頑なな賢者の祈り  2

 

昔のことをぼんやりと思い出していると、首根っこを掴んでいるウサギが急にばたばたと暴れ出し、俺は意識を前に向けた。

 

「ありました! あの花です。あの花の先にある筈です。降ろして下さい!」

 

高さがある馬の背から今にも飛び降りようとする暴れぶりに、急ぎ馬から降ろしてやると、ウサギは正に脱兎の如く地面を駆け出した。地面に張り付くように咲いているのは名も知らぬ白い花だ。足首まで伸びた緑の草叢のあちこちに見られる花は、馬上からは直ぐには気付かないほど小さい。

 

「お前、目がいいな。まあ、そうでなければ直ぐに捕食されるか。・・・いや、ウサギは耳がいいんだよな。その上、視力もいいなんて初めて知ったぞ。だからこそ捕食相手から上手く逃げることが出来、そして次の世代へと」
「そんなことより! この先に身体があります! お願いします!」

 

切羽詰まったウサギの声に、俺は口を閉ざした。

鬱蒼と茂る藪の中、野茨の刺々しい蔓が立ち木に巻き付き、人間の進入を拒んでいるようにも見える。

ウサギはこの先にある身体を別の場所に移動して欲しいと訴えていて、面倒だがここまで来たら最後まで付き合ってやるかと佩いていた刀で茨を断ち切りながら跡をついて行く。すると確かに何かが横たわっているのが見えた。 

すぐにそれが人間であると、それも女性であると判り急いで足を速める。

 

女性というより、少女という年齢に見える彼女は、まっすぐに横たわっていた。瞼を閉じ、ただ眠っているかに見えるが、その顔色はひどく蒼褪め、頬に触れるとひやりと冷たい。手首に触れ脈を確認するとかなりの除脈であると判る。

木立の陰になっている冷えた地面に直接寝ているせいもあるのだろう。 

 

「生きてはいるが、すぐに移動しないと危ないぞ。かなり体力が落ちているようだ」
「私一人では動かすことも出来なくて・・・・お願いです、すぐに別の場所に移動して貰えませんか? 出来れば内密にお願いしたいのです。お願いしますっ!」

 

少女の横で再び涙を零し始めたウサギは真っ黒な瞳を俺に向け、懇願するように短い前足を擦り合わせてくる。俺はウサギの横で眠り続ける少女に目を向けた。

長く戦場に居た自分だ。普段目にする、または相手にする女性は所謂そういう商売をしている者か、戦場から逃げられない怪我を負った者か置き去りにされた高齢の者、または物言わぬ塊となった者ばかりだった。横たわる少女はそれとは明らかに別次元の、言うなれば上流階級の人間だろう。
身に纏う濃紅なドレスは重厚で、縦襟から胸元はベルベット生地に細かな金糸で刺繍が施され、ほっそりとした腕を覆う布地が肘から幾重にもフリルと共に広がり、細いリボンで幾重にも巻かれ美しく装飾されている。腰から足元へ広がるドレスは、碌にダンスを知らない俺でも、ターンの時には綺麗に大きく広がるだろうと思えた。
今は顔色が悪く青白く見えるが、元々白い肌なのだろう。驚くほど長い睫にふっくらとした唇。 鬱蒼とした森の葉陰の下でも輝いて見える金色の髪は何故か身体の下で広がることなく流れていて、どういう風に倒れたのかと思わず首を傾げたくなる。
わかることは少女が意識を失って横たわっていること、ウサギが必死に場所移動を願っていること、高貴な身分であろうことだ。ウサギの希望通りに移動するのは簡単なことで、抱き上げてトルードに乗せ、城に連れ帰ればいい。

その内、目を覚ませば行くべき場所へと勝手に行くだろう。

問題は高貴な身分の女性に触れる機会が全くと言っていいほどない、自分に対してだ。おずおずとウサギに振り返り、眉を寄せて問い掛ける自分が情けない。

 

「・・・・聞くが、あとで勝手に触れたとかでお咎めが来ることはないよな」
「ありませんっ! あ、でも・・・・すいません。すごく重いのです。驚くほど重いので、腰などに充分お気を付け下さいませ。本当に・・・・申し訳ありません」

