必要はないと、多方面の研究や実験をさせて下さいました。お蔭様で私たちは心行くまで薬草学を研究することが出来、幸せで御座います!」

 

興奮して話す男は、続けて魔法導師が行う研究への王女の熱心な援助を語る。

それはひとえに国のため、そして何より愛しく思うギルバード殿下のためであり、惜しむことなく研究に必要な費用や物品を即座に用意してくれると続く。研究室に来るたびに王女は、ギルバード殿下への熱い思いや、思いが実った後の夫婦生活まで楽しげに頬を染めて話しておられたと熱弁し始める。 

「もう・・・いい。止めてくれ・・・」

「愛しい・・・殿下のため・・・ぐふっ」 

「・・・レオン、うるさい」

脱力しながらレオンを叱咤していると、男は項垂れ声を落とした。 

「ただ、・・・あの少女には申し訳ないことをしたと深く反省しております。王女様が少女を攫うよう我らに指示を下された時は、まさか王女様がそのようなことをと大変驚きました。以前より貴国の王城より出される書簡を調べておりましたが、出される書簡の一部がアラントル領地への私信と気付いてから、王女様の機嫌が悪くなることが多々あり、ここ二ヵ月余りは出来る限りの書簡を集めておりました。よもやこのようなことをなさるとは存ぜず・・・・。しかし、殿下が王女様の焦がれる熱き想いを受け取って下さったら、万事上手くいくと! 王女様は我ら魔法導師の研究に甚く関心を寄せて下さる、真面目な御方で、此度のことは偏に殿下を愛しいと思われるがゆえの」 

「もういい! 黙れっ!」 

手振り身振り激しく話していた男はギルバードの怒声に驚き、きょとんと目を瞬かせる。

男の顔には、どうしてビクトリア王女の気持ちを王子が受け取らないのか全く理解出来ないと書かれており、側に居たレオンが我慢も限界だと大笑いを始めた。。

 

「ひっ、ひぃ・・・ああ、そういうことですか。望む研究を望むだけさせてくれる王女は、魔法導師らにとっては、神にも等しい存在なのでしょうね。王女の見目や捻じ曲がった性格は魔法の研究に関係ない。あの偏愛を殿下への一途な純愛と思い込ませる技量はなんと素晴らしい! 人心を操る術はさすが一国の王女と申すべきか、バールベイジ国の王が褒め称えるのもあながち間違いではない。・・・ぶふっ!」 

「本当にうるさい。・・・だが、そういうことか」 

レオンの揶揄混じりの説明に納得しながら、それでも王女と自分がどうかなるなど天地がひっくり返っても考えられないと首を竦めた。

魔法導師がいくら王女のために奔走しようが、素晴らしい研究結果を山ほど捻り出そうが、アレと婚姻を結ぶなど、絶対に無理だ。王女の充血した眼と汗ばみ赤らんだ顔を思い出し、ギルバードは足元から這い上がる悪寒に身を震わせる。

 

「では魔法導師の皆様は、王女に脅されていたり、何か質にされているということは無いのですか?」

「そんなっ! 私どもが王女様に脅されているなど・・・・あ」 

心外だとばかりに顔を上げた魔法導師が、ふと何かを思い出したように視線を落とす。眉を寄せ、床に落とした視線を彷徨わせ「そういえば、あの者たちは」と呟いた。レオンが興味深げに先を促すと、男は口籠りながら話し始める。

 

「我ら魔法導師は長生の術を学び、それを自身に為す者が多いです。しかし・・・、三名ほどそれを為さず、家庭を持っている者がおりました。王城の研究室に通い、街に家を構えておりました」 

「ほぉ、それは珍しいことですねぇ」 

ローヴが目を瞠り、フランツも感嘆の息を吐いた。その意味を知るギルバードも僅かに目を見開く。

魔法力を持つ者の殆どは、世の多種多様な事象を知りたいと欲するものが多い。己の知識欲を満たすため長生の術を学び、それを為し、欲が満たされるまで日々新たな発見のための研究や学びに没頭する。研究内容によっては怪我をすることもあり、それを防ぐための術や薬の開発などに邁進する。研究や実験内容に費用が嵩むこともあり、得られた結果を売って生計を立てたり、国に従事する者が居る。魔道具など益を齎すものを開発する者は、喜んで国に招かれることも多いと聞く。 