 

ウサギがいきなり項垂れ申し訳なさそうな声を出すが、ウサギが心配している重いというのは衣装のことだろうと頷き、そろそろと手を伸ばす。確かにこれだけ布地を使っていれば、ウサギ何匹分になるだろう。しかし騎士として過ごしていた自分がドレスの布地が重いくらいでウサギに心配されるのもおかしな話だ。高貴そうな女性の身体へ了承無しに触れることに対しても、妙に緊張してしまう。

 

頭の中で、女性の首から脇へと片手を伸ばし、反対の手を膝下へ腕を入れてから抱き上げる姿を想像する。その後は馬へ乗せるだけだが、どうやって乗せようかと首を傾げた。

意識がないなら後ろに乗せることは出来ないだろう。前に抱え込むか、荷物のようにうつ伏せにするしかない。しかし意識がないとはいえ、女性を荷物のようにうつ伏せに乗せるのは失礼にあたるだろう。

だが、抱きかかえて騎乗するというのも、これまた了承を得ていない女性に対して失礼なことではないか。身体に触れる前に移動方法を思案していると、横に居たウサギが項垂れたまま呟いた。

 

「本当に・・・・・重くて、すいません」

 

いやいや、まだ持ち上げても触れてもいない。

見慣れない『高貴な女性』に躊躇していただけだ。しかし、ウサギの申し訳なさそうな様子に急ぎ少女を持ち上げることにした。そして首の下に手を入れようとして―――心底驚いた!  本当に重いのだ。 

大砲台を独りで押したことがあるが、それよりも重いか?
まさか、この少女は実は鉛の衣装でも着ているのか? 

幾らなんでも少女一人を抱き上げられないとは、騎士の名折れだっ! 


息を整えて腰を据わらせ、跪いた片膝と足を踏ん張り、俺は一気に少女を持ち上げた。

立ち上がった瞬間、バランスを崩しそうになり慌てて踏ん張り直すと、トルードが大丈夫かとばかりに近付いて来るのが視界に入る。馬鹿にするなと強張った笑顔を無理やり浮かべ、茨を踏みしめてトルードの近くへ歩を進めた。奥深い森林地帯の苔生した地面に自分の足が沈むのがわかる。それだけ少女の身体は重いのだ。衣装はふわりとして柔らかく重いようには思えないが、それではこの少女自体が重いのか?
俺の苦労が伝わったのか、トルードは前足を折り少女を乗せやすいように馬体を沈めてくれた。気を遣うなとはとても言えない状況だったので、有難く受け入れる。

うつ伏せで荷物のような形になったが、もし彼女が途中で目を覚ました場合は謝罪するしかない。

今はこれが精いっぱいだ。

王宮庭園で貴族男子が淑女と共に騎乗しているのを見たことがあるが、そんな優雅な真似などとても出来ない。ここまで運ぶだけで、すでに息が切れてしまった。
背を屈めて荒い息を吐く俺の足元で、申し訳なさそうに何度もウサギが頭を下げている。そのウサギに問題ない、大丈夫だと元気に即答することが出来ない自分が情けない。

ウサギの首根っこを掴み馬上に乗せると、少女の背で安堵の表情を浮かべているのが判る。 ウサギの表情が判るなんて、どういうことだと突っ込みを入れる気力も湧かないほどだ。

 

「・・・・雨が降りそうだから、まずは俺の城に連れて行く。目が覚めて体力が戻るまでは居ていいが、先に言っておく。俺の城は基本、男所帯だ。厨房に一応女は居るが、身分が高そうな女性に対しての礼儀作法など、ちっとも判らない。貴婦人に対するもてなしなど出来ない。・・・してはいないだろうけど、期待はするなよ?」

 

ああ。一匹の野ウサギに向かって、俺は必死に何を言っているんだ。傍から見たら、かなり痛い人間だ。 だけど俺の脳内では対処しきれない状況なのだ、多少は勘弁して欲しい。

俺の必死な様子にウサギは一度深く頭を下げると、小さく首を振った。

 