ギルバードからすると日々研究や勉学に勤しむばかりで、何が面白いのかと首を傾げたくなるほど勤勉な瑠璃宮の彼らは、王の許で楽しげに研究や実験に没頭している。研究や学びが生き甲斐だと様々な薬草や火薬、鉱石を集め、訳のわからないものを嬉々として作り、その内の数点が国へ還元されていた。他国の魔法導師も同じ環境で、同じように研究開発の日々を送り、国のために結果を差し出しているのだろうと思っていた。違うと知ったのはグラフィス国の一件でだ。 

国によって扱いがまるで違うと知り、勉強が足りないと王に叱責されたギルバードは、直ぐに近隣国の魔法導師の現状を学んだ。そして国や環境、宗教により魔法導師の立場は違うと知る。エルドイドでの魔法導師の地位の高さと、政には一切関わりを持たない、持たせない体制に感心した。ローヴ程の魔力を持つ者が国家転覆をはかった場合、一昼夜でそれは為されるだろう。

しかしローヴたち、魔法導師がそれをしないとわかっている。魔法導師はそんなものに興味はない。逆に興味を持てば魔法導師としての矜持は失われ、同時に魔力も失う。過去、自分の母親が子を生すために魔法導師の立場を捨てた時、命を失ったように。

 

「彼らは長生するより家族と共に生きることを選び、しかし薬学を会得したいと魔法導師としてはギリギリの道を歩んでいた者達です。年老いた親を捨てられないと、言っておりました」 

魔法導師として生きることを選んだ者の多くは、家族に縁が無かったり、別離を選択する。

ふとローヴに視線を投じると、穏やかな顔をが振り返った。昔話に聞いたことを思い出す。瑠璃宮にいる魔法導師の多くが、過去の戦で家族や親しい者を失っていると。

 

「では、今回捕らわれていない、その三人の魔法導師が今後どのような動きをするか、お前に想像出来るか? またはアラントルで失敗した場合に次にどう動くべきか、話し合っていたか?」 

「い、いえ・・・。王城よりアラントルへ向けた手紙を読み、急ぎ動きましたので、その後どうするかなどは話し合っておりませんでした。・・・殿下は、何を御聞きしたいので御座いましょうか」 

「お前たちがアラントル領で攫った少女が・・・ディアナが攫われた。状況を鑑みると、ビクトリア王女配下の魔法導師によるものと思われる」 

「そ・・・、それは」 

蒼褪めた顔を伏せる男は戸惑いの息を吐き、床についた手を握り締める。 

「お前たちが崇拝する王女ではなく、俺はディアナを妃にする。お前たちがしたのは、ただの誘拐だ。勝手に人の嫁を攫い、数日に亘り監禁し、訳のわからぬものを飲ませ、そしてまた攫った。王女が何を言おうと、何をしようと、俺が欲するのはディアナだけだ」 

「殿下・・・・どう、してもですか?」 

「どうしてもだっ!」

 

何故にあの脂肪の塊と俺をくっつけたがるのか理解出来ない。苛立ちも露わに鋭く睨むと、男は肩を竦めて再び顔を伏せた。肩を震わせたローヴが、笑いを堪えながら肩を叩く。ムッとしながら振り返ると、仕方がないのですと苦笑を漏らした。

 

「魔法導師が主と決めた者と契約を交わす時、・・・まあ国や相手が違えば契約の内容も遣り方も違いましょうが、主のために己の全てを賭して尽くすよう自身に呪いをかけます。その契約により、グラフィス国の魔法導師は矜持を曲げて、石や塵屑を宝飾に変える術を行なったのでしょう。エレノア様に付き従った導師も、実は受けた傷より、一度沁み込んだ契約を取り消す方に時間が掛かりました。予想以上に早く回復出来たのは、山中でディアナ嬢がお取りになった真摯な態度のお蔭です。本来、結ばれた契約に背くのは、とても苦しく、難しいものなのです」

契約の深さによっても多少違うでしょうがとローヴは笑う。

過去、それを知らない王との間に子を生したのがギルバードの母親だ。

瑠璃宮に住まう魔法導師は『国王』と契約を結ぶ。

大きな戦の後、民を守るために医術・薬学に長けた魔法導師を集め、国を守るため強い魔力を持つ魔法導師を募った。魔法導師のための宮を作り、彼らの矜持を重んじ、従事の契約をした。エルドイド王国に従事する魔法導師の数は決して多くはないが、彼らの魔法力や研究内容は近隣国随一だ。

ギルバードは床上で俯く魔法導師を見つめ、全く面倒だと頭を掻いた。

「で、三人の魔法導師の風体、齢、得意な分野を聞きたい。これ以上罪を重ねると、あの肉・・・王女を船の錨代わりにすることになるぞ!」

「あの脂肪の塊では浮いてしまい、錨にはなりませんでしょう」

憤るギルバードの背後で、レオンが呟く。それはそうかと、ギルバードは舌打ちしか零せない。


 

 

*** 

 

 

ふっと、ディアナが目を開けると埃まみれの床が見えた。

ぼやけた視界に映るのは薄暗闇の、どこかの部屋。自分は床に直接座り、壁か何かに凭れているようだ。頭を持ち上げるが、見たことの無い場所だとわかるだけで、何故か頭が回らない。どうして自分がこの部屋にいるのか考えたいのに、いやに瞼が重い。

項垂れると影が出来、その闇に誘われるように重い瞼を閉じた。 

「・・・・薬、強かったんじゃないか?」 

「かも知れないが、飲ませてしまった後だ」 

「この娘が・・・本当にそうなのか? とてもギルバード殿下を惑わすような悪女には見えないが、間違いはないか? 手も荒れている。・・・あの城で働く侍女、ではないのか?」 

「いや、間違いない。殿下付き護衛騎士の姿を確認しているし、名前も合っている」 

「とにかく、エルドイド国の魔法導師長が来る前に移動しよう。ああ、くれぐれも杖は使うなよ。移動を終えるまで、魔法は止めておけ。痕跡を残せば、・・・見つかる可能性が増す」 

床がギシリと鳴り、ディアナの身体に毛布が掛かる。

毛布から漂う饐えた臭いに顔を顰めると「もう少し嗅がせるか?」と声が聞こえた。何を嗅がせるというのか、毛布の中では声が聞こえにくい。少し首を動かすと、急に身体が浮き上がった。 

「馬車に乗せたら嗅がせよう」 

聞こえて来る声は誰の声だろう。聞いたことの無い声だ。それも複数人。浮遊感は抱き上げられているのか。揺れに眠気が深くなる。深く、どこかに沈むように、闇に包まれるように。 

「寝たようだが・・・」 

「いや、念のために嗅がせた方がいい。途中で目を覚ましたら面倒だ」 

いったい何の話をしているのか。いったい誰の声なのか、全く思い出せない。やっと毛布が剥がされたと思ったら、濡れた感触が口元を覆う。首を振ろうにも強く押さえ込まれ、息が苦しいともがく。 

「・・・赦せ」 

掠れた声が遠くから聞こえる。目を開けようとして、手のようなものが額を覆う感触がした。少しかさついた、とても温かい感触。少し震えているような気がしたが、やがて昏い闇に沈み込むようにディアナは意識を失った。

 

 

頭が重いと思いながら横を見る。毛布と床が目に映り、ディアナはぼうっと眺め続けた。 

「目が覚めたか」 

「・・・こ、こは」 

咽喉が乾いていたのか噎せ込み、うまく声が出ない。背を起こされ、水の入ったカップが唇に押し付けられた。泥水が詰まったような重い頭を動かすと、黒いフードを目深に被った男が見える。誰だろうと首を傾げようとしてカップが傾いた。水を飲むと咽喉の痛みがいくらか和らぐ。目を瞬かせて周りに視線を投じると、寂れた教会のような場所だと判った。どうして自分がここに居るのか思い出せない。 

額に手を宛がおうとして、動かないことに気付く。  

「・・・手が」 

「逃げられぬように手と足を縛ってある。下手に動くと擦れて痛むぞ。・・・少し尋ねる。お前の名前はディアナ・リグニス、齢は十六、アラントル領リグニス侯爵家令嬢で間違いないか?」 