「しばらくは目を覚ましません。目を覚ますまでで結構です。どうぞ、この身体を貴方様の城で匿って下さい。誰にも知らせずに。大変なご迷惑を掛けるかも・・・いえ、もう掛けておりますが、今は貴方に頼るしかないのです。厩舎の片隅でも農具小屋でも構いません。この身体は・・・・まだ必要なのです」

 

切なげな瞳が俺を見つめている。揃えた前足が震えており、真剣に訴えているのだと伝わってくる。

小さく嘶いたトルードに目を向けると、小さな雨粒が頬を叩いた。

 

「誰にも言わない。(言える訳もない)・・・だから気にする必要はない」

「ありがとう御座います。本当に、ありがとう御座います」

 

真っ黒な目を細め、嬉しそうな表情を浮かべるウサギに俺は顔を背けて息を吐いた。

そのウサギの表情を見て、くすぐったいほど温かい気持ちになるなど、騎士として精進していた自分はどこに行ったのだと羞恥に穴を掘りたくなる。トルードが手綱を持つ俺ごと引っ張り、いい加減にしろとばかり移動を始めた。雨粒が少し大きく頬を叩き始め、急ぎ騎乗し彼女を押さえながら城へと急ぐ。

 

 

 

厩舎に入る頃には季節外れの嵐かと思うような天候に変わり、叩き付けられた雨で頭から足先まで全身ずぶ濡れとなっていた。服を絞ると大量の水が足元で泥を跳ね上げる。 

 

「さてと、ここからが問題だな。横抱きじゃ手が使えなくなるから担ぎ上げるか」
「本当に重くてごめんなさい。部屋まで誰にも見られずに・・・・は、無理でしょうね」

 

トルードの上で身震いをして水気を飛ばした野ウサギが、窺うように俺を見つめて心配そうな顔を見せる。耳を項垂れているからそう見えるだけで、本当はウサギの顔色など解かる訳がない。だけどそう見えてしまうのだから仕方がないだろう。 
いったい自分は誰に言い訳しているのだろうと嘆息を零すと、ウサギは更に心配そうな顔を向けて来るから笑って誤魔化すことにした。

 

「あー、俺はここの領主をしている。城の構造は熟知しているから誰にも見られず部屋に行くのは問題ない。だから心配そうな顔をするなよ。お前に言われた通り、御嬢さんを匿うのは構わないが、厩舎や農具小屋じゃ逆に見つかってしまうからな」
「あ、ありがとう御座います!」

 

真っ黒な瞳からぽろぽろと零れる涙を何度見たことだろう。ウサギがこんなにも泣くなど知らなかった。いや、その前に人間の言葉を喋っていることに驚くべきか。

何だか時間の経過と共に、驚くことにさえ面倒になる。

俺は考えることを止めて、トルードの背でうつ伏せになっている少女を肩へ担ぐことにした。ぬかるんだ地面に足が沈むのを感じながら奥歯を噛んで耐え、厩舎横の乾草が置かれている小屋へ足を進めていた途中、厩舎にいる他の馬たちの耳が後ろに伏せているのに気付く。何に怖がっているのかと首を傾げて身体が傾きそうになり、慌てて体勢を立て直しながら、きっと嵐のような勢いある雨に怯えているのだろうと思うことにした。 
今は肩に担いだ少女を部屋に連れて行くのが先と、急ぎ小屋へと向かう。

煉瓦で出来た壁の一部を押すと隠し扉が開き、そこに入れと促す。ウサギがそろりと中を覗き込み、恐る恐るといった態で入ったのを確認してから、俺は扉を中から閉めた。

 

「暗いから気を付けろよ。螺旋階段があるから、それを登れ」
「あ、はい。・・・・重いですが、お願いします」

 

返事も出来ないまま担いだ少女と共に暗闇をしばらく登っていくと、小さな明かりが漏れ出ている狭い踊り場に着いた。その明かりが漏れる場所に身体を押し付けると、徐々に明りが広がり部屋が見えてくる。そこへ入り、肩から下ろした彼女を寝台へと寝かすと流石に疲れ果てて俺は床に寝転がった。そこへ窺うようにウサギが近付き、きょろきょろと部屋を見回すから苦笑が零れる。

 

「ここは俺の部屋だ。・・・ああ、滅多に人は来ないし、入らないように言っておくから安心しろ。俺の部屋といっても普段は他で寝ることが多いから、お前もここでのんびり毛繕いでもしていたらいい」
「他で寝るとは・・・・お、奥方様がいらっしゃるので?」

 

ウサギからの問いに、俺は寝転がったまま顔を上げた。 のんびり毛繕いしていろの話が、どうして奥方の有無になるのか暫く考え、「ああ、そうか」と理解する。

 

「違う、違う。執務室でそのまま寝落ちすることが多いんでな、続き部屋の書庫に簡易ベッドを用意してあるんだ。ここは男所帯だと言っただろう。それに、こんな武骨で粗野な男のところに嫁に来たがる奇特な貴族息女もいないしな。・・・タオルいるか?」

 

自分もそうだが、ウサギも濡れて寒そうに見えた。

チェストから着替えを出しながら、ウサギにタオルを被せる。

入って来た場所は壁に設えた棚の一部分。領主とその家族だけが知る抜け道だ。万が一の事態が起こった時は、ここから厩舎横の小屋へ行き、ベルクフリートで籠城する手筈になっている。曽祖父が建てた城だが、まだ籠城する事態になったことはないらしい。

棚を押して元に戻し、濡れた服を脱いでいるとウサギが問い掛けて来た。

 

「こちらはフェンベルド国で・・・・間違いないですよね?」
「すごいな、ウサギ! そうだ、合ってるぞ。お前は自分が住む国の名を知っているのか。他の動物もそうなのか? 縄張りにも国境はあるのか?」

 

寝台を見上げたままのウサギの首根っこを掴み、寝台の上に乗せてやるが、何故か俯いたままなことに気付いた。頬を持ち上げてウサギの顔を覗き込むと、驚いたように目を閉じるから首を傾げてしまう。

 

「か、風邪を召しますので早く服を着て下さい!」
「・・・・おう」

 

眠ってはいるが少女がいる前だ。何時目を覚ますか判らないのだから、急いで着替えた方がいいだろうと慌てて濡れたトラウザーズを脱ぐ。あとでトルードも拭いた方がいいだろうと思いながら寝台を見ると、濡れた衣装の少女に気付き、俺は真っ青になった。

 

「おい、ウサギ! ただでさえ体温が下がっているのに、濡れたままじゃ肺炎になるぞ! 早く彼女の濡れた服を脱がせた方がいい・・・・って、どうしたらいいんだ!?」
「そ、それよりも早く服を着て下さいーっ!」

 

自分が真っ裸で騒いでいるのに気付き、慌てて服を着る。叫び声を上げたウサギは少女に縋るように身体を伏していて、折角水気を拭いたのに濡れてしまうと思った。いや、それよりも自分で着替えることが出来ない少女をどうするかだ。

このままでは風邪どころか肺炎になる可能性もある。濡れたドレスを脱いで着替える必要性があるが、簡単にはいかない現実を前に俺はオロオロするしかない。

 

「風邪などよりも、貴方様の寝台がひどく濡れてしまい申し訳ないです。ですが、私のこの手では釦を外すことも出来ませんので、貴方様にお願いするしかありません。・・・・この、濡れたドレスを脱がせて下さいますか?」
「無理だっ!」

 

即答して首を横に振る。

明らかに高い身分の、人形かと見紛う整った容姿の綺麗な少女を前に俺は激しく狼狽した。ウサギは俺を見上げ、寝ている少女を見下ろし、ヒクヒクと鼻を動かし首を傾げる。不思議そうな顔を浮かべるウサギに俺はもう一度無理だと首を振るが、本当はわかっていた。乾いた衣装に着替えて、ゆっくり休んだ方がいいということは。だからこそ、濡れた衣装を脱がす必要があるということも。

 