「・・・はい」 

「数か月前から王城に滞在し、エルドイド国王の生誕を祝う舞踏会に招待されている?」

「・・・はい」

「舞踏会に参加するため、殿下にドレスを作ってもらったというのは本当か?」

「・・・はい」

周囲からどよめきが聞こえ、ディアナは閉じそうな目を擦ろうとした。しかし腕は動かせない。再び横に寝かせられ、視界に映るのは床と男の足だけになる。三人いるとわかるが、それが誰なのか判らない。 

「だ、・・・れ?」 

「尋ねたいことがまだある。いいか、正直に答えろよ」 

「大丈夫だ。先ほど嗅がせたものには自白剤と同様の薬を用いている。嘘はつけまい」

「お前はギルバード殿下の婚約者として、もう正式に公表されたのか?」 

「・・・いいえ」 

「エルドイド国王が、二人の仲を御認めになったのか?」 

「・・・いいえ」 

王子が言うには、王は認めて下さっていると言っていたが、自分は伝え聞いただけで真実かどうか知らない。王子の言うことを信じていない訳ではないが、王に直接認めてもらった訳ではないから、ディアナは首を横に振った。 

「では、殿下の婚約者ではないと?」 

「・・・はい」 

ぼんやりした頭でも、自分の立場は弁えている。

王子は王の生誕祝いである舞踏会で婚約発表しようと言ってくれたが、その後ひと月余りで挙式を執り行うと聞き、父である領主が強く戸惑い明確な返答はしていない。いつか婚約者として王子の横に立つことになるだろうが、まだ先の話だと思っていただけに、それには自分も驚いた。では今の自分の立場は何だろう。殿下と互いの気持ちは通じたが、公に出来ない以上、立場は内密の恋仲だろうか。

たが、それが何だというのだろう。どうしてそれを知っているのだろう。 

考えなくてはならないのに頭の中は混沌として、上手く考えることが出来ない。

「・・・まだ婚約者として発表はされていないようだが、殿下がこの娘を助け出すためにアラントルまで来たことや揃いの衣装を発注したことを考えれば、いずれ婚約者として公になるのは近いかも知れない」

「では、その前に場所を移動して・・・・やはり記憶を消すしかないな」 

「薬草がある場所まで移動するか、誰かが採って来るか」 

「アラントル領地から離れたから、直ぐに追手が来ることもないだろう。遠方へ向かう船を探しながら、薬草を探して作ろう。娘は記憶を無くした者として他国に置き去りにするのが一番か」

「そのまま俺たちも・・・。いや、その前に王女にアレを返して貰わねばならないな」

「そうだ。・・・本当に、この娘には悪いとは思うが・・・・」

低く顰めた声は聞こえにくい。ぼうっとしたまま男たちの会話を耳にしている内に、眠気が襲ってきた。ギシギシ鳴る床音を聞きながら、ディアナは抗えない眠気に目を閉じた。


 

 

 

 

 

「カイト、何か・・・わかったか?」 

「空間を捩じって場を移動したのは判るのですが、何処へ移動したのかまでは残念ながら・・・。現在、アラントル領地全域を調べるよう使い魔を放っております。ローヴがバールベイジを調べると申しておりましたので、間もなく結果が届くはずです」 

ギルバードとレオンはアラントルに到着すると、リグニス城近くの森でカイトと落ち合う。

急いだとはいえ、途中で馬を変えることなく移動するには限界があり、丸二日掛かってアラントルに到着した。荷物をまとめて姿を見せたエディが膝を着き、深く頭を下げる。

 

「殿下・・・、誠に申し訳御座いません。御指示通りに馬車は王城へと向かわせました。領主と奥方には王城で舞踏会用ドレスの調整が必要なため、急遽王城に向かったのだと話してあります。驚いてはいましたが、舞踏会が終わったら戻ると伝えてあります」 

「わかった。・・・エディ、今回のことは仕方がない。もっと早くに知り得た情報を伝え、城から出るなと伝えておくべきだった。だが鳥伝での会話中だったため、すぐ動くことが出来たのが幸いだ」 

「そうですね。エディが事態に気付き早駆けして王城に報告に来ても、それでは丸一日以上経過していたでしょう。それよりも追跡出来ないとなれば、次の手を考えなければなりません。カイト殿、何か手はありますか?」 