「身体をうつ伏せにすると背中に釦があります。これを外すだけで結構です。あとは私がどうにか頑張って・・・・、頑張って銜えて引っ張れば、濡れたドレスを脱がせるでしょう」
「いや、ウサギのお前がいくら頑張っても、濡れた衣装を寝たままの人間から脱がすのは無理があるだろう? 釦があるのは判る。・・・俺が駄目だと言うのは、もしも途中で彼女が目を覚ましたらどうする! ど、どう見ても彼女は貴族息女だろう!?」
「そ、それは大丈夫です。目は覚めませんし、貴方のことは信用出来ますから!」

 

ウサギに信用出来ると太鼓判を押されても、無抵抗に眠る少女から許可もなく衣服を脱がすなど、騎士道云々よりも前に俺自身が駄目だ。ああ、だけど濡れた衣装のままで寝かせておく訳にもいかない。

 

「お前っ! そんな簡単に、な、名前も知らない人間を信用しては駄目だろう!?」

 

もう何をどうしたらいいのか判らず、困惑した頭を抱えて蹲りたくなる。

 

「お、遅くなりましたが貴方様のお名前を教えて頂けないでしょうか」
「・・・そう言えば名乗ってなかったな。俺はカミル・ヴェンデル・ベルホルト。このアスマンド領地の領主をしている。前は騎士団に居たんだが、今はただの新米領主だ」
「カミル様ですか。あの・・・、もう一つお尋ねしても宜しいですか?」

 

ウサギは顔を上げて真っ直ぐに見つめて来る。ウサギとはいえ、信用出来ると言われたばかりだ。

正直、頼られて悪い気はしない。よく騎士団の仲間に、間抜けなくらいに人がいいとか、単純明快な奴と言われたが、それは褒め言葉だろうと素直に受け取っていた。

自分に出来ることなら、たとえ相手がウサギだろうと、やるだけだ。

 

「尋ねたいこととは何だ? 答えられることならいいが」

「戦争は・・・・終わっておりますよね。その後同盟国であるオルドー皇国は今、どのような状態なのでしょうか。国王や妃、皇子や皇女たちは皆、無事なのですか?」

 

悲壮な表情を浮かべるウサギの切羽詰まった態度に、流石に目を瞠って驚いた。

そして、ただの野ウサギがどうして他国の情報を知りたがるのだろうと眉を顰める。そもそもウサギが人語を喋るなど今まで聞いたことも見たこともない。実は全て夢で、トルードに投げ飛ばされて痛いと思ったことも夢の中の出来事だったのではないかと左腕を動かすと、痛みは確かに存在している。

しばらく左腕を見つめた後、カミルは神妙な顔でウサギに向き直った。

 

「・・・・お前の質問に答えよう。同盟国であるオルドー皇国は無事だ。だが、その戦争時に第三皇女が攫われたと聞いた。攫った相手は戦争を起こしたハムガウト国とされているが国王は否定おり、皇女の行方も生死も未だ不明のままだ。嘆き悲しんだオルドー皇国の王妃が病に伏していると聞いたが、それは半年以上前のことで、今の皇国の内情はわからない」
「・・・っ!」

 

短い悲鳴を上げたウサギの身体が震え出す。それは寒さのせいではないだろう。

喋るはずのないウサギが人の言葉を喋り、そのウサギが匿ってくれと言ったのは豪奢なドレスに身を包んだ異様に重い貴族息女だ。・・・いや、貴族ではない可能性がある。

考えれば考えるほど想像したくない方向に考えはまとまり、一度目を閉じた。

 

「今度は俺が尋ねたい。・・・ウサギ、お前の後ろで眠っているのは誰の身体だ? 確かお前は森の中で自分の身体と言っていたよな。狼に食べられるかも知れないのは私の身体だと、だから助けて欲しいと、そう言っていた」

 

視線を逸らして耳を項垂れるウサギを前に、『まさか』と『やはり』の懸念が同時に浮かぶ。魔法や魔術、魔法力、魔道具など、それらの存在を聞いた時は眉唾だと思っていた。確かに魔術を使う者はいるらしいが、自分は見たことがないし会ったこともない。

 

 

 

 

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