レオンから話をふられたカイトは顎に手を掛け、ふむと考え出した。

しばらくしてから袖に手を入れ、紙とペンを出してエディの背を机代わりに何かを認め始める。細かな紋様と文字の羅列に、ギルバードは眉を顰め、レオンとエディはじっと見つめた。

 

「ディアナ嬢の行方を辿ることは出来ませんが、魔法の種類を特定することは出来るかも知れません。相手が痕跡を多少なりとも残していれば良いのですが」 

書き終えたのか、カイトが紙を宙に放り上げるとリグニス城へと向かい、城門前で漂い始めた。風に舞う花びらのようにゆっくりと地面に落ちると、静かに消える。カイトが小さく息を吐き、目を細めた。 

「どうやら離れた場所から幻影を使い、ディアナ嬢を消していますね。個の魔法ではない。そして直ぐに移動した。その後、領地内で魔法を使った形跡はどこにも無し。これでは後を追うことも出来ない」 

「地道な調べを待つしかないということですか?」 

「ええ、今は」 

ガッと木の幹に拳を叩き付けたギルバードは全身を怒りで震わせた。

レオンが溜め息を吐きながら肩を竦め、「アラントル領の自然破壊は止めて下さい」と零す。

 

「ディアナが消えて既に二日だ! 使い魔は、いつ報告を持って戻る? 魔法の痕跡も無し、追うことも出来ずにこの場に居るなど我慢が出来ない。こうしている間にディアナに何か――――痛っ!」 

「殿下! 他に手立てがあるなら、おっしゃって下さい。無いからこそ動けずに、ここで知恵を絞っているのでしょう。怒鳴る暇があるなら、何か案の一つでも御自身で捻り出されたらいい」 

思いきり足を踏まれて、何をするんだと顔を上げて気が付いた。

レオンの視線の先には悄然と項垂れるエディがいて、ギルバードは唇を強く噛んだ。もう遅いとばかりにレオンが踏み付けた足に体重を乗せるから、痛みに耐えながら口を開く。

 

「エディ・・・今回のことに警護の不備があったなど思っていない。ローヴが言っていた通り、先に重要案件を伝えなかった俺が悪い。レオンが先に妙なことを言い出すから話しがずれたんだ・・・・そうだ。元はといえば、悪いのはレオン、お前のせいじゃないか!」 

「殿下、責任転嫁は宜しくない。悪いのはディアナ嬢を攫った、ビクトリア王女の配下である魔法導師です。違いますか? それとエディ、首謀者と思われる彼らの事情を調べて来たので耳に入れて下さい」 

 

項垂れたエディの肩を叩き、レオンが五名の魔法導師を捕らえてある邸で知り得た情報を話し始めた。

三名の魔法導師はビクトリア王女の命に従い、王女とギルバード殿下を無理やりにでも添い遂げさせようと画策しているらしく、アラントルでの失敗を上書きしようと再びディアナを攫ったのではないか、そして質にして王女との婚姻を結ばせようとしているのではないかと続けた。

エディが眉を寄せて苦渋の色を浮かばせると、レオンは「しかし」と声を上げる。 

いま動いている三名の魔法導師は、捕らえた魔法導師とは少し方向が違うようで、王女のためというよりも、従わざるを得ない状況にある可能性があるようだと告げた。

真実を探るため、カリーナが超強力な自白剤を作成中だという。ディアナに飲ませようとしたのだから、王女に飲ませても問題ないだろうと、見たこともない昏い笑みを浮かべていたとカイトが補足した。 

「彼女の部屋に近付く導師は、現在誰一人としておりません」

「魔法導師っていうより・・・物語に出て来る魔女みたい・・・」

「それは・・・ある意味、最強の味方だな。絶対に敵に回したくはない」 

「そんなカリーナ様も素敵です!」 

カイトからの報告にギルバードとエディが顔を曇らせる中、レオンだけが瞳を輝かせる。どれだけ守備範囲が広いんだと呆れた顔を見せると、レオンが「否定されるなら、報告致しますが?」とほくそ笑んだ。 

その笑みにエディがつられたように笑い出し、そして目を輝かせる。 

「使い魔が来たら動く! それまでに、まずは腹を満たして休息すべきだよね?」

 

   

 


 

 

 

 

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